7:アイツの涙を止めろ!

 

         〇

 

 

「はぁぁぁ、風呂から上がったら、宮古になんて言えば……はぁぁぁ」

 

 

 庄司は他人の家の風呂という、なかなかにパーソナルな空間でソワソワしながら服を脱いでいた。

良く考えてみれば、自分のテリトリー外で真っ裸になるというのは、なかなか勇気のいる行為であるな、と今更ながらに思う。

 

 チラと脱衣所と洗面所が一緒になった水回りを見渡せば、そこには数種類のワックスやシェーバーが、まるで持ち主同士が互いに牽制し合うように置いてある。

 

 男3人、女1人の家族構成だと、水回りもこうも雄々しくなるのか。

 

 素っ裸にタオルを持ったまま、庄司はなんとなく所狭しと置かれた男性用洗顔から何からを手に取ってみる。これは宮古のモノだろうか。いや、伊中か。さすがに父親の、という事はないだろうが。

 

 そう興味深げに眺めていた時だった。

 

「宮古―!お前さぁ、最近俺のワックス使って……は?」

「……は?」

 

 数刻の時が、止まった。

 素っ裸の庄司と、何の気なく自宅の洗面所の戸を開いた伊中。

互いが互いの登場に際し、一切の心積もりをしていなかった為か、次の瞬間には、体が心に一気に連動された。

 

「うわああああああ!」

「うわああああああ!」

 

 素っ裸を見られた庄司と、素っ裸を見てしまった伊中。果たしてどちらの方がダメージが多きいのか。

 しかし、庄司の悲劇はそこでは終わらなかった。

 

「何々!?何事だ!?どうした伊中!?」

「えっ、あっ!ダメよ!あなた!今お友達がお風呂に、」

「うわあああ!?」

 

 伊中の登場に引き続き現れたワイシャツからネクタイをほどこうとした動きのまま現れた男性。顔立ちはどことなく宮古と伊中の原型のようで、それは明らかに二人の父親と呼ばれる男だと分かった。

 

あの若く見える母親同様、この父親と呼ばれるであろう彼もやはり、明らかに高校生の息子が居るにしては圧倒的に若い。

そして、何だろうか。妙な違和感を、庄司はこの男から感じた気がした。

 

 いやしかし、今の庄司にはそんな「二人のお父さん、どっかで見た事あるなぁ」なんて悠長に言っていられるような心境ではなかった。

 

「ちょっ!?はァ!?なんで!なんでアンタがうちで真っ裸になってんの!?」

「えっ!あっ!伊中の友達か!ごめんごめん!伊中があんまり大声を出すもんだから、つい」

「~~~~!」

——-いいから早く出て行ってくれ!

 

 庄司はともかく手元にあったバスタオルを、前にだけ当てた。腰に器用に巻き付ける事が出来る程、庄司の思考回路は正常ではなかった。ただでさえ、この家に来てからバグが発生していたのだ。

 

 もう、なんというか、庄司は心の中の小学生の自分に半分従いかけていた。

 

 焦りと、羞恥と、どうしようもなさで、ジワと目頭が熱くなっていく感覚を味わう。これはもう、潔く大声で泣き喚いてやろうか。

 

 

『うわああああん!もういやだあああ!ふろもこわれてるし!みやこはおこるし!おれは30さいでフラフラだし!たにんのいえではだかみられるし!うわあああああん!!』

『ちょっ!泣くな!泣くなよ!?お前はもう大人だ!今年で30歳なんだよ!』

『他人の家で真っ裸で泣くとか、マジであり得ねぇからな!』

 

 サラリーマンの庄司、高校生の庄司、そして理性という重装歩兵部隊。

それら全員が、物凄い勢いで泣き喚くランドセルの少年を囲み慌てふためく。ここまで激しい感情の波は、早く収めてしまわないと外界の本体へ、涙という影響力を持って表に現れてしまう。

 

『このガキを早く泣き止ませろーーーー!!』

 

 そう、大人達が必死に叫び始めた時だった。

 

「オイ、お前ら出ていけ」

「っ宮古!?」

「宮古!珍しいなぁ。今日はもうかえって」

 

 目を見開く伊中と、そこからまた悠長に話始めようとする父親。その二人に対し、宮古はあらんかぎりの感情を込めて再度口を開いた。

 

「いいから、さっさと出ていけ」

——-じゃないと、殺す。いくら兄弟だろうと、親だろうと。

 

 いや、そこまでは口に出したりしていない。ただ、宮古の目はハッキリとそう言っていた。明らかに触れてはいけない逆鱗へと触れそうになっている事に、伊中も父親もハッキリと察すると「ごめんごめん」と軽く謝りながら出ていった。

 

 そして、脱衣所に残されたのは素っ裸で、かろうじて前だけ隠す庄司と、ムッスリとした表情のまま庄司を見つめる宮古の2人。

 庄司はやっと居なくなった他人と、何故か出ていってくれない宮古に、ともかく一旦力が抜けるのを感じた。

 

「はぁぁぁぁ、もう。なんか……」

 

 庄司はその場に蹲るように座り込むと腕と膝の中に顔を埋めた。

 もう、疲れた。まだ風呂には入れていないのに、この怒涛の疲れは一体なんだろう。

 

「庄司」

「……みやこ」

 

 庄司の肩に、熱い、熱い熱を持った大きな掌が触れる。服越しではなく、素肌に直接触れるその手は、なんだかいつも以上に宮古の存在を濃く感じて、何故だかたまらない気持ちになった。

 

「悪かったな。うちの家族が」

「……いや、俺が急に、きたのが」

—–悪いんだし。

 

 という最後の言葉まで、庄司は言い切る事ができなかった。

先程、心の中の小学生庄司が大いに放出させた涙が、時すでに遅く本体の庄司へと影響を及ぼすに至っていたのだ。

 

 

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