————
第4話:俺は秀様
————
ここはどこ。
俺は新谷。
はい、2回目出ましたー。
でも、やっぱし一人でふざけたって楽しくない。
白木原とかが突っ込んでくれるなきゃ、全然楽しくない。
そして、やはりそんな事を言っている場合ではない。
「風紀委員の部屋ってどこ」
俺は、一人誰も居ない廊下を歩きながら手に持った書類に目をやった。
何やらゴチャゴチャと難しそうな事が書かれているこの書類は、きっと先程の美形君が作ったものなのだろう。
高校生なのに、パソコンをあんなにブラインドタッチで使いこなすなんて大したものだ。
俺も仕事を手伝うようになったら美形君にパソコンを習おう。
俺もいつまでも一本指打法じゃ、生徒会長として示しがつかないからな。
そういや、あの美形君って一体何て言う名前なんだろう。
さすがに面と向かって美形君とは呼べないし。
うーん。
向こうは俺の事「カイチョー」って呼んでるし俺も役職名で呼んでみようか。
あ。
「………つーか、俺は……?」
俺は重大な事実に思い至り、思わず歩く足を止めた。
そういえば俺、さっきトラックに撥ねられて死んだけど、俺って今一体何者なんだ?
とりあえず、この体は“新谷 楽”じゃない筈だろ。
俺は自分の身にまとう美形君と同じ、見慣れない制服に目を落とすと眉を潜めた。
ついでに鏡で自分の顔も確認したいとこだけど、あいにく廊下には鏡なんてありそうにない。
えー、じゃあさ。
さっき言ってた「ここはどこ。俺は新谷」って実はあれも間違ってたって事っすか。
正しくは「ここはどこ。俺は誰」って状態か。
俺、誰だよもう。
自分の名前もわからないとかもう俺、記憶喪失の人みたいじゃん。
あぁもう、自分の名前すらわからないってどうなの。
アイデンティティの喪失よ、ほんと。
つーか、アイデンティティって何だっけ。
そして、ほんとに此処どこだよもう。
こんな明らかに金持ち学校みたな高校、俺の記憶にはねぇし。
広過ぎだし、この廊下。
道路の一車線くらいの広さは優にあるし。
廊下にその広さってマジどうなの。
もしや、この廊下は車も通るとんでも廊下なのか、おい。
俺は当初の、風紀委員長に書類を渡すと言うミッションを脳の隅に追いやると、無駄に広い廊下の端へ歩み寄り無駄に装飾のされた窓から中庭らしきスペースを見下ろしてみた。
「………おお。出ました、噴水」
俺は思わずそう一人ごちると眼下に広がるきらびやかな世界に目を奪われた。
その中庭はまさかまさかの豪華な噴水付きの屋内庭園だった。
しかも夕日に照らされてキラキラと光る噴水の水面は、なんとも神秘的な空間をその中庭に作り出していた。
うーわ。
ヤバい、この驚きを白木原にも伝えたい。
つーか、共有したい。
白木原と「ヤッベェ、噴水あるし!夏泳ぎ放題じゃね!ひゅう!」とか言って騒ぎたい。
……そう言えば、白木原今頃どうしてるだろうか。
俺の遺言通りきちんと大志を抱いているだろうか。
うん、あの白木原の事だ。
多分、エロゲの全クリと言う大志を抱き、今もコントローラーを握っているに違いない。
そう、俺が屋内庭園を見下ろしながら、エロゲに真剣な眼差しを向ける白木原を思い出して切なくなっている時だった。
「秀様!」
突然、廊下に響いた高い声に俺はちょっぴり切ない思い出から思考を浮上させた。
え、何、今のリアルに様付けの呼び方。
アイドルでもいるのか、ここには。
「秀様!こんなところにいらしたんですね……!」
「うお……っ!」
どんっ。
そう、俺の体に体当たりせん勢いで突撃してきたのは、まさかまさかの大声で誰かを「様」呼びをしていたと思しき一人の小さな……男の……娘?
あれ?
