(外伝35):アウト、オブの盛りに心の中をべちゃべちゃにされる3

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 真っ白なマナの空間に、少しずつ、少しずつ様々なモノが出来ていく。

 それは、古くてボロボロの外装だけれど、素敵な窓掛のお店だったり、美味しいオラフを出してくれる茶寮。あとは、時計塔や、絵画館、演劇場など、ともかく沢山。

 

 本を見ながら、俺は少しずつ作って行った。俺は今、インとオブ、そしてこの世界の人達が少しでも楽しく過ごせる場所を、想像……いや創造中だ。

 

 俺は、オブとインに情交だけではない、様々な事でたくさん遊んで欲しかった。

 

「オブは“デート”をした事ある?」

『デートというのが何を指すかによるよ。好きな人と二人で過ごす事というならば、たくさんしたさ。森に行ったり、川に行ったり、一緒に木の上で本を読んだり』

 

 オブの聞き心地の良い、低い声が朗読するように語る。これはウィズと似ているようで、だけど違う。ウィズの声も聞き心地が良い声だが、朗読するというよりは、講義をするような語り口調に近い。さすが、神官学窓の教師だ。

 

 俺は、どちらも好きだな、と密かに思った。

 

「いいなぁ、それ。楽しそう」

『楽しかったよ。森は季節によって色々変わって綺麗だし、川は目を瞑って音を聞いてたら疲れが取れる。夏は水浴びだって出来るしね。インに本を読んであげると、見ていて反応が面白いんだ。かわいい』

 

 そして、オブの口から語られるインとの“デート”は物凄く魅力的だった。どれもこれも、きっとインが隣に居たから、こうも素晴らしさを実感できるのだろうという事が、オブの最後の言葉で分かる。

 あぁ、これが”デート”か。

 

「俺もウィズとはさ、古市に出かけたり、窓掛を買いに行ったりしてたんだー。けど、愛してるって言った後は、週末はずっと部屋に居るんだよね」

『なんだ。あんまり俺達の事を怒るから、自分達は何をやってるのかと思ったけど、大差ないじゃん』

 

 確かにそうだ。俺はオブとインの事をとやかく言えるような過ごし方を、ウィズとはしていない。なんでこうも、人と言うのは他人の事はよく見える癖に、自分の事は見えないのだろう。

 

「そうだなぁ。……ウィズと情交すると、ウィズを一番近くに感じれるから好きなんだけど。オブの話を聞いてたら、一緒にまた外に遊びに行きたくなったよ。川も行きたいし、森も歩きたい。窓掛のお店も、見るだけでいいから、また行きたいなぁ」

『…………』

 

 俺の言葉にオブは急に黙り込んだ。黙り込んで、何か後ろめたい事でもあるように、自身の髪の毛をいじる。そんなオブに、俺はともかく時間が余りない為、本を見ながら頭の中で創造するのを止めない。

 

「オブ、ごめんな。お前らは15歳なのに、俺が当たり前みたいに、ずっと酒場で働かせてたから、森にも川にも行く時間がなかったよな」

『別に。ここには、そもそも“時間”の概念なんてないから』

 

 そう答えるオブの声は、最初と異なり、少しだけ張りがない。

 

「よしっ!だいたい、大通りは出来た!まだ、中の入っていない形ばかりのお店しかないけど、皆に聞いたら、お店をしたい人とか、劇場で演劇をやりたい人とか、ともかく何かしたい人はいっぱいいたから、そのうち賑やかになるよ!」

 

 俺が必死で作り上げたモノ。それは皇国の大通りそのものである。

 さすがの俺も、物語を考えるように”無”から全てを生み出す事は出来ない為、普段俺達が過ごしている街を参考にしたのだ。

通りの両脇には、様々な店のハコが出来上がった。あとは、そこで様々な商売が営まれれば、きっとそのうちホンモノよりも、ずっと賑やかになるだろう。

 

「ほら!もう皆来てくれたよ!」

『そうだね』

 

 ほら、言ってるそばから、この世界の人々が少しずつ集まってきている。みんな楽しそうだ。みんなが楽しそうなのは、嬉しい。俺は自分の夢だった酒場だけを一生懸命作ったけれど、最初からこうして、他にも沢山作っておけばよかったと思う。

 

「オブ、聞いて!今ね。ヴァイスにお願いして、たくさんの本を写本して貰ってるんだ」

『写本……』

「そう!俺ってあんまり本を読まないから、書房も全然本がないでしょ?だから、ヴァイスに今いっぱい書いてもらってる!だから、これからもインに本を読んでやってね!でも、まだまだ、こんなの序の口だよ!」

 

 先程のオブの話を聞いて作りたいものが増えた。街が出来たならば、次は森だ。川だ。今はまだ、インは外で楽しく過ごしているようだし、まだもう少し大丈夫だろう。

 

「そうそう、アトリエも作ろうかと思ってるんだー」

「アトリエ?なんで?アウト、絵でも描く気?」

 

 俺はアズのアトリエを作る場所を探してキョロキョロと辺りを見渡した。すると、大通りからすぐ脇に入った路地裏の先に、まだ少しだけ白い空間が残っているのを発見した。

 裏路地を抜けた先にあるアトリエなんて、なんだか素敵じゃないか!あそこにしよう!

 

「ううん。俺じゃなくてインが」

『インが?イン、絵を描きたいなんて言ってた?』

「言ってないけど、ペンディング君に、画家とか絵を描く事について話を聞いてた時、楽しそうだったから」

 

 そう。確か、最初にペンディング君に絵の話を聞いていたのは、オブが此処に来る前だったかも。でも、オブが来た後も、ペンディング君が趣味で描いた絵を見て羨ましがっていたので、きっとインも絵を描いてみたいのだと思ったのだ。

 

「たまに、伝票の裏に何か絵みたいなのを描いてたりするよ?だから、もっといろいろな道具を使って描いてみたらいいと思って!」

『そんなの、知らなかった……』

「そりゃあそうだ。インが一番好きなのはオブだから、オブが居る時はオブしか見てないしね。オブ以外に好きなモノは、オブが居ない時の事を見てなきゃ分からないよ」

『っ』

 

 そうそう。結局、インが一番好きなのはオブだから、俺が何を出しても、オブが居ないと意味がない。

 だから、オブには居てもらわないとね。そんな気持ちを込めて、俺がオブの肩を叩いてやれば、オブは何か凄く、物凄く驚いたような顔で、俺の事を見ていた。

 

「オブ?どうした?」

『俺、インの事を見てるつもりで、全然、そうじゃなかった……』

「ん?なにが?」

『俺は、』

 

――――自分の事しか、見てなかった。