そして、兄貴は……(1)

 

 

この世で、俺の事を愛してくれる、唯一の存在へ。

 

 

 

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そして、兄貴は……

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 俺は高校2年生になっていた。

 俺の兄貴は18歳になった。

 

 俺はいつまで兄貴の「弟」で居られるのだろうか。

 

 そう、最近俺は考える。

 

 

 結局俺は、あの日。

 両親が死んだ日。

 兄貴の弟として兄貴に受け入れられた。

 

 兄貴の弟として、俺は金を出してもらい、そして無事に地元の公立高校への入学を果たした訳である。

 

 両親の死から、2年近くの年月が過ぎだ。

 まだ、あの出来事はまだ俺達兄弟にとっては過去のものではないが、もう、現在の出来事でもなかった。

 

 俺と兄貴の生活は日々、粛々と営まれていた。

 

 兄貴は未だにザ、若気の至りの金髪を引っ下げて恥ずかしげもなく生きている。

 俺はというと、特に2年前と変りなく、どこにでもいる冴えない高校生、と言う風貌である。

 

 粛々と営まれている俺の生活を少しばかり詳しくとこうだ。

 

 朝起きる。

 毎朝知らない女の人と遭遇する。

 以上。

 

 

「やぁだ!これが優ちゃんの弟?もう全然似てなーい!」

 

 そう、突然ブラとパンツだけ着用した半裸の女に叫ばれたら、16歳の思春期真っただ中の男の子はどんな反応を示すだろうか。

 答えはこうだ。

 

「っふ、服を、着て。えっと、兄ちゃん!兄ちゃーん!」

 

 何度遭遇しても慣れない。

 兄貴と一夜を共にした女性達との遭遇は。

 俺は寝ぐせの酷い頭を撫でつけながら、顔を真っ赤にして兄貴の部屋へ乗り込む。

背後から「やだー!反応がかわいいんですけど!」という声が聞こえてくるのはいつもの事だ。

 

「兄ちゃん!」

「っんあ?なんだよ、純か……うっせーな。今、何時?」

 

 俺が部屋を開けると、そこには服を着てない兄貴が俺の声に反応して不機嫌そうに目を擦る。

そんな兄貴の部屋に乗り込むと床に散らばっている女性物の服を急いで拾い上げ、そして俺の後を付いて来ていた先程の女性に向かってソレを手渡す。

 

「早く、服を着て下さい!」

「なになにー?もうホント可愛いんだけど!」

「純、今何時」

「あぁ、もう!7時だよ!朝ごはんも出来てるよ!」

 

 俺が叫ぶように言うと、兄貴は大きな欠伸をしながらモゾモゾと真っ裸のままべっどから這い出てきた。

 

「兄ちゃんも、お願いだから、服を着てよ……」

 

 俺が狼狽したように言うと、兄貴はニヤリとどこか馬鹿にするような笑みを浮かべて「お前、ほんとガキくせぇな」と言う。

 

 この兄貴は本当にクソだ。

 クソ野郎だ。

 死んだ両親の寝室でコロコロと違う女と事に及ぶ。

 

 そんな兄貴を毎朝起こす俺。

 朝ごはんを作る俺。

 なんて可哀想で惨めな俺。

 

「お前も飯食っていくだろ?」

「やだー!優ちゃん、優しい!食べる食べるー!」

「純、三人分用意してるよな?」

「してるよ……」

 

 俺は溜息をつきながら、元は両親の寝室で服を着替える兄貴とその彼女と思わしき女性に背を向けると、いそいそと台所へと向かった。

 

 毎朝、毎朝こうだ。

 

 俺は兄貴を7時に起こし、兄貴と事に及んだ女と兄貴と俺とで朝食を食べる。

 朝食を作るのは俺だ。

 兄貴はコロコロと女の人をとっかえひっかえ家に連れて来るが、朝はきちんと7時に起きる。

 そして、基本的に8時には家を出る。

 

 これでも兄貴はもう社会人と言う奴だった。

社会人と言っても工場とか工事現場とか、そう言った仕事を斡旋してくれる派遣会社に登録して勤めているので、正式な正社員と言うわけではない。

中卒の兄を正社員として雇ってくれるような余裕のある企業は、今の日本にはどこにもないのではないだろうか。

 

