3:唯一のもの

         〇

 

 

「今日から男子の体育は野球だってよー」

 

 

 そう、体育係りのかっちゃんが何気なく俺に言った。そしたら俺の後の席がガタンと音をたてた。振り向くと、相変わらずそこには整った顔の坊主が居る。

 

 言わずもがな、それは陣内仁。

 じんのうちひとしだ。

 

 ただ、その目はいつもの授業明けの寝むそうな目ではなく、これでもかというくらい輝きまくっていた。

 

「勝也!それほんとか!?次の体育、野球か!?」

「おう、先生がそう言ってたぜぇ」

「やったぁぁぁ!」

 

 そう言って飛んで喜ぶアイツにかっちゃんは「部活でもやってんじゃねぇか」と呆れたように笑っていた。まぁ、これまでの1カ月体育は全て集団行動とかいう、行進とか隊列とか作る練習ばかりしていたから気持ちは分からなくもない。

俺も「久々の球技だー」と内心むふふと思っていた。

 

 しかし、それは周りの女子が「陣内君の野球が見れるー!」と騒ぎ出すのを聞くまでは、の話だったが。

ちくしょう、なんで女子はこんな汗臭い奴が好きなんだ。けど、女子のピンクオーラもかっちゃんの「女子は体育館でバレーだぜ」という言葉で一気に沈んでしまった。

 

 蛇足だが、その沈んでしまったオーラの中に、今後学校のマドンナと呼ばれる上木さんも含まれていたようだが、俺は一切気付いていなかった。

 

「野球ねぇ」

 

 とんだ野球バカだな、と思いながら俺は陣内に意識を向けるかっちゃんに飛びついた。

陣内なんかと友達になれなくても、俺はカッちゃん達という素晴らしい友達ができたからいいもん。

 

「かっちゃん!同じチームなろうな!ぜったいな!」

 

 陣内なんか知らん。野球は友達!とか一人で言ってればいいんだ。

そんな意味の分からない対抗心を何故か陣内に向けながら。

 

まぁ、カッちゃんからは「じゃあ今日からお前は俺のボールな!ボールは友達!」と、輝く笑顔で頭を掴んで投げ飛ばされてしまった。陣内はやはり投げ飛ばされる俺など見向きもしないで、そわそわと体を動かしまくっていた。

 

 ちょっと泣きそうだった。

 

 そして、陣内の待ちに待った体育の時間はすぐにやってきた。体育はいつも隣のクラスと合同だ。故に、クラス対抗とかそういう感じでチームが作られた。

 

 けれど、俺のクラスは野球部が隣のクラスよりも多かったらしく、陣内含む数名が戦力均衡のために隣のクラスチームに送られた。

陣内が隣のクラスチームに送られるのを他の男子達は「アイツ向こうにやったらこっち負けんじゃんよ!」と、かなりのブーイングが飛んでいた。

陣内はといえば、野球ができればチームなどどっちでもいいらしく「早くやろうぜ!早く!」と、グローブとボールを持ってジャンプするばかりだった。

 

 俺は別に陣内なんか居なくてもいいし。

けれど、それも試合開始と共に俺の中からパーンと消えてなくなった。

 

 陣内は本当に凄かった。

 ピッチャーとしてはもちろんの事、攻めも守りも、動きの一つ一つが洗練されていた。

目はキラキラと輝いて、楽しい、嬉しいと体全部で表していた。野球部のくせに大人げない、なんて言うヤツも居たけど、俺はヤツのプレイに目を奪われていた。

 

 そして思った。

 いや、それと同時にまたしても口にしていた。

 

「いいなぁ」

 

 そう、いいなと思ってしまった。

俺は陣内と友達になりたかった。それは「願い下げだ」と言われても、眼中に入れなくても、これまでずっと密かに思っていた事だ。

「友達になんかなってやんねー」

そんな子供っぽい意地で言い返してやったが、やはり俺は心のどこかで、いつもコイツと友達になりたかったのだ。

 

 陣内 仁は自分の中に“野球”という確固たる、唯一無二を持っている。だからこそ、陣内はブレない。輝いていられる。

きっとヤツなら、俺のように各地を転々としても“野球”があれば、どこででも輝ける。

人とも繋がれる。世界を築ける。

 

俺のように心の中でモヤモヤとした気持ちなど持たずに、キラキラと輝いたまま周りを魅了するのだろう。現に俺はヤツのプレイに、心を動かされたのだから。

 

