23(エピローグ):上白垣雫

 

 美しい事は長所だと思う人はたくさん居るだろう。

 けれど、私は違う。美しい事は私にとっては足枷だった。

 

 コンプレックスだった。

 

 私の名前は上白垣 雫。

 モデルをやりながら勉学に勤しむ“美人”な女子高生だ。

 私は他人よりも美しい。他人からよく羨ましがられる。

 そして勝手に嫉妬される。綺麗というだけで。

 

 ただの顔の目や鼻や口の形がたまたま、その時代の“美しい”に合致しただけ。

ただそれだけで。私の人生は他者より優位でイージーモードのゲームのようであると思われる。そう、勝手に私の人生を“イージーモード”のように呼ぶ奴らの全てに叫びたい。

 

 美しいだけで渡って行ける程、世の中甘くねぇんだよってね。

 

 おい、そこら辺に居る不細工共。

 私はお前らと顔を交換したくて仕方ないんだよ。

 

———–

———

—–

 

 

 私の名前は上白垣 雫。

 現在、私はとてつもなく不機嫌だ。

 

「あ、上白垣だ」

「あれが昨日の放送の上白垣か」

「確かに美人だな」

「つーか、昨日の返事どうしたんだろ」

 

 私は学校に登校した瞬間から周りから浴びる異様な程の視線に自然と眉が動くのを感じた。

今、私の眉間には深い皺が刻まれている事だろう。

 

 昨日も仕事で忙しかった。

 もうすぐ期末テストなのに、学校の授業には置いていかれ気味。

 最近、付き合っている彼とも上手く行っていない。連絡をしても勉強が忙しいからと、電話もメールも、直接会う事も最近は殆どしていない。

 しかも今日は生理2日目。腰が重くて仕方が無い。

 

 今日と言う日、まさに私は不機嫌の絶頂にあった。精神的にも肉体的にも出血量的にも。

 

「上白垣って、なんか美人だけど顔怖くね?」

 

 注目される事には慣れている。

けれど、今回のこの注目はいつも浴びる注目とは何かが違った。とにかく、その野次馬根性が前面に現れた注目は、酷く私をイラつかせた。

 

 そう、ヒソヒソと私を見る周りの不細工共の不躾な視線に、私は昨日親友の春日から来たメールを思い出して誰でもいいからぶん殴ってやりたい衝動に駆られた。

何故なら私は現在とても不機嫌なのだから。

昨日、春日から来たメールはこうだ。

————

今日、雑餉隈君が昼休みに雫に放送で告白してたよ!

————

 

 な・に・ご・と・だ。

 

 春日はいつもそうだ。どこか抜けている、天然だ。詳しい状況の説明もなく、その一文だけ私に送り付けたかと思ったら、『どういうことか詳しく教えて』と返事をした私のメールには一切の返事はしない。

春日はすぐに音信不通になる。自分がメールをしておいても、本気で返信を忘れるのだ。

 

 そんな春日の性格を、私は嫌という程知っている。メールをシカトされたのなんて今に始まった事ではない。けれど、今回のこのメールにはもっと詳しい内容を付けるか、私の返信の後に間髪いれず返信するくらいの気概が欲しかった。会話と同じでメールもキャッチボールなのだから送って満足しないで欲しい。

 

 結局、返信を貰えず私は今日と言う日を迎えている。

 最初は冗談か何かかと思った。

 

 けれど、現状の私を見てヒソヒソ言葉を紡ぐ野次馬達の存在で確信した。

あのメールは本当にメールの文面のままらしい。

 

 私は、あのダサくて眼鏡で冴えないクラスのボッチ野郎に告白されたらしい。

しかも、放送で。

あの会下達のパシリにされているボッチが放送で全校生徒を前に私に告白したなんて嘘だろうと思っていたけれど、その認識は間違いだったらしい。

あのボッチ野郎はクラス片隅系男子の癖に、度胸だけはあったようだ。

そんな度胸、私に対して使わないで欲しかったが。

 

「……死んでよ、もう」

 

 私は勢いよくクラスの扉を開けると、そのまま私に注目するクラスメイト達の視線などものともせずボッチ野郎の……雑餉隈の席へと視線を映した。しかし、いつもひっそりと席に座っている筈のソイツは今日はまだそこには居なかった。

どうやらまだ登校してきていないらしい。

 

そう、私が思った時だった。

 

「あーっ!上白垣さんだ!おはよう!」

「っ」

 

 私は突然背後から聞こえてきたかなりうるさい挨拶の声に自然と振り返っていた。うるさくて大きいけれど、確かにその声はどこかで聞いた事のある声だった。

なのに。

 

「……だ、れ?」

「うえあ!俺って本当は上白垣さんから認識すらされていなかった!?ど、どうしよう!」

 