 どちらにせよ、俺達は今どうしても金が必要で必死に稼がねばいけない状態ではない。

親の保険金やら何やらで、働かなくても立派に生活できるだけの金はあるのだ。

けれど、兄貴は何故か働く事を辞めない。

その心掛けだけは、まぁクソではないのではないだろうか。

 

 何でもない顔をして俺を学校にやり、自分は働く道を選んだ兄貴。

 

 そんな兄貴は気付いているだろうか。

俺が毎朝こうして知らない女と遭遇する度、不安に押し潰されそうになっているのを。

共に朝食を囲むたびに仲良く話す二人の姿が、まだ生きていた頃の父と母を彷彿とさせている事を。

 

 俺が食卓で、いつも孤独を感じている事を。

 

 7時に起きる。

 7時15分に朝食をとる。

 テレビを見ながら他愛もない話をする。

 洗面所の取り合いになる。

 兄貴に弁当を手渡す。

 

 8時。

 家を出る。

 

 それは、あの日。

 まだ両親が生きていたあの日々。

 あの日の生活スタイルのまま。

 

 兄貴と女の人。

 それはいつの日か、必ず訪れる未来の姿だ。きっとそのうち、二人の間には子供が生まれ兄貴は俺とは別の家族を作る。

 

 そして、その時こそ、本当に俺が一人になる時だ。これは、その予行演習だと思った方がいいだろう。

 

 きっと、兄貴もそのつもりなのだ。

 

 兄貴が女性と朝食を食べる時、何故だか必ず俺も同席させる。

最初は俺も嫌がったし、邪魔しちゃ悪いだろうとパンを焼いて部屋で食べていた。

そしたら、兄貴は無理やり俺の部屋に乗り込んでくると、俺の首根っこを引っ掴んで俺をリビングの食卓まで引きずってきたのだ。

 

『誰が一人で食えっつった!?』

 

 あの時の事は忘れられない。

両親が死んでから、久しぶりに兄貴があそこまでキレている姿を見た気がした。

ヒクヒクと動く兄貴の鼻。

そんな怒った時特有の兄貴の癖を見たのも、久しぶりの事だった。

 

 一緒に朝食を食べていた女性も目を丸くしていた。

 

 まぁ、それはそうだろう。

 いきなり現れた学生服の冴えない男子。

 あんた何者?って感じに違いない。

 

 しかし、兄貴はなんでもないように、席についてご飯を食べ、俺と女性は目を瞬かせながらぎこちなく自己紹介をした。まぁ、相手はコロコロ変わるので今ではもう相手の名前なんて覚えていないが。

 

 

 そんな風に俺と兄貴の日常は粛々と過ぎていた。俺は胸の中の小さな痛みを見て見ぬふりをして。

 

 

「ヤダもうほんと、純君かわいい!私の弟にしたーい!」

「食ったらさっさと出る準備しろ」

「えぇー、私今日予定ないしここ居させてくれたら優の部屋掃除とかしとくよぉ?なんなら夜ご飯とか作って待ってるからさぁ?」

「馬鹿言うな。家の奴が誰もいねぇのに他人だけ家に置いとけるかっての」

 

 家を出る直前の兄貴と彼女の会話。

 

 “他人”

 俺はそれを聞いてホッとした。

 

 そしてホッとした自分に嫌気が差した。

 

 自分は兄貴が居なくてもこの家に居させてもらえる。という事は兄貴と俺は他人なんかじゃないんだ。そんな、下らない事を思っては自己嫌悪に陥る。

 

 俺はいつからこんなくだらない事ばかり考える人間になった。

 いつから、こんなに心の弱い人間になった。

 いつから、兄貴に縋り付くようになった。

 いつから、兄貴の事ばかり考えるようになった。

 

 俺は玄関の扉に手をかけると、背後でゴチャゴチャと揉め始めた兄貴とその彼女だった人に声をかける。

 

「行ってきます」

「おう、行ってらっしゃい」

 

 そう、家族へと向けられた挨拶の言葉を、俺はいつまで兄貴から言ってもらえるのだろう。俺は兄貴と二人だけの家族の家から一歩踏み出した。

 

 兄貴には俺の知らない兄貴の世界がある。

 きっと、それはこれからも大きく広く広がって行く。

 俺の知らない世界だけで形成される未来の兄貴。

 

 

 その時、俺は一体どうなっているのだろか。

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