自分にないものを持っている陣内。

そんな輝くアイツと、俺は友達になりたかったのだ。惹かれたのだ。

 

 そう、俺がゴクリと唾を飲み込みながらヤツのプレイに目を奪われているうちに、点差はみるみるうちに広がっていた。

2回表で既に5対0。自陣に既に広がる諦めムード。

 

「2アウトー!」

 

 そう、マウンドに立つ陣内が叫んだ瞬間、俺は背中を叩かれていた。

 

「おい、ボケっとすんな。次はお前がバッターだぞ。ボールの癖に」

「かっちゃぁぁん」

 

 俺はなんとも言えない気持でかっちゃんに抱きついたが、かっちゃんからは「ボールは友達」と笑顔でぶん投げられてしまった。

自陣の諦めムードが最早おふざけムードになってしまっている。笑うクラスメイト達を横目に、俺がしぶしぶマウンドに立つと、その瞬間俺はピリッとした強い視線を感じた。

 

「……ふざけんなら、マウンドから降りろ。ヴァァカ」

「っ」

 

 小さい声だったが、確かにヤツはマウンドの真ん中で俺を睨みながら言った。

ギラギラした目だった。俺は思わずバットを握りしめた。

 

 俺なんかいつも眼中にないみたいに扱うアイツから、俺はこうして初めて真っ向から奴の眼中に入った。ピリピリした感覚が肌に走る。俺はまたしてもバットを強く握りしめた。

 

「ふざけてない。ふざけるもんか」

 

 俺は陣内と同じように小さな声で呟くと、陣内はヒクリと眉を動かした。

どうやら俺の声は聞こえたようだ。

 

「ふぅー」

 

 俺は集中した。やっと俺は陣内の視界に映った。友達には多分なれないだろうが、映った。

 

 俺は陣内と違って何も確固たるものがない。あるとすれば、誰かの記憶に強く残りたいという想いだけだ。

 

 俺は野球を通して、アイツの記憶にくらい残って

 

 

 

やりたい。

 

 

 

 

 俺は立っていた。バットを持ったまま。

先程、己のバットからやけに小気味の良い音が響いたかと思ったら、陣内が今までにないくらい大きく見開いた目で、俺を見ていた。

呆然、そんな顔だった。

 

「おい!啓次郎!はしれぇぇぇ!!」

「お、おお」

 

 まさか、当たるとは。俺の耳に、かっちゃんの叫び声が現実味なく響く。

手元に伝わった鈍い感触は確かにボールがバットに当たった感触だった。

 

俺は体を動かすのは得意だ。足だって速い方。野球も小学校の時、よくクラスメイト達としていた。

けれど、まさか。

 

「1点めぇぇぇ!」

 

 まさか、一発で陣内のボールをうちとってしまうとは。

俺は呆然と俺を見つめる陣内に、何やら胸がいっぱいになった。俺なんか眼中にありません。そんなアイツの視界に、俺はめいっぱい映ってやった。

 

「1点とったどー!」

 

「かっちゃぁぁん!」そう言って仲間達の元に駆け寄ろうとした瞬間。

俺の肩は物凄い力で後ろに引っ張られていた。

 

「お前!何やったん!?」

「おえ?」

「いや!お前経験者か!?どこのリトル出身だ!?」

 

 そう言ってガクガク肩を掴まれて揺さぶられながら、俺は首を振る。

 

「いや、俺、経験者っていうか遊びでしか野球しないし」

「なんなん!?もう一回打席立て!?勝負しろ!?」

「え?ええ?」

 

 血走った目で俺を見る陣内に、俺は思った。視界に、入りすぎだ、と。

 

 その後、陣内は体育教師の制止も聞かず、クラスメイト達の言葉も聞かず、俺を無理やりマウンドに上げ、授業が終わるまでの間、ずっとずっと打ちこまれ続けた。

経験者の癖に、いろんな球を投げてきた。

「勝負だ!」と叫ぶアイツに俺も妙に熱くなってしまい、本気でバットを振りまくった。

 

 俺はスポーツは得意な方だ。

 野球だって嫌いじゃない。

 

 だからって期待の新人の球を半数以上打ちとれるとは思わなかった。

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

「はぁ、はぁ……お前、なんなん……」

 

 そう言って、やはり呆然とするアイツは、今までのアイツの目で全然違っていた。

その瞬間から、陣内は俺を視界にはっきりと写し、認識させた。

その日から、

 

 

俺は奴に付きまとわれるようになったのだ。

 

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