 突然目の前に現れた、赤茶色の明るい髪色の男の子が絶望したような顔で私を見ている。私はモデルをしている位だから、女子の中でもそれなりに背丈はある。

 身長170センチ。その私と同じ目線で、けれどメイクで必死に目を大きく見せている私なんかよりも目の大きいソイツは、一人で慌てながら「好きの反対は嫌いじゃなかった!無関心だったんだ!」と、よく意味のわからない事を叫んでいる。

 

 こんな奴、私は知らない。

 

「あんた、ほんとに誰よ……?用がないなら」

「用ならある!いや、あります!」

 

 目の前の男の子は何やら決心したような顔で私を見つめると、顔を真っ赤にしながら、あまつさえ私の両手をガッシリと掴んで来た。

 なに、コイツ。怖いんだけど。

 

「俺!昨日、上白垣さんに告白しました!同じクラスの雑餉隈啓次郎です!か、彼氏居るって本当ですか!?」

「は?」

 

 今、コイツは何と言った。彼氏が居るって本当ですか。

 答えはイエスよ。ずっと私はほったらかしだけどね。

 

 いや、違う。そこじゃない。昨日私に告白したと言った。

 そして、名前を

 

「あんた、雑餉隈……?」

 

 雑餉隈啓次郎って言った。

 

「はっ、はい!俺、ずっと上白垣さんの事が好きで、だから、えっと、昨日、俺、上白垣さんが学校に居ないの知らなくて放送で告白したんですけど。でも、彼氏居るって聞いたけど、でも、ウソかもしれないって思ってだからえっと」

 

 これが、あの雑餉隈。

 地味で眼鏡でダサくてボッチで。

 あの、雑餉隈……?

 

 私に告白したって言う、雑餉隈啓次郎。

私は変わり果てたクラスメイトの姿に一瞬呆然と立ち尽くしていたが、目の前で必死に大声で私への想いを語り散らす見知らぬ男の子、もとい雑餉隈啓次郎にただならぬ想いが湧きあがってくるのを感じた。

くるくる動く表情、せわしなく動く手、顔を真っ赤にして語る口、私を映す大きな瞳。

 

 こんな気持ちは初めてだ。

今までこんなにも抑えきれない程の衝動を感じた事があっただろうか。

いや、ない。私はこの時初めて知った。

自分でもコントロール出来ない程の、熱い想いというものを。

 

「だから、あの!上白垣さん!俺と結婚してください!」

 

 そう言ってキラキラした目で私を映すその大きな瞳に、私の平手打ちが見事に炸裂した。

そして知らぬ間に私は叫んでいた。

 

「うっせぇ!誰がテメェなんかと結婚するか!ボォケ!」

「っ!!??」

 

 昨日も仕事で忙しかった。

 もうすぐ期末テストなのに、学校の授業には置いていかれ気味。

 最近、付き合っている彼とも上手く行っていない。連絡をしても勉強が忙しいからと、電話もメールも、直接会う事も最近は殆どしていない。

 しかも今日は生理2日目。腰が重くて仕方が無い。

 

 何度も言うように今日と言う日、まさに私は不機嫌の絶頂であると私は言った。精神的にも肉体的にも出血量的にも。

 

 そして何より、私はこういう自然培養の天然元気野郎が大嫌いだ。

 

「つーか!なに人に勝手に告白してんだよ!?あ゛ぁ!?あんたみたいなボッチ野郎は手紙とかメールとかひっそり告白して来いよ!?なんだよ放送で告白って!?まかり間違ってあんたと変な噂が立ったらどうすんだ!?」

「っほ、ほうっ!」

 

 私は怒鳴っていた。

 雑餉隈は大きな目を更に大きくしてコクコクと頷きながら変な声を上げている。私の叩いた頬はこれでもかと言う程に腫れている。そこへ私は間髪いれずに雑餉隈の両頬を掴んで左右に引っ張ってやった。

 

「いひゃいいひゃい!ごめんなひゃい!」

「許すかばぁぁぁか!お前のせいで私はまた妙に学校で目立っただろうが!美人でモデルってだけで目立ってんのにどうしてくれんだこのクソガキ!」

「ごめんなひゃいごめんなひゃい!」

 

 学校で、いや、外でこんなにも感情を爆発させたのは初めてかもしれない。

もともと我慢は得意な方ではない。

仕事だって勉強だって恋愛だって。

他人から言わせれば私は“美人だから得で良いね”の一言でおしまいだ。

他人よりもとても優位な位置に立っていられると思われている。

だから学校でだってあんまり目立ちたくなんてなかったのに。

 

 ひっそりしていたかったのに!

