21(最終話):こくはく

          〇

 

 

 

 会下孝太は3組に集まる野次馬を掻き分けて教室の中に入った。割り込んで来た彼に、最初はムッとしていた野次馬だったが、それが会下孝太だとわかると、その瞬間道を開けてくれた為、彼は意外とすんなり3組へと入る事ができた。もしそうでなければ、ワラワラと集まって来る人だかりを無事に教室内まで辿り付けなかっただろう。

 

 それくらい、3組の前は野次馬で満ちていた。そして、会下孝太が教室に入ると、教室の生徒達はそれに気付くことなく、ある一点を見て笑いをかみ殺しているようだった。

そこには何やら教室中の注目を集める者が居る。

 

 誰かなど、彼にはわかりきっている。

 雑餉隈啓次郎だ。

 

 どうやら雑餉隈啓次郎は蹲っているようで、その姿は彼の立つ場所からは良く見えない。そんな雑餉隈啓次郎に、昨日帰りに上白垣と一緒に居た女子の姿が心配そうに様子を伺っている。

 

 蹲る雑餉隈啓次郎と思しき人物はいつもの声のトーンで「どうしよう、どうしよう」と呟いている。

それが面白くて、予想通りで、嬉しくて。

会下孝太は声をかけていた。

 

「啓次郎!」

 

 いつか聞いた中学の頃の告白劇も面白かったが、今回のは軍を抜いて面白いと彼は感じていた。それこそ、腹がよじれる程笑わせてもらった。

 何故、こんなに面白いのか。理由は明白だ。

 

 過去の話には会下孝太、彼自身がそこに居ない。

 いつも楽しそうに過去の話をする少年の姿に、彼はいつも笑いながら妙な嫉妬心のようなものを感じて仕方が無かった。いつも、いつも、少年の楽しかった過去の中に居ない自分の存在がもどかしくて仕方が無かったが、今回は違う。

 こうして、彼の傍で、それを体験できるのだ。思い出を共有できる場所に、自分が立っているのだという事が、彼にとっては嬉しくて仕方が無かった。

 

「……告白は成功したのか?」

 

 そう、彼が声をかけた瞬間、今まで蹲っていた少年の頭が勢いよく上を向いた。

 そして少年に向かって話しかける女子の脇から、いつもの、あの雑餉隈啓次郎が顔を出した……と思った。

 

「こうちゃん!どうしよう!」

「っ!?」

「上白垣さん、居なかった!俺は一体誰に告白したのでしょうか!?」

 

 予想通りの反応。

 の筈なのに、そこに居たのは“いつもの”雑餉隈啓次郎ではなかった。

 

「っは?おま……」

 

 地味で、ダサくて、眼鏡で、頭が良くて。

 彼にとっての“いつもの”雑餉隈啓次郎はそこには居なかった。居るのは、眼鏡がなくなり、短くなった前髪のせいであの大きな目がハッキリと他者の前に露わになり、髪の毛が明るくなった。

 そこに居たのはなんとも変わり果てた雑餉隈啓次郎だった。

 

 しかし、驚く彼の事など露知らず、雑餉隈啓次郎は半分ベソをかきながら彼に向かって駆けよって来た。そんなところはいつもと変わらないのだが、如何せん姿が違い過ぎてどうしたらいいのかわからなかった。

 

「こうちゃん、こうちゃん……しかも、上白垣さんは彼氏が居るらしい」

「そ、そうか…」

「俺は間接的にフラれてしまったんだ。もう俺は何もかも成し遂げられない阿呆な男だ」

「な、なぁ?お前、啓次郎……だよな?」

「そうだよ!?俺は雑餉隈啓次郎だ!告白相手も居ないのに放送で告白した阿呆な男だよ!?他に誰に見えるんだ!こうちゃんの馬鹿!そんな事改めて聞かないで!惨めになるだろうが!!」

 

 彼は話せば話す程いつもの少年の姿に、姿かたちによる違和感が消えていくのを感じた。いや、むしろ昨日までの姿の方が今、この一瞬を境に違和感と成り果てていた。

放送の時も思った事だったが、きっと“雑餉隈啓次郎”という少年は今のこの姿こそが、本当の彼の姿なのだろう。

 

 それを理解した瞬間に、彼はなんとも幸福な気持になるのを感じた。

 こんな気持ちは、初めてだった。きっと、今後も突拍子のない少年の行動や姿に、これから高校3年間少年の隣に立って居れるのだと思うと彼は愉快で仕方が無かった。昔の話の輝く彼ではなく、今輝く彼の隣で彼を間近に見続ける事ができるという幸福。

 

『こうちゃん!どうしよう!』

 

 そう一番最初に自分に向かって言ってくれるのであれば、きっと彼は少年に何だってしてしまうだろうと、自覚した。自覚した瞬間に、堪えていた想いと、どうしようもないこの状況に彼は笑いながら自然と少年の頭に手を乗せていた。

 

「っはは、お前……ほんとに、スゲェ面白過ぎる」

「っ!?」

 

 彼は驚く少年の顔を見ながら笑って頭を撫でていた。そして、その驚いていた顔は徐々に赤く染められていき、一瞬泣きそうな顔をしたかと思うと、唇を噛んで息を吸い込んだ。

 

「ご、こうちゃ…ん。一緒にお昼、ごはん、だべよう……」

 

 そう、必死に泣くのを堪えるように紡がれた言葉と、少年の手に握りしめられた購買の袋に、彼はポンポンと頭を数回叩いた。そんな彼の行動に少年は「ふへっ」といつものように笑うと、ゴシゴシと制服の袖で顔を拭った。

 

今、少年が必死に拭う涙は、しばらく止まる事はないだろう。けれど、その涙は確かに彼、会下孝太の言葉と行動によって流される、とても温かい涙だった。故に、彼は少年を愛おしいと思ってしまった。

 だから、思わず口に出していた。

 

「明日も、明後日も、来週も、来月も来年も、ずっと。一緒にお前は俺と一緒にメシを食うんだよ」

 

 

 

 そんな、プロポーズのようなその言葉。

それは決して少年が放送で言っていたような熱い愛の告白とはまるきり違っていたが、聞いていたクラスメイトや野次馬達はドキリと心臓をうち鳴らした。

彼自身には決してプロポーズなんて自覚はないであろうその言葉だが、あり得る筈もない“永遠”が確かにそこに隠されているようだった。

 

 そして、その言葉を受けた少年は当たり前のように一緒に居る未来を考え手を差し伸べてくれた彼に、何とも言えない切ない想いを覚えた。それは、今までどんな女の子に恋をした時も感じなかった気持ちだった。

涙を止める為にゴシゴシと拭っていたその腕は、そのせいでしばらく下ろす事がきでなかった。

 

「こうちゃん……こうちゃん」

「泣くな、啓次郎」

 

 

 

 

こうして、忘れないで欲しいと願った少年とずっと一緒に居たいと思った少年は互いに互いの手を取った。

 

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