138:15歳

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幸福ってどんな形をしているのだろうか。どんな色をしているのだろうか。

 

きっと、それは人によって大きく異なるだろう。

 

僕にとっての、

いや、俺にとっての幸福は“あの日”から変わらない。

 

俺の幸福は丸い形をしていて、その丸の中に、嬉しいとか、大切とか、大好きがいっぱいつまっている。その丸は俺の腕。俺の腕の中には、嬉しいも、大切も、大好きも全部ある。

 

全部、俺の腕の中。

 

 

『はぁっ!1週間ぶりだな……!』

 

 

 俺は少しだけ懐かしさを覚えるこの町の風景に、一気に背筋を伸ばした。馬車で飛ばして丸2日間の長旅。体中のあちこちが石のように固まってしまい、動かす度にパキパキと体の至る所から骨の音がする。休憩なしの旅路は本当に疲れる。

けれど、一刻も早く帰りたかった俺は途中、一切休憩を挟む事をしなかった。

 

 お陰で首都から此処まで最短記録を叩き出す事が出来た。

 

『さて、と』

 

 俺が最初にこの村に連れて来られて、一体どのくらい経っただろうか。

いや、語弊がある。ここは既に村と呼べるような規模の集落ではなくなっていた。

 ここ数年で、この村は都と帝国の交通の要所として、ある程度の発展を遂げたのだ。村から町へ、この場所は父の目論見通り順調に発展していったのである。

 

 まだまだ発展途上ではあるものの、だからこそ、この町はまだまだ成長を続けるだろう。

 

 まぁ、確かにその発展に目を付けたのは父だ。けれど、実際にその事業の殆どを運営、指揮していったのは、この俺だ。

 10歳の頃、体が弱く、空気の良い場所での生活という“療養”目的で父に連れてこられただけだった俺も、今や15歳。

 

早いもので、来年はもう成人の儀を迎える。そのかったるい儀式さえ終えれば、俺は晴れて立派な大人の仲間入りとなるだろう。その儀式に、一体どれ程の意味があるのかは分からないが、世の中では一つの大事な儀式だ。

 

『……早いなぁ』

 

そう、俺が町の発展と自身の成長に、訳もなく感慨に浸っていると、俺の耳に聞き慣れた声が響いてきた。

 

『おーい!オブ!帰ってたのか!』

『フロム!』

 

 振り返ってみると、先程俺が馬車で乗り付けた町の入口から、フロムが此方に向かって歩いてくるのが見えた。

 

『久しぶりだな。1週間ぶりってところか?』

『あぁ、たった今帰ってきたところだ。そっちこそ、こんな町の入口まで、領主代理である、俺の出迎えかな?』

 

 俺が冗談交じりに言ってやると、フロムが『まさか』と吹き出した。

あぁ、分かっている。フロムがそんな殊勝な事をする筈がないって。分かっていてそんな事を言うのは、俺が久しぶりの気安い相手に、冗談の一つでも言ってやりたいと思ったからだ。

 

『仕事?』

『まぁな』

 

チラとフロムの腰に目をやってみると、そこには立派とは言い難いが、大事に使い込まれた剣がまるで相棒のように掛けられていた。

門の外から現れた所を見ると、どうやらフロムも仕事で街を離れていたようだ。

 

『レイゾンの出荷馬車の護衛だったんだよ』

『だろうと思った。お疲れ』

『そっちも、親のごきげん窺いお疲れさん』

 

 俺とフロムは互いの労をねぎらい合うと、並んで町の通りを歩いて行った。

 

こうして友人と気安い会話を誰かとするのも1週間ぶりで、何だか酷く懐かしい。チラと隣を歩くフロムを見てみれば、どうやらまた背が伸びたのか、フロムの肩の位置が少しだけ高くなっている気がした。

 

『まったく、フロム。お前はどこまで大きくなる気だ』

『っは!俺の成長はまだまだこれからだぜ!』

『早々に成長が止まらないように祈っておくよ』

『負け惜しみ言いやがって!』

『……ふん』

 