 

 私はその時積りに積っていた雑餉隈には全く関係ないイライラが、一気に噴火するような感覚に襲われた。

 

「あんた私のどこが好きなのよ!?言ってみなさいよ!」

 

 私は教室中、いや、教室の外からも大勢の生徒がこの状況を野次馬根性で見守っている事に気付かないまま、叫びまくっていた。

こういう馬鹿で天然培養の奴は嫌いだ。

だって。

 

「かおでひゅ!」

「死ねこの野郎!」

 

 思った事をそのまま言う。こっちの気持なんてお構いなしで。子供みたいに、純粋な目でこっちを見て。一番言われたくない事だって、悪気なく言う。

 

 私はこれでもかという程雑餉隈の頬を引っ張ってやると、勢いよくその両手を離してやった。少しだけ雑餉隈の目から涙が流れている。

男の癖に弱すぎだろ。

 

「私の顔はそりゃ綺麗よ!だからなに!それだけでよくも私の事が好きだとか結婚したいとか言えるわね!?私はね、あんたみたいな表面しか見ない男が一番嫌いなの!」

 

そうだ。私は美人だ。

だけど、私は皆が羨ましがるこの顔とスタイルが嫌いだ。

嫌いで嫌いで仕方が無い!なのに、何故、みんなこの顔の事ばかり言うの!

この綺麗な顔が、美人と言う称号が、いつだって私を制限してきた。

縛ってきた。

 

「あんたなんか嫌い、大っきらい!」

 

 そう、私が吐き捨てるように言うと、真っ赤になった頬を撫でて私を見ていた雑餉隈が、今にも泣きそうな声で「仕方ないじゃん……」と呟いた。

男のくせに、情けない奴。

 

「何が仕方ないのよ!?あ!?言ってみなさいよ!」

「だって!俺は美人な上白垣さんの顔しか知らないんだよ!」

 

 雑餉隈は目頭に集まった涙らしきものを制服の袖でゴシゴシと拭うと、キッとを見つめて来た。その瞬間、私はゴクリと唾を飲み込んでいた。雑餉隈の、その大きな目から私は目が離せなかった。

 

「俺、俺は、上白垣さんの事、顔以外にまだ何も知らない!」

「っ」

「俺は入学して上白垣さんともクラスの皆ともまともに喋った事ないから、上白垣さんだけじゃなくて、皆の事も、顔しか知らないんだ!だから他に好きな理由なんて言えない!言ったら俺は嘘を言ってる事になる!」

 

 「きぃぃぃ!」と地団太を踏みながら叫ぶ雑餉隈に私は開いた口が塞がらなかった。

そして、何故か先程までの怒りが萎み、変わりに「あぁ、確かにそうだな」なんて気持ちが自然と表れて来た事に驚きを隠せなかった。

 

 何度も言うが私は不機嫌だった。

そこにこの馬鹿な男の子は私が一番気にしている事を平気で私に向かって言い放ってきたのだ。けれど、それは雑餉隈に初めて言われたわけではない。私が今まで出会った全ての人間に、私はそう言われ続けてきたのだ。

 

“美人でいいね、羨ましい”と。

 

私はずっと我慢してきた。

その我慢が、この男相手には出来なかった。

 

今日の私が特別不機嫌だったから?

違う。

 

放送で告白なんて馬鹿な真似を私にしてきたから?

違う。

 

もともとこの男が嫌いだから?

違う。

 

 私はこの男の子を。

 この馬鹿そうな男、雑餉隈を心の底から馬鹿にしていたからだ。

 

 コイツは友達も居ないし、ダサいし、地味だし、暗いし。

雑餉隈になら何を言っても私の学校生活に支障はないと思ったから、体よく言葉のサンドバックにしてやった。

 

なのに。

 

“私のどこか好きなのよ”

“顔です”

 

 雑餉隈は私の顔が好き。

雑餉隈の言っている事は、この雑餉隈啓次郎であるからこそ、どこまでも正しかった。

雑餉隈と私の関わりなんてない。

喋った事も、視線を交わした事も、ない。

 

 そして、雑餉隈はクラスに友達なんて居ない。

いつもクラスでは一人だった。

 

 雑餉隈が私の事で知っている事なんて、確かに“顔”だけの筈だ。

顔で人を選ぶ事しか、この男の子には出来ないのだ。雑餉隈のその告白は、確かに正しいのだ。

そう、私が雑餉隈を前に呆然と立ち尽くした時。

 

「あ!こうちゃんの事だったら顔以外でも好きなところ言えるよ!友達だからね!たくさん言える!」

「……は?」

 

 突然雑餉隈は“こうちゃん”という誰とも知れぬ人物の名前を上げて来た。

 誰よ、こうちゃん。

 

「こうちゃんはね、顔もかっこいいけど、それだけじゃないんだなぁ!俺は今のところさ、こうちゃんの好きな所を100個以上言えるよ!」

「は、はぁ」

「毎日1個ずつこうちゃんの好きな所を新しく探して行く事にしてるんだけどね、こうちゃんは凄いんだよ!1日好きなところが10個とか20個とか見つかったりするんだ!そしたらもう100個超えた!な!こうちゃんは凄いだろ!」

「…………」

 

 凄いだろ!

