5:良心の呵責ならぬ、傘の呵責

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「おいっ!啓次郎!待てっ!」

 

 自分達の元から逃げるように、雨の中を何もささずに駆け出した啓次郎に、孝太はすかさず後を追おうとした。地面の泥が跳ねて制服の裾が汚れる事も、靴の中がより水浸しになる事も、その時の孝太は一切考えていなかった。

 

 けれど、その衝動も校門前で立ち止まって振り返った啓次郎の叫びにより、ピタリと動きを止めてしまった。

 

「こうちゃーん!その傘、俺とおそろーい!」

「っ!?」

 

 大雨のせいでハッキリとは見えないが、きっとその時の啓次郎の顔も、まるでこの傘の内側を彩る青空のように、大いに澄み渡っているのだろう。

 そう、まるで――

 

「……まさか、この、かさ」

 

 ドクドクと心臓が嫌な音を立てる。視界の端では、それまで勝ち誇ったような表情で此方を見ていた上白垣が、本気で軽蔑するような目を向けてきていた。

 しかし、孝太にとっては、そんな上白垣からの視線など、正直痛くもかゆくも、何の感覚も走らせはしなかった。

 

 ただ、“アレ”だけはダメだ。

 

「あははっ!こうちゃんとお揃い!うれしーー!」

 

 そう、本当に心の底から喜びを露わにしてくる、この声だけはダメだ。遠すぎて見えない表情すらも、その声は孝太にハッキリと啓次郎の顔を思い起こさせる。

 啓次郎は笑っている。本当に嬉しそうに。

 

「おい、けいじろう……」

 

 雨の中を、ソロリと一歩前へと踏み出す。

 けれど、更に強さを増した雨音に、啓次郎は「じゃーねー!」と、再度大きく手を振ると、そのまま校門の向こうへと姿を消した。

 

「…………」

「…………」

 

 嫌な沈黙が、孝太と雫の間に流れる。そして、その沈黙を破ったのは、完全に侮蔑の色を隠そうともしない、上白垣の言葉だった。

 

「良かったわね。アンタもアイツに傘を、か、り、れ、て」

 

 厭味ったらしく区切って放たれる言葉に、その瞬間、それは完全に孝太の逆鱗に触れた。

 

「っくそ!」

 

 何かを殴りつける鈍い音が、雨音の中に消えていく。

 

「……あーぁ」

 

 先程まで手にしていた傘は、地面に開かれたまま落ち、孝太の体はその数秒の間だけで冷たい雨にぬれそぼっていく。

 

「自分を殴ったって仕方ないでしょうに」

「……うるせぇ」

 

 雫の呆れたような色を含んだ言葉には、先程までの侮蔑の色は既に消えてなくなっていた。けれど、そんなモノは孝太の心を慰める欠片にもなりはしない。

 

 ジクジクと、自分で自分の頬を殴った痛みが、熱を帯びて広がっていく。

 けれど、それとは対照的に雨に濡れる体は、シンシンと冷えていった。

 

「明日、ちゃんと傘返してやりなさいね」

「っくそ!」

 

 孝太は、地面に落ちてしまったせいで、青空と虹の空に雨の降りかかる大量の雨に、もう一発、もう一発と、自分の頬を殴った。

 

 

 その日から、孝太は二度と他人の傘を勝手に拝借する事はなかった。

 

 

 

 


【かるい後書き】

次の日、風邪を引いて休んだ啓次郎に、更に募る孝太の罪悪感。私、受けが攻めに無意識に罪悪感を募らせるシチュエーションが大好きです!

 

 

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