18:米粉ピザパン

 

 

 その日、とある高校の購買に並んだ新発売の「米粉ピザパン」は、その高校至上最高の売上を記録した。

 

 何が凄いというわけではない。少しだけ、そのピザパンについて説明するならば、それは米粉を使用したサクっとした触感を楽しめる生地に、トッピングはホクホクのじゃがいもを大きめにスライスしたものと茹で卵を同じく大きめにスライスしたもの。

その下に分厚いチーズが引いてあり、一番上にはマヨネーズをこれでもかというほどかけられている。ただ、それだけは購買のおばちゃん達が手作りで作っているため、出来たての焼き立てを楽しめるという事は、他の調理パンにはない魅力だった。

 

 ただ、それだけ。

 単純なそのピザパンは単純が故に魅力的だった。魅力が少ないが故に、個々の魅力が生徒達に与える効果は大きかったのだ。そして何より、出来たてのパンの匂いと言うのは腹をすかせた生徒達の鼻孔をこれでもかという程擽った。

 

 そして、その「米粉ピザパン」を誰よりも早く購入し、そして一番に食した少年が居た。

 

 名前は雑餉隈 啓次郎。

 彼は走って学校に到着し、昼のチャイムを聞いた瞬間、反射的に用もない筈の購買へと足を向けてしまっていた。ここ最近の習慣化された行動は、パブロフの犬のように彼を購買へと向かわせた。

 

 向かった購買で、彼はしばらく購買の馴染みのおばちゃん達に捕まった。どのように捕まったかというと、以下の具合である。

 

「おばちゃん!パン買いに来たよー!」

「!??」

「!??」

 

 こんな具合で、しばらく購買のパートのおばちゃん達は彼をいつも一番でパンを買いに来る“雑餉隈啓次郎”である事を認識出来ずに居た。しかし、一番にこの購買に登場する少年と、変わらぬ元気な声と、そして何よりその顔に浮かべた笑みは彼を、かろうじていつもの彼たらしめていた。そして、おばちゃん達は認識したにも関わらず、しばらくその事実に目を瞬かせていた。

 

 それ程までに彼の変化は激しいものだったと言える。

 

 以前は長めに揃えられた前髪のせいで、妙な真ん中分けとなっていた前髪も今ではさっぱりと切られており、その髪色は真っ黒から赤みがかった茶髪となっている。それこそが、最も彼を以前の彼からかけ離れた印象を持たせた。所以、垢ぬけたのだ。

 注意したいが、こちらが雑餉隈啓次郎の地毛である。高校入学と同時に黒染めしていたものを、元に戻したのだ。

 

 そして、更には秀才の象徴として彼が手放せずに居た黒縁の伊達眼鏡はなくなり、人懐っこいその大きな目がいかんなく相手を、その瞳に映すのである。きっちり着ていた制服もワイシャツの一番上のボタンは外され、だらしなくはない位にはラフになっていた。

 

 直後におばちゃん達から洩れた黄色い悲鳴に、彼はとてつもなく驚いたが、何故かタダで新商品と言う米粉ピザパンとその他様々なパンを持たされ、少しずつ授業を終えて購買にやってくる生徒の波から逃れるように、彼は駆けだした。

 

 この日、彼は初めてこの購買に人が来るのを目にした。あぁ、ここは本当は人気の購買だったのかと、思い知った時には彼は腕に抱えたパンの山に、少しだけ照れくささを覚えた。

 そして、その貰ったパンを自分で食べるべきか、それとも彼の笑顔にしたい相手に渡すべきなのか迷った結果、彼は半分こにしようと、その場でパンの封を切る事はなかった。ただ、出来たてらしいそのパンは、早目に彼の笑顔にしたい相手に渡さねばという事はまぎれもない事実だった。

 

 パンであろうと何であろうと、食べ物は出来たてが最もおいしい。

 

 その美味しい瞬間を逃す事なく彼の笑顔にしたい相手に手渡す為には、一刻も早く彼が今からしようとする事を済ませなければならない。

故に、彼は昼休みで人の賑わう廊下を駆け抜けていく。

 

 見慣れぬ赤毛の生徒の姿に、一瞬廊下に居た生徒達の目を奪うも、余りの早さにそれを誰かと認識できる者は居なかった。その中には、彼の昼食友達である鷹 正宗や諸富 桃太も居たが他と同様、彼を認識するには至らなかった。

 

 彼は向かっていた。

 一世一代とは言うものの、何度目になるかはわからない。彼のプロポーズと言う名の告白劇を、それはもう派手に彩る為に。

 

 彼は目指した先の扉を勢いよく開くと、一瞬にしてその部屋に居た数名の注目を集める事になる。

 そして、彼は言ったのだ。

 

「今からこの放送室は、1年3組、雑餉隈 啓次郎が乗っ取った!!」

 

 その、とてつもなく大きな声は放送室はおろか、学校中に響き渡った。

何故なら、放送室は放送をする為にあるのであり、放送室が開いているという事は、それはつまり放送がなされているという事だからだ。

余りに派手に登場した、その明らかに部外者である彼に放送部の面々は一瞬呆けた。赤茶の明るいその髪の毛はどこまでも存在感があり、そして突き抜けるような笑顔で笑う彼にとても似合っていた。

 

 彼は放送部の面々が呆けているうちに、勢いよく放送室に駆けこむと、一人の男の手元にあるマイクを横から奪い取った。

近くの赤いボタンが光っているのが見える。阿呆な彼にも分かりやすい程、赤いボタンの下には放送中という文字が光っていた。

 

と言う事は、きっとこのマイクに向かって話せば学校中に伝わるに違いない。

彼は理解するや否やマイクに向かって叫んでいた。ありったけの声と想いを込めて。

 

 

「1年3組雑餉隈啓次郎は、同じく1年3組上白垣雫さんの事がとても好きなので!あの、えっと……俺と結婚して下さい!お願いします!」

 

 

 

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