俺にしがみ付きながら潤んだ大きな目で俺を見上げてくる、可愛い……多分、多分だよ、ズボンはいてるし、多分!男の子を見て混乱の境地に立たされた。
「秀様!こんな事をして本当に申し訳ありません!でも、少しでもいいですから、俺の話を聞いて下さい!お願いします!秀様!」
はい、きた。
男の子の模様ですね、彼は。
だって一人称「俺」ですから。
「俺っ娘」とかそう言う例外、認めませんから。
「………………秀様!お願いします!お話を……少しでいいですから……!」
「っは、はい。何でしょう?」
「……秀様……!!」
俺は思わず、目の前の可愛い男の子の必死な目に頷くと、可愛い男の子は感激したように目を潤ませた。
え、つーか何。
「秀様」って俺の事ですか?
「秀様……!やっとこうして直接お話しできる機会を手に入れる事ができて嬉しいです!感激です!今日、俺は秀様の親衛隊隊長として、秀様に一つだけお願いに参りました!」
「し、親衛隊……?」
何それ、アイドルみたい。
「はい、秀様が俺達親衛隊を嫌っている事は知っています。でも、親衛隊のメンバーは皆、秀様に恋焦がれているのです!だから、秀様の幸せを、俺達は一番に願ってるんです!もちろん俺は秀様を愛しています!秀様の幸せが俺達の幸せなのです!」
「……あ、ありがとうございます」
俺はまさかの可愛い男の子による熱烈な告白に顔の温度が一気に上昇するのを感じると、ガクガクになる足を叱責し、とりあえず頭を下げておいた。
うおー。ヤバい恥ずかしい!
「愛してる」とか初めて言われたし。
状況はよくわからんが、今の俺の顔絶対ヤバいって。
なまじ、こう言うガチ可愛い男の子に言われるとシャレにならないから勘弁してほしい。
つーか、なんだ。
秀様=俺?
っつーと親衛隊って俺の親衛隊なの。
マジ?
「……秀様っ!そんなっ!頭を上げて下さい!俺達は、そのお言葉を頂けただけで十分幸せですから!」
「っえぇ!?ちょっ!あの、あなたは俺の……し、親衛隊の人なんですか?」
「あなたなどと……!そんなかしこまった呼び方をしないで下さい!俺の事は悠木とでもお呼び下さい!」
ゆうき……。
うん、ますます女の子でもおかしくない名前キたね。
つーか、こんな可愛い子が俺の親衛隊の隊長なわけか。
やべぇ、俺「秀様」とか呼ばれて親衛隊まであって、一体者だよ。
ますます謎が深まるばかりだよ、俺の正体。
ふっ、秀様……か。
マジで俺アイドルか何かだったらどうしよう。
困りものだわー、突然アイドルとか俺……ねぇ!?
転生してアイドルとかもうウハウハじゃね!
そう言えば、母ちゃんも福山雅治の事好き過ぎて、俺が「様」付けしないで呼んだらガチでキレてきたもんな。
この子も、それと同じ感じなのだろうか。
「えーと、悠木君。話しって……」
「あぁっ!秀様から名前で呼ばれる日がこようとはっ……!幸せの至りですっ!」
「えぇぇ、さっき悠木君がそう呼べって……」
「いつもはオイとかお前とかテメェとか呼ばれているので……あぁっ!感激です!」
おおお。
ヤバい、福山の出演してるテレビ見てる時の母ちゃんみたくなてるこの子。
しかも、高校生男子にしては声が高いからマジで女の子みたいだな。
「えっと、じゃあ、お前って呼んだ方がいいの?」
そういや俺、白木原の事はお前って呼ぶのが多かったな。
俺の場合、めっちゃ仲良くなるとお前呼びになるから、この子と俺ももしかしたら凄い仲良しだったのかもしれない。
「いえっ!名前呼びでお願いします!!」
「……はい」
うん、そうでもないようだ。
この子の俺を見る目、明らかに友達を見るソレじゃねぇもん。
恋する乙女のソレだもん。
俺は顔を真っ赤にしながら「きゃー、きゃー」叫びまくる悠木君を前に、どうしたものかと視線を落とした瞬間、俺の手に書類が握られているのが見えた。
そして、その瞬間思い出した。
俺に与えられた、最重要任務に。