239:かったるい世界

「そうそう。ビヨンド教ってさ。ずっとあったんだけどね。今みたいになったのは、僕のせいなんだよ!」

「へえ」

 

 急に明るい声で語り始めたヴァイスに、俺は適当に相槌を打つ。

そんなの、今更どうだっていい。始まりも終わりもない事を、他でもないヴァイスが教えてくれたのだから。

 

「もう、僕も退屈でさ。記録のつもりで……というより、暇つぶしだね。この世界について、分かった事とか気付いた事を本に書いたのさ!そう、アウトの言葉を借りて言うならば。不思議な魔法の本に書いていくようにしたんだ!」

「ふーん」

「少しは興味を持って聞いてよ!」

 

 ヴァイスはむくれたような声でそう言うと、ヴァイスの胸に顔を埋めていた俺の顔を、その両手でそっと包み込んだ。

 包み込んで、そして、上を向かせた。

 

「アウト、聞いて。面白い話だから」

「……ん」

 

 その、そよ風のように、穏やかな空気を纏う、ヴァイスの瞳と声に、俺は投げやりだった気持ちを落ち着かせて、小さくコクリと頷いた。

頷いたけれど、俺の頬に添えられたヴァイスの両手は、離される事はなかった。

 

「神様の言葉を書いた禁書って奴を、僕が作ってね。知ってる事をちょっとずつ書いてるんだ!そして、ある時、気まぐれにビヨンド教の奴らの前に、神々しく本を降臨させてみたんだよ!そこから、今のビヨンド教は始まったのさ!」

「……」

「そしたら、そこから連中は必死さ!皆、こんな下らない世界の秘密を知りたがって、必死に解読しようとして……たまに、全然違う解読とかしてくるから、もう面白いのなんのって!滑稽ったらないよ!」

「まったく、何をしてるんだよ」

「ヘヘッ。許して。退屈で退屈で仕方なかったんだ!あ、でもね。今、僕がアウトに話したみたいな重要な事は、この人!って言う人にしか教えないようにしてるのさ!教えたら面白い事をしてくれそうな人にしか、ね」

「俺に教えたら、面白い事があったか?」

 

 俺がフワフワと可愛らしく、けれどどこか投げやりに笑うヴァイスに尋ねると、ヴァイスは「んーん!」と元気よく首を振った。

 

「アウトは特別!俺と一緒に、俺と同じ世界を共有して、一緒にこの世界を嫌いになって欲しかったから!」

「……ははっ、そりゃあ確かに。お陰様で、俺はこの世界が大嫌いになれたよ」

「それは何より!」

 

 まったく、一体何が“何より”なのか。

 ヴァイスは嬉しくてたまらないといった笑顔を俺に向けると、俺の目にかかっていた前髪を、頬から手を離した右手で払いのける。

 少し鬱陶しかったので、助かった。

 

「あとさ。アウトに、この世界の秘密を教えてあげた代わりに、お願いがあるんだ」

「勝手に教えといて」

「そう言わないで。おねがい、アウト」

 

 あぁ、ヴァイスも勝手な奴だ。

 けれど、この世界や、この世界に住む多くの人々よりは、全然勝手じゃない。

 

「まぁ、いいよ。ヴァイスの気持ち。分かるし。自分だけ知ってるって、それもそれで寂しいもんな」

「っ!さすがアウト!僕のお気に入り!大好きさ!」

 

 大好きさ!の言葉と同時に、俺の唇にはヴァイスの唇が触れていた。けれど、それはいつもの、軽い小鳥のさえずりのような、そんな甘い口付けではなかった。

 

「っふ」

 

 深い、深い。

 それはまるで、水の奥に引きずりこまれるような、呼吸すらあやしくなってしまう程の、深く、重い、口付けだった。

 

「っは」

 

 やっと、ヴァイスが俺の唇から離れていく。深すぎるソレは、俺とヴァイスの間で唾液の糸を繋いだ。

 子供のような顔で、こんな口付けを難なくこなすなど。

 ヴァイスは一体、今回の輪では何歳なのだろう。

 

「こんなにロマンチックな口付けをした後に、アウトってば、物凄く無粋な事を考えるねぇ」

「……ねぇ、何歳なの?」

「まだ言ってる!もう!ほんと、アウトって感覚がズレてる!僕が、何回繰り返してると思ってる?もう年を数えるなんて、かったるい事してないよ!覚えてない!」

「恥ずかしいから隠してるとかではなく?若作りしているから、今更言いにくいとかでなく?」

「若作りって!もう!いや、確かに肉体の老化はマナで止めてるよ?年取るのもかったるいからね!けど、毎回寿命でちゃんと死ぬから!死んだと思ったら、また目覚めて見知らぬ姿になって、また1からさ!ね?年齢を数えるなんて、かったるいでしょ?」

「ふうむ。確かに」

 

 毎回死んで、そして目覚めたら、姿だけ変わって記憶を継承している。

マナの残滓にとって、他の4輪での生の記憶も時間も感じる事はない為、気分的には、死んですぐ目覚める、といった感覚なのだろう。

 

 それを永遠と繰り返していたら、確かに年齢なんてどうでもよくなるに違いない。

 

「ごめん、ヴァイス。確かにかったるいね」

「分かってくれて嬉しいよ。でも、人生経験だけは豊富だと思ってもらっていいよ?なに?気持ちよかったなら、もう一回してあげようか?」

「いや、いい。苦しかっただけだから」

「……ひどい!何気に自信喪失しちゃうね!その言い方!」

 

 気持ち良さとはまた違う。あの口付けは苦しかった。あれで、ヴァイスの苦しさが少しくらい俺に移って、楽になればいいのだが。

 

「アウトって、本気でそんな事ばっかり考えてるんだね」

「ヴァイスは特別だよ」

「嘘つき。アウトは誰にだって思う癖に……まぁ、いいや。口で特別って言ってくれるだけでも、僕としては大満足」

 

 思考と、口による会話。

 ヴァイスは俺の思考が読めるせいで、最早どこからが口に出したもので、どこからが俺の思考によるものなのか分からなくなってきた。

 分からなくなって来たけれど、別に不便は感じない。

 

 ヴァイスにだったら、もう何を知られてもいい。

 

「ねぇ、アウト。お願い聞いてくれるんだよね」

「ああ、いいよ。何」

 

 軽く俺が答えると、ヴァイスから衝撃的な頼みごとが飛び出した。

 

 

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