226:四兄弟の使命

 

         〇

 

 

 

 屋敷に到着した、郵便飛脚によりもたらされた手紙。

 いや、報告書は、すぐに屋敷の当主の元へと手渡された。

 

 情報は全ての要。

 人もモノも“情報”一つで大きく扱い方が変わる。

 

 そう、その当主は幼い頃から父親に教え込まれていた。

 だからこそ、この帝国の主要地域には4兄弟がそれぞれ陣を張るように領地を拡大させていった。

 

 東西南北。

 4兄弟はそれぞれ父に言い渡されていた。

 

 南の長男。金融の掌握を。

 東の次男。交通網の発展を。

 西の三男。領土の拡大を。

 北の四男。未開の地の開拓を。

 

 既に、帝国の主要都市を有する南と東の掌握は、上の二人が。過激で苛烈な性格の二人には、成長し拡大し続ける拠点の掌握にはもってこいだった。

 西は発展してはいるものの、掌握する領土が狭い事から、自陣拡張の指示を三男に出した。自惚れ屋で、派手な事を好む三男にはピッタリだった。

 

 そして、四男は。

 まだ、土地としても細く、貧しく、どの貴族も掌握しきれていない。というより、掌握する価値すら捨て置かれた地の、新規開拓だった。

 静かに思考し、機を伺い、“待つ”事の出来る四男にはピッタリだった。

 

 こうして、彼らの父親は息子達の性格を鑑み、それぞれの地へと送り込む。

 彼の父親の野望は東西南北、全てにおいて、金融と交通網を繋ぎ、情報を自身の元へと迅速に届ける仕組み作り。

 

 

———いいか、お前達。情報は要だ。そして、血は鉄血の盾だ。何かあったらすぐに情報はこの俺の元に届けろ。そして、血を穢すな。汚れた血を一族に紛れこませるな。

 

 

 父親の野望通り、4兄弟は全て父の望みの基礎を作り上げる事に成功した。

 けれど、父の言う“血”が、最大の盾であり繋がりであるかは、四兄弟達にとっては甚だ疑問視する声も上がるところだ。

 

 何故なら、彼ら4兄弟はお互いの事を、別に好きでもなんでもなかったからだ。

 けれど、誰も父親の言う事には逆らう事はなかった。

 

 否、逆らえなかった。

 

 その仕組みの完成した今。全ての情報が首都へと迅速に送られる。国家よりも、他のどの貴族よりも。

 

『…………』

 

 やって来た郵便飛脚のもたらした、暗号化された情報に、当主である男は、天を仰ぎ見た。そして、先程まで、その男の息子が立っていた場所を見て、奥歯を噛む。

 

 これは、富ませる事にばかり目を向けてしまった自身の失態だと、後悔した。富ませる為に、交通網を整えた。それをきっかけに、村は町となり、近隣の村との合併が進んでいった。

 全てが急だった。急過ぎた。

 

 故に、町が富む速さに対し、教育と医療、そして福祉は中々先へは進まなかったのだ。そのどれも、今後の課題として挙げられていたもので“これから”取り掛かるつもりだった。

 男は先富論を掲げていた。先に富ませられるモノから富ませていく。残りは後から自然と付いていかせればいい。

 

 富め、富め、富め。

 

 貧困から救いたい者が居た。

 だから、脇目もふらなかった筈なのに。

 

『俺は、間違っていた……のか』

 

 知識は自身を守る盾だ。“知る”事で守れるモノは多くある。

 医療は発展の過程で共に導入させねばならないモノだったのに。

 

『スルー』

 

 男は手元にある報告書をもう一度見た。これは、数日前の情報だ。

 北からの疫病は、予想よりも遥かに激しく、あの地を襲っている。感染者と死亡者の数。年代別の感染者の数は、年寄りが殆どである。

 

 けれど、その中に10代の感染者の名が記されていた。

 

 この疫病には特効薬は、まだない。出来たとしても、まだ先の事だろう。

 これまでの情報で、この病は数日間の潜伏期間の後、症状を発症する事は分かっている。そして、ひとたび発症すれば、年寄りや子供であれば数日とかからず死ぬ。

 

 若い男でも、きっと、そう長くは持たない。

 奇跡に掛けるしかない。もう、どうしようもない。

 

 当主である男は、泣きわめいていた自身の息子を想った。彼が此処に戻って来た時、最早、息子が息子ではなくなっている事が、容易に想像できたから。

 

 あれが、最初で最後の“父親”らしさだった。

 

 

『オブ、急げ』

 

 

 男の言葉は、誰も居ない部屋で吸い込まれるように消えていった。