157:お前を殺して

 

「お前は、自分が一体何をしたか分かっているか」

「…………ぐ」

「愚かなお前に説明してやろう。お前は3日間意識を失っていた。ここは俺の酒場にある部屋の一室だ。お前には一体どこまで記憶があるか分からないから、一から説明する。俺の名はウィズだ。お前の通う酒場の店主で、神官でもある。あぁ、もしかして自分の事も分からないか。なら教えてやる。お前の名前はアウト。どうしようもなく愚かで物覚えの悪い、史上最悪の極刑モノの罪悪を犯した罪人だ」

「…………ヴぃ、ず」

 

 ウィズは爛々と怒りの炎をその目に宿しながら、刺すように俺を見据える。

そして、俺はと言えば、容赦なく持ち上げられ、宙に浮く体に、頭痛と気持ち悪さが一気に襲ってきた。

 

「っぅ」

 

しかし、吐き気はあれど、最早体の中には何も吐くモノがないのだろう。

 少しだけすっぱい何かが喉の奥に沸いてくる以外は、何も起こらなかった。そんな俺を前に、ウィズは更に俺へと顔を寄せる。

 

 もう、互いの鼻先がこすれ合うほど俺達は互いを間近に感じていた。

 

「アウト、アウト、アウト。お前がどれ程愚かな事をしでかしたか分かるか?お前は一歩間違えれば死ぬところだったんだ。体調不良で高熱のある中、あんな無謀な酒の飲み方をして。殺してくださいと言っているようなものだ。なぁ、アウト。あんな酒の飲み方を、俺がいつ推奨した。あぁ、そうか。あんなメモを取る姿など形だけのまやかしで、お前には俺の言葉など何一つとして届いていなかったと言うわけか。しかも、お前は俺に嘘をついたな。体調が悪い癖に、大丈夫だ平気だと嘘をのたまい俺を欺いたんだ。なぁ、アウト。お前にとって俺は何だ?どういう存在だ?俺は言った。俺にも分かるように説明してくれ、と。しかし最後までお前は俺に何をするかを教えてはくれなかった。言わなければ分からないだの、伝わらないだの大仰に口にしておいて、お前は一体何なんだ。なぁ、アウト。なぁ、聞いているか?」

「……うぃず」

 

 苦しくて、気持ち悪くて、頭が痛い。

 けれど、そんな絶不調の俺よりも、何故だろうか。

 俺の体を悠々と持ち上げる力を持つウィズの方が、圧倒的に満身創痍だった。怒りを宿しつつも、未だにその瞳が宿す光りは鈍い。

 

 叫ぶわけでもなく淡々と述べられる言葉は、最初から最後までうわ言のように力がない。あぁ、これは、そうだ。全部、全部俺のせいだ。

 

「アウト、お前は俺を軽んじているのか?お前にとって俺はゴミか?取るに足らない存在か?」

「ち゛がう゛」

「違う?何が違う?もう、お前の言葉の何一つを、俺はもう信用する事はできない」

「うぃ、ず。ごめ゛な゛さ」

「何に対してお前は謝罪している?俺は何に対して謝られている?俺はお前の一体何を許したらこの気持ちから解放される?」

 

 ここに来てウィズの表情が一気に歪んだ。

あぁ、ウィズ。ウィズ。お前、なんて顔をしているんだ。

 俺のせいで、俺の為に、俺の事を思って。

 

「あうと、俺は、こんな気持ちはもう、二度とごめんだ。俺はお前が心配で心配で仕方がない。お前は俺の予想の手の届かない事ばかりをする。俺がどんなに考えたところで、お前は俺の手など、言葉など、何も気にせず振り返る事なく飛び去って行く。俺はもう苦しくて狂いそうだ。なぁ、あうと。もう、俺にはお前を繋ぎ止める術も、止める術も持ち合わせていない。だから、なぁ、あうと」

「な、に?」

 

 俺の為にウィズがこの後どのような言葉を吐いてくれるのか。俺はもう不調のさなか、少しだけぼんやりし始めた意識の中で、何故か至上の幸福を感じてしまっていた。

 こんなにもウィズの気持ちの全てを俺に向けてくれている事が、今の俺はこのまま死んでしまいそうな程に嬉しかったのだ。

 

「あうと、お前がまた死にたがりで愚かな事をしたら、俺は、もう」

「ん」

「お前を殺して、俺も死ぬ」

 

 ウィズのその物騒過ぎる、なんだか愛の告白のような言葉に、俺は全身の力が抜ける程嬉しくて、思わず笑ってしまった。

 

「ん。そう゛して」

 

そんな俺の表情に、ウィズがやっと、いつも浮かべている怪訝そうな表情を浮かべた。

 

「ね、うぃ゛ず」

「なんだ」

 

 笑って、自然と片手を俺の胸倉を掴むウィズの手に添える。

 あぁ、この手だったか。俺が苦しさの嵐の中に居た時に、ずっと掴んでくれていた手は。

 

「うぃず、」

 

 俺は声を出すにつれて、少しだけまともになってきた声で、再度ウィズの名を呼ぶ。その間、添えた手でウィズの手を撫でてみる。あぁ、暖かい手だ。

 

 

「ありがと」

 

 

 俺はそれだけ言うと、触れていた手から一気に力が抜けるのを感じると、そのまま、またしても真っ暗な意識の中へと沈んでいった。

 

 

 

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