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「はーっ!久々に酒の匂いを嗅いだ!いい匂い!」
「アウト。お前分かってるだろうな。まだ、お前には飲ませられないぞ」
「わかってるよ!ウィズ!あっ!ファー!やっぱお前は此処で見ないとな!」
俺は久々にやって来たウィズの酒場に、湧き上がる喜びと言う名の感情に、一気にその身を支配されていた。
「まったく。しようのない奴だ」
「っははは!やっぱ、いいなぁ!此処は!可愛いな!ファーは!」
アバブとバイが来てくれた後、俺はようやくウィズからあの部屋を出る事を許された。
まぁ、許されたと言っても、本当に“部屋”から出て、酒場に行く事を許されただけであったが。
ウィズはまだ何かスッキリしない顔をしていたが、「店の方に、行ってみるか?」というウィズからの提案に、俺は即座に頷いたのだった。
さすがにあの会話の後だからと言って、すぐに「帰れ」とは言わないウィズは本当に優しいと思う。
自分であんな事を言っておきながら何なのだが、どうやら、俺の体はそこそこ危険な状態らしいので、もう少し居させて貰えるとありがたいのだ。
別に俺は進んで死にたがっている訳ではないのだから。
「アウト先輩、はしゃいでますねぇ」
「ほんと、ガキかよ」
そう、後ろから呆れた顔で此方を見てくるのは、俺よりも随分若い筈のバイとアバブ。
しかし、その二人の視線にも、俺の今の気持ちが揺らぐ事は一切ない。本当にこの酒場へは“あの日”以来なのだ。はしゃぐのも、まぁ許して欲しい。
あぁ、それにしても、ここは本当に素晴らしい酒場である!
何度も言うが、ここは俺の“理想”の酒場なのだ。
「アバブちゃん!帰りは俺が送っていくから、アバブちゃんも、ご飯食べて行きなよ!」
「いや、バイさん。そんな気を遣わないでください」
「俺は女の子を夜に一人で帰らせるような男じゃないんだ!」
「……女の子、ねぇ」
俺とアバブとバイの3人で話していた時間が、そこそこ長かったのだろう。外は真っ暗になり、俺達がいつも酒場に行く時間くらいにはなっていた。
ヴァイスはと言えば、バイ達が来た時点で「僕は仕事を抜けてきているからね!」と笑顔を残し風のように去って行った。
去り際、ヴァイスは一瞬、俺に向かって人差し指を口元にもっていき「ひみつだよ」とでも言うように、目配せをしていったが、あんな事、誰に、どう、何と伝えれば良いのだろうか。
逆に俺が教えて欲しいくらいだ。
きっとあの件については、またヴァイスと俺の二人で対話の機会を持つ事もあるだろう。それまで、俺は何も言うまい。何もするまい。きっと、どうあっても避けられるべきものではないのだから。
「…………」
俺はそっと自分の下腹部に触れてみる。そこには妙な暖かいモノを感じるような気がした。それが気のせいなのか、実際にそうなのかは分からないが、俺の体は他者とは異なり、ある種の特異性を秘めている事は確かなようだ。
まぁ、それは、“死にやすい”という、全くありがたくもなんともない最悪な“特異性”なのだが。
そんな俺に、いつの間にか俺の隣に立っていたウィズが、俺の背にそっと触れてきた。触れられた場所が、自然と熱を帯びるような感覚に襲われる。
「アウト、具合でも悪いのか。どこが気になる?腹か?」
「いや、別に具合は悪くないよ。俺は、まぁ……元気なんて言うと、ウィズは怒るだろうけれど、ともかく“今”は絶好調だよ」
「生憎だが、お前の絶好調は、先日全ての信用を失っている。よって、一切信用できない」
そう、疑わし気な目を向けてくるウィズに、あの時俺が口にした、圧倒的嘘の“絶好調”が瞬時に耳の奥で木霊するのを聞いた。
———何言ってるんだよ、ウィズ。ほら、俺を見ろよ。絶好調だろ?
「……返す言葉もございません」
「お前はこれから俺の損失した信用を回復するために、人生をかけて返済してもらうからな」
「分かったよ!もう!ともかく今は平気!ほら!好きに触って確認しろ!」
俺の言葉にウィズがフッと小さく笑うのを、俺は横目に見た。あぁ、なんて心地の良い空間なんだろうか。
なんて、離れ難い時間なんだろう。
離れ難い?俺は、今確かにそう思ったが、俺はいつかここを手放さなければならない日でも訪れるのだろうか。
「…………」
俺は急に暖かかった筈の腹の下あたりが、急激に冷え込むような感覚を覚えると、それを振り払うかのように、勢いよく振り返った。
酒は飲めなくとも、ウィズに酒を注ぐのは俺の仕事だ。それくらいは、やっておきたい。
そう、思ったのだが。
「……いいっ!やっぱり美形×平凡は最高の極みっすわ。こうも理想的なカプに出会えるとは、私の前世での苦行も報われたというものです。拝ませて、貢がせて、応援させて。重く、想わせて」
「おぉ」
先程までのしんみりした気持ちが、一瞬で吹き飛んだ。
吹き飛んで、残ったのは久々にアバブから深い祈りを捧げられる俺。
「アバブからの“お祈り”も久々だなぁ」
「お祈りされる事は最早お前にとって、日常なのか……?」
「そうだよ。俺はアバブの神様らしいんだよ。だから俺はよくアバブに祈られてる」
「その関係性を自然に受け入れられるお前の懐は、確かに神に匹敵する広さがあるのかもしれないな」
そう、どこか呆れた顔で言うウィズは、やっぱりとても美しかった。きっとこんなウィズの隣で食事を摂れる事を、アバブは天に感謝しながら喜ぶ事だろう。
きっとそのうちウィズの事も祈りだすに違いない。
「アウト先輩の天然に振り回され、けれどそれも悪くないと苦笑する美形……私、今日は夕食はいりません。見ているだけで幸せの極み。これが新作への新たな糧。もうお腹いっぱいです」
「……うーん、アバブちゃん。俺もな、その気持ちは分かるんだ。物語としては、わかるよ?けど、俺はちょっと納得できないんだ!俺もアウトが好きなのに!“読者”なら俺もいいんだ!けど、“バイ”だと納得いかないの!」
「そんな貴方も最高ですよ!バイさん!貴方は最高の美形受けでもあり、BL百合カプにおける体位上攻め、しかしその実精神的受け。貴方のポテンシャルに叶う者はこの世に早々おりません!」
「……アバブちゃんの言いたいことが、言葉は分からないのに分かる!こ、これは一体どういう事だ!」
「もう、貴方は真理の扉を開いた、という事ですよ。バイさん。ようこそいらっしゃいました!」
「うおおお!そうなの!?俺、開いちゃった?開いちゃった!?」
俺には一つも理解出来ない言葉で分かり合う二人に、俺は完全にバイに“ビィエル”の道の先を行かれてしまった事を悟った。