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第2話:見捨てないでください
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ここはどこ。
俺は新谷。
……一人でふざけたって楽しくない。
誰か突っ込んでくれる人がいなきゃ、全然楽しくない。
そして、そんな事を言っている場合ではない。
ほんと、何これ。
俺ってさっきトラックと運命的な出会いをして死んだ筈だけど、なにこれ俺って生きてるの、死んでるの。
どっちなんだよ!?
自分の生死すらわからない状況って凄くレア過ぎる。
俺は、事故のせいか、はたまた寝ていたせいか、ぼんやりとする頭で自問自答しながら、現在、自分の居る部屋をざっと見渡した。
何か俺の居場所のヒントになるものとかないだろうか。
えーと。
はい、めっちゃデカくて豪華な部屋です。
なんかイロイロ豪華です。
豪華だけど、何か書類とかいっぱい散らかってて俺の部屋くらい汚ない(=最強に汚ないって事です)
はい、でも、とりあえずお金持ちの部屋っぽい空気漂ってます。
……と、俺の乏しい語彙力をフル活用して部屋の状況を表現した結果わかった事がひとつだけある。
俺、ここ知らない。
見おぼえない。
ここはどこだ。
俺は自分の中の疑問がエンドレスループするのを抑えられないまま、今度はとりあえずこの部屋の唯一の住人である、先程俺を起こしてきた美形に目を向けて見た。
うん、まぁ、そうだね。
美形はひたすらパソコンに向かって何かひたすら打ちまくってますね。
しかもブラインドタッチで打ってるし。
ヤベェ、すっごくカッコイイんだけど。
俺、生徒会入って少しパソコン使うようになったけど、未だに一本指打法の上にガチでキーボード見てからじゃないと打てないからね。
お陰で、俺が生徒会長の筈なのに、誰よりも仕事が遅いと言う可哀想過ぎる状況だったし。
毎回、みどりちゃん(副会長)に怒られまくりっすよ。
マジ、困ったもんだよね。
とりあえず、今この俺の状況を説明してくれる人物と言えばあそこに居る彼しか居ないわけだし、彼に聞くしかないだろう。
なんか、ものっそい忙しそうだけど。
なんか、めっさ話しかけずらいけど。
「あ、のー。ちょっと聞きたいんですけどー」
俺は自分の寝ていた場所からチョイチョイとパソコンに向き合う美形のもとまで走り、カタカタとスマートにキーボードを叩く相手に話しかけた。
すると、美形は何故かビクリと肩を盛大に揺らすと、ゆっくりとした動作で俺の方を振り返ってくる。
「……なにさぁ、カイチョー」
「えっと、なんか忙しそうにしてるとこ悪いんですけど……ここ、どこ?」
俺は縋るような思いで美形にそう尋ねてみると、美形は訝しげな目で俺を見た後、頭を抱えて深いため息をついてしまった。
ヤバいね。
この感じ、俺が生徒会会議で突拍子もない事言った時に、みどりちゃん(副会長)が俺に向けてきてた目にそっくりっすね、はい。
呆れと、怒りと、憤りの入り混じった目ですね、わかります。
どうにも一言じゃ言い表せない程、俺に苛立ちを覚えて頂いておりますね、わかります。
あぁ、絶対俺怒られるフラグ立ったよ、確実。
「あのさぁー、さっきも言ったけど、ここには転校生君は居ないって!仕事する気ないならどっか行ってくれないかなぁ?カイチョー」
「え、いや……」
「こっちはさぁー、連日連夜、寝ずに皆の分の仕事してて碌に休めない状況なんだよねぇ。でも、これやらないと他の部や委員会にも迷惑かかるのはカイチョーが一番わかってんじゃない?最近、生徒会は仕事してないっていう噂も生徒の中に広がってるみたいし、このままじゃ俺ら風紀の奴らに確実にリコールされちゃうよぉ?わかってんの、カイチョー」
美形は、かーなーりイった目で俺を睨みつけながら、手にはギリギリと拳を握りしめていた。
うーわ。
ヤバいよ、ほらこれマジで。
彼の目は本気だよ。
本気でキレてますよ、どうしよう俺。
でも、なんで俺怒られてんの?
何が何だかわかんないけど。
いや、しかし。
ゆったりとした、感情を抑えた口調の割に、瞳の中では激しく怒りの炎を燃やしまくる美形の目。
そして彼の口から飛び出してきた「リコール」と言う言葉。
その二つに、俺は自分の中で何かがフラッシュバックするのを感じた。
【リコール】
この言葉、最近どっかで聞いた気がする。
ていうか、毎日聞いてた気がする。
そして美形君のこの目、どこかで見た事ある。
これも……最近毎日、見てた目ですよ。
これは
これは……
みどりちゃん(副会長)の目だ………!
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『もう新谷君。いい加減にしてください。仕事が遅すぎます。役立たず野郎はくたばって下さい』
『……すみません、ごめんなさい、俺まだ生きていたいです』
俺はいつもみどりちゃんに怒られていた。
生徒会に入ってまだ1カ月程だったにも関わらず、俺は確実に100回は怒られたと自負している。
『新谷君。今は体育祭の話し合いをしてるんです。横から茶々入れして、話を脱線させないでください。時間がないんです。邪魔するならどっか行って一生戻って来ないでください』
『ふざけてました、ごめんなさい。ここに居させてください』
緑色の縁のメガネをした、超真面目ッ娘のみどりちゃん。
標準装備は無表情と凍てつく視線。
俺はそれで、何度もライフ0になりかけた。
ちなみに、“みどりちゃん”とは本名ではない。
緑のメガネをしているからみどりちゃんなのだ。
『新谷君。あんまり役立たずだと、私が全校生徒の署名を集めて貴方の会長職をリコールさせますからね』
『……え、リコールってなんですかね?』
『辞めさせるって事です』
『いやぁぁぁ!すみません!ごめんなさいい!!』
就任1カ月で生徒会長の俺にリコール宣言してきたみどりちゃん。
もうみどりちゃん怖いよ怖すぎる。
ちなみに、みどりちゃんは密かに俺が心の中で呼んでいただけで本名は知らない。
俺、名前覚えるの苦手だから。
うん、まぁ。
とりあえず、みどりちゃんは怖いのである。
最強、最悪なのである。
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俺は、美形君の目に一気にみどりちゃんを彷彿させると、それはもう反射の域で、頭を下げていた。
そりゃあもう、土下座せん勢いで。
そして、最終的には土下座した。
「ごめんなさぃぃぃ!!仕事します真面目にします頑張ります!!頼みますから!お願いだから俺を見捨てないでぇぇ!!!」
「っは!?えぇぇ!?なっ、カイチョー!?」
「俺には会長職しかアピールポイントが無いんです!!頭悪いし要領悪いし役立たずなんです!どうかリコールだけは勘弁して下さいぃぃ!!」
「っ!お、落ち着いてよ、カイチョー。ちょっ、おい!」
俺の突然の謝罪に、美形君は驚いたような表情を浮かべながら、縋りつく俺を必死になだめまくっていた。
美形君も訳わからんだろうが、俺もわけがわからない。
突然死んで、目が覚めて、そしたら、ここでも俺は生徒会長らしくて。
馬鹿で、アホで、要領悪くて、調子に乗ったらすぐに周りが見えなくなる俺には、この“生徒会長”しか他人へのアピールポイントはないのだ。
言ってしまえば役立たずなのだ。
だから、とりあえず
「俺を見捨てないでぇぇぇぇ!!」
あの、みどりちゃんに怒られていた時代に心の中で叫んでいた気持ちを、今度は口に出して必死に叫びまくっていた。