 そう、負け惜しみ。その通りだ。

俺も成長した方だが、やはりフロムの成長具合には完敗だった。そもそも、最初の体のつくりから、フロムは村の子供の中でも群を抜いて大きかったのだ。順当と言えば順当だろう。

 

『男はデカけりゃデカい程良い!強ければ強い程良い!俺はこの腕っぷしで何でも手に入れてやる!ニアも、その他も!全部だ!俺はまだまだデカくなるぞ!』

『……ハイハイ、頑張れ頑張れ』

 

 今ではこうして腕っぷしを買われて、物資の輸送の護衛という、傭兵まがいの仕事まで請け負うようになったのだから、フロムの成長まだまだ有望と言える。それ故の、この野心。若さと勢いと、力を手にしたこの男を、最早誰も止める事は出来ないだろう。

 

あぁ、悔しいったらない。体力も、力も昔からフロムを目指してやってきたが、とうとう今に至るまで全てを凌駕する事は叶わなかった。

 

『まぁ、それはそうと、だ。なぁ、オブ』

『なんだよ』

『お前、出発するときに、ちゃんとインにどれくらいで帰るか伝えてやれよ』

 

 ふと、フロムから口に出された何気ない言葉。

その言葉に、俺は痛い所を突かれたとばかりに、心臓がキュッと音を立てるのを感じた。この、必死に早馬を走らせて帰ってきた折に言うのだから、最早グウの音も出ないというものだ。

 

『……俺も、予定が立ってるのであれば伝えて行きたいよ。けど、ほんと帰る度に周りがうるさくって。前に予定を言ってその通りに帰れなかった時、そりゃあもうインが狼狽えてさ……物凄く心配させたからな』

『あぁ、あの時な。確かにあの時は、もう毎日毎日『もう、オブは帰ってこないのかな?』って酷い有様だったっけか』

 

 フロムも自分で言っておいて『ありゃあ、どうしたもんかな』と肩をすくめた。この町の運営事業や管理の殆どを父から受け継ぎ、更には軌道に乗ってからというもの、俺は時々、こうして首都へと出向かなければならなくなった。

 

『俺だって……本当はアッチへなんて行きたくないさ』

『アッチって。お前にとっては、そのアッチが家だろ?』

『やめてくれ。俺の家は……俺の帰る場所は此処だ』

『……そうだったな。悪い』

 

 感情の加減が上手く出来ず、思わず苛立ったような声を上げてしまう。そんな俺の気持ちを察したのか、フロムは自身の後ろ髪を掻きむしりながら素直に謝ってきた。

 

『大人になれば、もっと自由になれると思ってたのにな』

『だな。昔程、もう自由に遊んでられる時間もない』

 

 定期的な実家への帰省。

諸々の事務処理や、将来的な事を見越した人脈形成を含むとか、まぁ、色々と言われてはいるが、結局は家からの早く拠点を此方に戻すようにという圧力だ。

 

 それを毎回上手い事かわし、誤魔化し、だましだまし逃げて此処へ帰って来ている。誰があんな空気の悪い場所に戻るものか。

 俺の帰る場所はここだと、何度言えば分かるのだろう。

 

本当に、大人になるというのは厄介で面倒で、どうしようもない。

 

『でも、ある程度の見込みというか、希望的観測というか……そういうのは、インにもよく説明したうえで、やっぱり伝えてやれよ。予定も分からないままお前の居ない日が長く続くと、インが分かりやーすく落ち込み始めるからな。見てらんないぜ』

『本音は?』

『インの元気がなくなると、ニアも元気が無くなる。そんで俺に構ってくれなくなる。迷惑』

『……そんな事だろうと思ったよ!』

 

 フロムの明け透けな物言いに、俺は肘でフロムを軽く小突いてやった。まったく、俺だって好きで町を離れている訳でも、ましてやインから離れている訳でもないのだ。

 こうして早くインに会いたいからと無理を言って馬車を走らせている、俺の気持ちを一体どこまでインも分かってくれているのやら。

 

 そう、俺が眉間に手を当ててどうしたものかと思案し始めた時だ。