 そう、得意気に笑ってみせる雑餉隈を前に、私は妙な気持になった。それはきっとその“こうちゃん”が凄いのではない。

 あんたが、雑餉隈が凄いだ。

 

 好きな所を毎日新しく見つけて行く。

何よソレ。そう笑ってやりたかったけど、私は思った。

私、彼の好きな所、100個言えるかな。

そして、彼も私の好きなところ、100個も言ってくれるかしら。

 

 答えは、どちらも。

 いいえ、だ。

 

 そんな私の前で、雑餉隈は誰も聞いてなんか居ない“こうちゃん”の好きなところを指折り数えて言っている。

 

「こうちゃんは俺が喋ってる時、小さくだけど絶対うんうんって頷いてくれる!俺が話してる時少しだけ口が笑ってる!俺の話を最後まで聞いてから話し始める!俺が呼んだら振り返ってくれる!」

 

 雑餉隈。

 突然変身したクラスのボッチ野郎。

 今のところ、私の顔が好きで、結婚してくれとプロポーズしてくる男の子。

 

 こうちゃんはね、こうちゃんがね、こうちゃんとね、

 

 その突き抜けるような笑顔と、止まらない言葉。あんたが好きなのは、私じゃないじゃない。

“こうちゃん”じゃない。

 

 まさか、本当に今から100個言うつもり。その、“こうちゃん”の好きなところ。

そう思って私が少しだけ顔を引きつらせた時だった。

 

 それを止めたのは何故か突然雑餉隈の背後から現れた会下だった。

 

「ちょっと黙れ。啓次郎」

 

 あ。

 

 私はその時確かに見た。

 そして先程の雑餉隈の言葉が耳の奥に響いた。

 

“俺が話してる時少しだけ口が笑ってる!”

 

 もしかして、“こうちゃん”って。

 

「確かに……笑ってる」

 

 そう、私が呟いた時、今まで喋っていた雑餉隈の顔がもっと、もっと、もっと、明るくなった。人って、こんなに全身全霊で嬉しさを、喜びを、表現できるものなのかと、微かに感心してしまった。

 

「こうちゃん!こうちゃんだ!おはよう!こうちゃん!」

「おはよ」

 

 ピョンピョン飛び跳ねて会下に飛びつく雑餉隈。あぁ、やっぱりこうちゃんってアンタだったんだ。

 

 会下。

 

 あんた、そんな気持ち悪い顔もできるんだ。

けっこう、無表情な奴だと思ってたのに。私と付き合ってる時も、今までも、見た事が無い。そんな嬉しそうな、楽しそうな、愛おしそうな、そんな顔。

 

 きっと、アンタも100個くらい楽勝で言えるんでしょうね。雑餉隈の、好きなところ。

 

 そう思った瞬間私は口を開いていた。

 

ねぇ、

 

「雑餉隈」

「何?上白垣さん!」

「あんた私と結婚したいんでしょう」

「うん!」

「あんたが私の好きな所を、1000個言えたら考えてやってもいい」

 

 私の良いとこと、私も知らない私の良いところを見つけてよ。それは私自身にも出来そうにない事だから。私って、けっこうなレベルで私が嫌いだから。

 

 でも、馬鹿なあんたなら。

 なんか1000個くらい、あっという間に見つけてくれそうな気がする。

 

「1000個か。わかった!了解しました!」

 

 そう、何でもない事みたいに笑う雑餉隈に、私はなんとも肩の力が抜けるのを感じていると、私は気付いた。雑餉隈の奥で妙な顔つきで私を見つめる会下の存在に。

 

 会下、あんた。

 

「そんな顔も、できるんだ」

 

 

 

 その時、私はなんとなく未来を予想した。

雑餉隈が私の好きな所を1000個見つけてくれる未来を。

けれど、その時雑餉隈の隣に居るのが私なんかではない事を。

 

 私は、確信にも近い予想をしたのだ。

その瞬間、雑餉隈が何も考えていないような声で私に言った。

 

「上白垣さんって、笑うと可愛いねぇ!」

 

 あら、私は今どうやら笑っていたようです。

まぁ、仕方が無い。

だって、本当に会下の顔が気持ち悪いくらい

 

 

悔しそうだったのだから。

 

 

 

 

 

 

【上白垣雫のおまけ報告】

 

その日以降、何故か私はクラスの男子から恐れられるようになりました。

なにやら裏で“女王様”と呼ばれているようです。

そして、何故かクラス担任から「雑餉隈をよろしく頼む」と、7月の自然体験学習の班決めの時無理やり同じ班にさせられました。

 

以上。

 

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