そして、兄貴は……(5)

 

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 ここからは、俺の知らない、今後も俺の知る事のない物語の続きをダイジェスト版で紹介しよう。俺が夕飯のメニューについて頭を捻らせている頃、あの二人は近所の公園で遭遇していたようだ。

 

 一人は、俺の先輩で、俺の高校の優秀過ぎる生徒会長。

 

「何、怒ってんの?優」

 

 そして、もう一人が俺の兄貴で、俺の中で最もクソだと言い切れる男。

 

「お前みたいな他人が、なに勝手に俺の家に入ってんだ?」

 

 この両者はしばらくの間、その互いに答えぬ質問の応酬を続けていた。けれど、それは忍耐というものが極端に少ない、俺の兄貴の怒声で幕を閉じた。

 

「もう二度と俺の家に来んな!」

「ねぇ、優。泣いてるの?目赤いよ」

「話を聞け!」

 

 少しだけ目を赤くしている兄貴は、一茶先輩に向かって怒鳴る。けれど、そんな兄貴に一茶先輩は意に介した様子は見られない。

 今までのやり取りは、傍から見れば喧嘩に発展しそうな二者間の会話に見える。しかし、見る者が見れば、それは仲の良い者同士の日常会話ともとれるのだ。

 

 この時、俺は気付いていないが、一茶先輩とは中学の頃一度俺の家で会っている。

 

 一之瀬 一茶。

 

 彼は確かに俺と同じ中学出身で、確かに兄貴の同級生だった。いや、同級生なんて距離のある間柄ではない。

 一茶先輩は兄貴の“親友”だ。

 

 あの頃、彼は金髪だった兄貴に対して、銀色の髪をしていた一茶先輩。耳には大量のピアスに、着崩された制服を身に纏い、今と同じような他人を馬鹿にしたような笑みを浮かべていた。

 そう、あの穏やかの笑みの下には必ず他者を見下した笑みが隠れているのだ。

 

 それが、一之瀬 一茶という男の本質だ。

 

 兄の隣を歩く中学2年生の一茶先輩を俺は確かに見た。けれども、俺はすぐに一茶先輩から目を逸らした。一茶先輩の目が、笑顔が、俺は苦手だと思ったのだ。

 目を逸らした俺を、一茶先輩は面白がるような目で見ていたようだが、その時も兄貴が無理やり一茶先輩を自分の部屋へと連れて行った。

 

 俺はホッとして、すぐに自分の部屋へと逃げ込んだ。

 

 俺は一茶先輩とあの家で会うのは、実は今日で二度目だったのだ。けれど、それをこの時の俺はまだ知らない。

 

 兄貴の親友、一之瀬 一茶。

 俺の先輩、一之瀬 一茶。

 

 この二つが一つである事を知るのは、まだしばらくしてからだ。

 

「純君、本当に可愛い。可愛いよ、優」

「……お前、気持わりぃよ」

「ねぇ、純君の事ちょうだい。いつか別の女と家族を作って弟を捨てる優には、弟なんていらないんでしょ?なぁ、いいだろ?ちょうだいよ」

 

 そう、どこか恍惚とした顔で兄貴に向かって言い放つ一茶先輩。

「本気なのにねぇ」そう一茶先輩が別れ際に言った言葉を、俺は冗談だと受け止めたが、実のところあれを冗談だと受け取った俺の判断は間違いなかったのだ。

 

 そうでなければ、俺はきっと。

 少しでも一茶先輩の言葉から本気を見出していたら。

 きっと、俺は。

 

 彼に引きずり込まれていただろう。

 

「っは、一茶。お前馬鹿だろ」

 

 まぁ、でも、どちらにせよ俺の行く先は変わらなかったに違いない。

 兄貴は笑う。余裕の笑みを、その顔に浮かべる。

 

 

「純の家族は俺だけだ。そして、俺の家族も純だけだ。これから先も、ずっとだ」

 

 

 きっと、俺は兄貴によって引っ張りだされて、また兄貴の隣に立っていただろう。

『誰が一茶のところに行けなんて言った!?』なんて、怒鳴られながら、俺は兄貴に首根っこを引っ張られて無理やり傍に置かされる。

 

「純はなぁ、俺だけのモノなんだよ」

 

 兄貴は笑う。余裕の笑みを、その赤くなった目に浮かべる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、兄貴がその日家に帰って来たのは8時過ぎだった。俺は何も作る気が起きず、うどんの出前を取る事を兄貴に提案した。

 兄貴はいつものように「エビ天大盛り」と言い放つと、俺と共にリビングで向かい合わせに座る。届いたうどんを二人で食べる。

 二人でチャンネル争いをして、テレビを見る。テレビを見ながら、互いに風呂に入る。

 

 そして、いつものように就寝する為、俺達は自分の部屋に戻る。

 

 いつもと同じ。

 両親が死ぬ前と死んだ後。

 変わらない、俺達兄弟の夜。

 

 けれど、その日は一つだけ違った。

 

「誰が一人で寝ろっつった!?」

 

 突然、俺の部屋に乗り込んで来た兄貴が俺に向かってそんな事を言い放った。そして、兄貴は俺の首根っこを引っ張ると、そのままズルズルと死んだ両親の寝室に連れていかれ、俺はベッドに放り投げられた。

 そして、そのまま兄貴も俺の隣に寝転ぶ。

 

「兄ちゃん、」

「なんだよ」

「なんで?」

 

 俺の問いに、兄貴は答えなかった。けれど、答えない代わりに、兄貴はニヤリと笑って俺を見ていた。そのニヤリと笑った目頭が少しだけ赤かったのは、俺の見間違いだろうか。

 

 

 次の瞬間、兄貴は俺にキスしていた。

 深い、深いキスだった。

 キスされながら、俺は兄貴に頭を撫でられていた。

 

 キスをしながら、俺は先程の俺の問いに兄貴が言葉なく返事をくれるのを聞いた気がした。

 

(お前を、愛しているからだ)

 

 そう、聞こえたのは俺の期待や希望がもたらした幻聴だったのだろうか。

キスはそのまま深くなる。

 

 離れない。それが、俺には気持ちよくてたまらなかった。

 

 

 俺の兄貴はクソだ。

 クソだ。

 

 その日から、兄貴は家に誰も連れ込まなくなった。

 

 あの家は、正真正銘。

 

 

 

 

 

 俺達二人だけのモノになったのだ。

 

 

 

 

 

【クソ野郎】了

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