エピローグ3:〇〇な彼の取扱説明書

 

 その日、俺はウィズと連れ立って、未だに完成しない俺の絵の為に、アズのアトリエへと来ていた。

 今や、出迎えるのはセイブ君。

 どうやら、神官の学窓の卒業を控え、寮を出た彼は、セイブのアトリエ兼自宅で共に暮らし始めたらしい。

 

 そのせいなのか何なのか分からないが、出迎えるセイブ君はともかく機嫌が良かった。対して、出迎えられるウィズは、すこぶる機嫌が悪かった。

 

「ウィズ先生、いいものですよ。愛する人と、身分の差なく共に一つ屋根の下で暮らせるというのは」

「黙れ」

「先生は最近どうですか?少し授業でもいつも以上に機嫌が良くないようですが、何かあったんですか?少し前まで、物凄く毎日楽しそうだったじゃないですか。あの時の機嫌の良い先生を、皆、待ち望んでいますよ?あっ、もしかして、アウトさんと何かあったんですか?」

「いい加減黙れと言っているのが分からんのか」

 

 俺の隣ではウィズとセイブ君が、謎の口論染みた事をしている。ウィズ、最近機嫌がよくないのか。どうしたのだろう。

 聞きたいのだが、いやしかし。今、俺はアバブから借りたビィエルの上級教本を読むのに夢中で、それどころではない。今、シュウチャクゼメがヘイボンウケに酷い事を言って、ベッドに押し倒す場面。

 

 あぁっ、ハラハラする!

 まぁ、一度読んでいるのだけれど。何度読んでもハラハラする!

 

「アウト?そろそろ本から顔を上げてこっちを見てくれないかなー」

「でも、今凄くハラハラしてるところだからなぁ」

「そこを何とかお願いできないかな」

 

 筆を持ったまま苦笑しつつ、俺へと声を掛けるアズに、俺がチョロと本から顔を上げた。これでいいだろ、と俺が少しだけ本をズラした所から、再度読書に戻ると、無情にも手に持っていた上級教本は俺の頭上から伸びて来た手によって、スルリと奪われていた。

 

「アウトさん、これは没収します」

「あぁっ!良いところなのに!」

「そうですか?それなら代わりに俺が読みましょう」

 

 そう、どこかデジャビュを感じるやり取りと共に、俺の手から奪われた教本を持ったセイブ君が椅子を片手に、アズの隣へと腰かける。

 腰かけた瞬間、二人は流れるような動作で口付けをかわす。

 

「……そうか。今、俺は壁なのか」

 

 そう、呟いた俺の隣には、先程までセイブと何か口論のようなものに興じていたウィズが、不機嫌な様子のまま、今度は俺の隣へと腰かけた。

 

「ウィズ。どうした?不機嫌なのか?」

「ああ。不機嫌だ。非常に俺は不機嫌だ」

「なんで?」

「分からないか?」

「分からない」

 

 ウィズの真剣な目が俺を射抜く。こうして目を見ても、いや、分からない。

 

「……帰っても、家のどこにも、お前が居ないからだ」

「ん?」

 

 帰っても俺が居ない。そりゃあそうだ。今、俺は職場の寮へと戻っている。なにせ、寮と職場はとても近い。近くて家賃も掛からないとなると、やはりあの部屋は狭いが、悪い条件の寮ではないのだ。

 

「ウィズ、俺に一緒に居て欲しいのか?」

「当たり前だろう!!俺はお前の居たあの毎日に戻りたい!今からでも遅くない!戻って来ないか!?」

 

 必死だ。そりゃあ、必死。ウィズはあの一件以来、なかなかに俺への感情を一直線に表してくれるようになった。お陰で、俺の中の海は、あの日以来とても穏やかだ。

 

「でも、俺も仕事があるし」

「俺が養うと言っている!」

「アバブやプラスと会えるのも、楽しいからなぁ」

「俺との時間はどうなる!?」

 

 勢いが凄い。とても凄い。ウィズとの時間。確かに毎日酒場へは行っているが、未だに深い口付けを交わし続け、生活を共にする、あの二人と比べれば少ないだろう。

 あぁ、ウィズはあの二人が羨ましいのか。わかった!

 

「ウィズは口付けがしたいんだな?わかった、ほら、おいで。俺達も口付けをしよう!」

「あ、いや。そういう問題ではなく」

 

 それまでの勢いを消し、一瞬で戸惑いの色を露わにするウィズに俺は自身の膝の上をポンポンと叩いた。どうせ、あの二人はまだ口付けを止めそうにない。

 俺の上級教本もセイブ君に取られてしまった。きっと、俺の絵が完成するのは、ずっとずっと先だ。

 

「ウィズは、口付けをしたい訳じゃない?」

「いや、口付けをしたい」

 

 あぁ、やっぱりそうじゃないか!だってそうだ。別に帰って俺が居なくとも、毎日俺は仕事帰りにウィズの店に行くし、休みの日はウィズの酒場に寝泊まりしている。

 これはもう、殆ど一緒に住んでいるみたいなものじゃないか!

 

「ほら、おいで。ウィズ」

「……あぁ」

 

 あと、この場でセイブ君とウィズが異なる事とすれば、口付けしかない。だから、俺はウィズと口付けをして、ウィズの心の嵐を鎮めてやらなければ。

 俺は何故か未だに解せない表情を浮かべるウィズの顔を両手で挟むと、その不機嫌そうに窄められる唇をよしよしと、宥めるように口付けをしてやった。

 

 

———-あぁ!ウィズってなんて”ちょろい”んだろう!

 

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