3:満場一致大団円

 

 

「オイ、庄司。俺の言ってる言葉を、なんで言葉通り取らねぇんだよ。お前、ワケ分かんねぇよ」

「……全部、風呂が壊れたせいだ。全部風呂のせい。俺はまだ加齢臭なんてしない」

「…………」

 

 最早、項垂れてうわ言のように呟く庄司に、宮古はもう一度、今度はバレないように宮古の首筋の匂いを嗅いだ。そこからは何か特別強い香りが放たれる訳でもなく、ただ“庄司”の匂いがした。

 

——-あぁ、すきなにおいだ。

 

 そう、宮古は、その匂いを臭いなどとは思わないし、なんならずっと嗅いでいてもいいと本気で思った。なので、静かに嗅いだ。

 

 その様子を、店主や、他の頭の悪い仲間達がどんな目で見ているかなど、宮古は気にしない。

 

 山戸 宮古とは、元来そういう人間なのだ。重要なのは、自分が“重要”だと思っている事だけ。

 それ以外は、宮古にとって、驚くほどどうでも良い事なのだ。

 

「庄司。明日、仕事は休みか」

「……あぁ、休みだよ。土曜日だし、客との約束もない」

「じゃあ、うちに来い」

「は?」

 

 庄司は未だに耳元でのみ囁かれる宮古の言葉に、思わず呆けた言葉を発していた。「うちにこい」とは、一体どういう意味だろうか。思案してみるが、それはどう考えてもその言葉道理の意味にしか受け取れない。

 

「うちの風呂入れ。わざわざ湯冷めするような所に行くな」

「え、いいの?」

「そのまま、泊まってけ。そしたら湯冷めしねぇだろ」

「……本当に、いいのか?」

「いいって言ってんだろ。俺が提案してんだろうが」

 

 その瞬間、庄司はやっと自分の首元からなくなった宮古からの拘束に、クルリと勢いよく振り返った。すると、すぐ目の前には真っ赤な髪をこれでもかと靡かせる、若さ溢れる男子高校生の精悍な顔がある。

 

 眩し過ぎて目がくらみそうだ。

 

「ありがとな!助かったよ!」

「……制服で来いよ」

「紀伊国屋のか?……まぁ、確かにスーツだとおかしいし、私服は……高校生っぽい服なんかねぇしな。いや、でも……また、アレを着るのか」

 

 目の前で何やらウンウン唸り尽くす庄司に、宮古は少しだけ心を前のめりにさせた。スーツの庄司が嫌な訳でも、私服の庄司では物足りない訳でもない。ただ、最初に出会ったあの日の庄司に、宮古はまた会いたかった。

 

 何故って。それは勿論、あの時の庄司が最も宮古の傍に居たからだ。

 

「庄司、頼む」

 

 宮古はどう言ってよいのか分からず、とりあえず素直に頼んでみる。すると、それまでウンウン唸っていた庄司がポカンとした表情で宮古を見ていた。

 

「な、え?」

「また、制服着てくれ」

 

 必死か。

 それは庄司もそうだが、周りの色とりどりの頭カラッカラの男子高校生達も同様に思った。

 正直、これは庄司の頼みであって、制服を着るのも庄司自身が「風呂に入れてもらう」為の必要条件だと認識していた。それなのに、何故だか宮古が庄司に対して懇願しているように見えるのは何かの間違いだろうか。

 

「この通り、おねがいします」

「っぶは!」

 

 どこか感情の伴っていない、ムッスリとした顔のまま、真っ赤な髪を靡かせる、所以不良と一括りにされてしまうような見目の男から、こんな素直な言葉が飛び出すとは。

 庄司はたまらず吹き出すと、宮古の肩をポンポンと叩きながら腹を抱えた。

 

「っはははは!待って!宮古待って!笑わかすな!なんで俺が頼んでたのに、いつの間にかお前が俺に頼んでるんだよ!?それに、何その、おねがいしますって……!もう最高か!」

「俺は、また何かおかしい事を言ったか」

「いやっ、もう……悪い悪い。そうだな、何もおかしい事は言ってない」

 

 庄司はしばらく笑った後、フウと一息ついた。そして、宮古の肩に手を置いたままカラっとした笑いを浮かべて言った。

 

「制服の件、お願いされました!そして、風呂の件、お願いします!」

「っ!」

 

 その庄司の言葉に、それまでムスッとした通常運転の表情を浮かべていた宮古が喜色満面の笑みを、その顔に浮かべた。

 そして、この何度見ても慣れない宮古の破顔に、周りの仲間達はヒソヒソと互いに何かを言い合っていた。

 

 彼らは馬鹿だが、その言葉が宮古の耳に届けば、そりゃあ見事に痛い目を見る事くらいハッキリと理解していた。だから、その言葉が宮古や庄司に届くような愚かな事はしない。ちゃんと、きちんと“ヒソヒソ”した。

 

「じゃあ、さっさと行くぞ。まず庄司の家で着替えだな」

「っし、そうだな。ってか、宮古の家かー!初めてだな!楽しみだ!」

「……別に、普通の家だ」

「それでも、だよ」

 

 言いながら、庄司がコートを着込み店主に軽く何かを言って支払いを済ませる間、ずっと宮古は庄司の肩へと手を回していた。

 

 意識的か無意識的か。手癖によるものか、前のめりによる意識からくるものか。

 

 ともかく宮古は庄司からピタリと離れる事なく寄り添い、庄司が「お前ら、あと飲み食いも3000円までだかんな」と色とりどりの彼らに言い聞かせ店を出る

 

その間、

 

 宮古は黙って庄司の肩に回していた手を、いつの間にか腰へと移動させていた。

 完全に、意識的な行動で、不自然にならないタイミングを見て計算高く、彼はやってのけたのだ。

 

 

「あーあ、しょーじ、とうとうオモチカエリされたなー!」

「やっぱ宮古!手ェ出すのはえーよな!」

「みやこ、しょーじ大好きだもんなー!」

 

 

 そして、金平亭に残されたカラフルな彼らは、先程までヒソヒソと話していた話の続きを今度は誰に憚られる事なく大声でし始める。

 

「ハイ!じゃあ今日の賭け開始―!宮古がしょーじとエッチするかどうか!エッチするのヤツー!」

「「「「ハーイ!」」」」

 

 はーい!という、低い声が幾重にも重なって響き渡ったあと、金平亭は大爆笑に包まれた。

 

 

——–これじゃあ、賭けになんねーじゃん!

 

 

 そう、その場に居た全員が「宮古と庄司は本日エッチをする」で満場一致の大団円を迎えた。

 彼らは頭がカラッカラで小学生のような快活さを持つが故、宮古が誰とどんな関係になろうとも、そんな事は一切何の問題もないのであった。

 

 

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