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第5話:書類をくれてやる
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それは突然だった。
扉を開けると、俺は突然放たれた閃光弾のようなもので一気に視界が奪われた。
そして次の瞬間には、俺の体は何か大きな力に引っ張られるように地面に叩きつけられ意識を揺らした。
血の味が口内を満たし、俺は上からのしかかってくる大きな圧力に息すらまともに出来ない状態に陥ってしまっていた。
俺は朦朧となる意識の中、真っ黒なシルエットで俺の前に立ちはだかる男を見上げると、その男……秋田壮介は愉快そうに俺を見下ろしてきた。
「ふはははっ!お前など、風紀委員長の俺の前では赤子も同然。さぁ、俺がお前らの全てを終わらせてやろう。そして、次期生徒会長の座は……俺が頂く」
秋田壮介は口元に意地の悪い笑みを浮かべると、そのまま俺に向かって強い闇の閃光を解き放った。
そして、俺は殺されてしまったのであった。
以上。
俺的、秋田壮介の予想図。
やべぇ、すげぇ悪党じゃん秋田壮介。
つーか、風紀委員長なのに生徒会長の座まで手にしようとするとかマジで魔王のような奴だな。
俺の脳内だと確実、秋田壮介は黒魔術等の封印されし暗黒の力を使ったりします。怖い。
そんなラスボス秋田壮介に俺は勇敢にも【書類】と言う初期装備で挑み、もれなく俺は二度目の死を迎えました。
怖い。
……で、実際、風紀の会室に入った俺ですが、
中には誰も居ません。
「……よかった……」
俺は生徒会室並みに広く豪華な造りの部屋の入り口でホッと胸を撫で下ろすと、誰も居ない部屋をキョロキョロと見渡した。
マジで。秋田壮介のヤツめ……ビビらせやがって。
誰も居ないなら最初から誰も居ませんけど何かみたいなオーラを出しとけよ。
お陰で俺はこの部屋に入る前に、俺より身長が小さくて美少女のような悠木君に「ぜったい。ぜったい此処で待っててよ。ぜったいだからね、マジで先に帰ったりとかしないでね。ほんと頼むからね」ってかなり情けない事言っちゃったじゃないか。
情けない事この上ないぜ俺。
しかも、そのせいで悠木君からまたしても「秀様、お可愛らしい。きゃあ」って言われたからね。
マジで、アレ反応に困るんだよ。
ほんと、リアルにね。
俺は、ブツブツと誰も居ないが故の強気発言を呟きながら、手に持っている書類をどうしようか考える。
緊張のせいで先程より湿っている書類を、俺は乾かす様に上下に動かした。
あー、誰も居ないなら、どっか分かりやすい場所に置いて行っていいだろうか。
ここにひたすら待ってるって言うのも何だし。
つか、秋田壮介来たら怖いし。
「んー、どこが一番わかりやすいかなぁ」
俺は生徒会室より断然片付いて綺麗な部屋をチョイチョイ歩きながら見て回っていると、部屋の一番奥にある一際大きなデスクが目に入ってきた。
「おー!社長のデスクだ!」
社長のデスクとか実際見た事はなかったが、これは確かにドラマとかでよく見る社長が使ってる感じのデスクだ。
立派な机と、ふかふかの椅子。
しかも机の前方には【風紀委員長】と書かれた、由緒正しそうなプレートが置いてある。
「すげぇ……風紀委員長は社長待遇か……!」
益々、俺の中の秋田壮介がヒートアップするのを感じながら、俺は好奇心を抑えられぬままフカフカの椅子に飛び乗った。
背もたれへずっぽりと体重をかけると、そこからは部屋の全てを見渡す事ができた。
ここから、秋田壮介は下僕達を見渡して悦に浸っているわけだな。
なんて外道なんだろう。
最早、俺の中での秋田壮介は一体どこへ向かっているのか俺ですらわからなくなっていたが、まぁそんな事はどうでもいい。
とりあえず、この書類をここに置いていけば俺のミッションは無事終了なわけだ。
「なんか、メモとか書いておいていこう」
なんかの手違いで捨てられたりしたらたまったもんじゃないしな。
俺は秋田壮介の机の上にある、なんだか上等そうなメモ用紙と、最強にご立派な万年筆を手に取ると、サラサラと言葉を書き殴った。
【ちゃんと見てね。生徒会長より】
見てねって書いたのだから、ちゃんと見るだろう。
生徒会長よりって言うのは、俺のちょっとした自己アピールです。
そう、俺が満足そうにメモと書類を置いた時だった。
「そこで何をしている。西山」
「っい!?」
突然、俺の鼓膜を震わせた、その冷たい声に俺は弾かれたようにフカフカの椅子から飛び上がった。
反射的に俺は声のする方へ顔を向けると、給湯室から出てきたばかりなのか、手に上等そうなカップを持った一人の精悍な顔つきの男が俺の方を厳しい目つきで睨んでいた。
ヤベェ。この人、なんか直観的にわかっちゃったよ。
「俺の席で、何をしているのかと聞いているんだ。西山」
「……秋田、壮介」
俺が無意識にそう呟くと、秋田壮介は更に厳しくなった目で俺を睨みつけると、ズンズン俺の方へと近付いてきた。
ヤバい、怖い。
早速、ラスボスと遭遇しました俺。
その間、俺は秋田壮介から目を逸らす事が出来ず、向こうも向こうで俺を睨みつけながらこちらに歩いてくるもんだから、互いに互いを見つめあう羽目になってしまった。
「西山、俺の質問に答えろ。お前は此処で、何をしていたんだ」
「……っあ、えっと」
鋭い二つの双眸は俺をジッと見つめ、俺と秋田壮介の距離は1メートルを切っていた。
秋田壮介は、俺より若干だが身長が高いようで、しかも何かスポーツでもしているのか、かなり体つきのしっかりした男だった。
故に……俺は。
秋田壮介を前に、物凄く萎縮してしまっていた。
そんな俺に、秋田壮介の槍の猛追撃は止む事はなかった。
「言えないようなやましい事でもしていたのか。西山、お前もとことん落ちたもんだな。あんな転校生に心を乱され、自分の負うべき責務と責任から逃れ、己の快楽のみを追う獣のような奴に成り下がった挙句、こうして俺のデスクまで荒しに来たか。天下の生徒会長の名が聞いて呆れる」
秋田壮介は俺の脇にある自分のデスクへチラリと目をやると、書類とメモと万年筆の散らばった机を見て、俺を嘲笑うように口角を上げた。
ヤバい、既に俺のライフはゼロよ。
「昨日の食堂の一件で、お前の親衛隊もほとほとお前を見限った奴が多いと聞く。じきに周りの何の関係のない生徒達も、お前の無能さに気付くだろう。お前は本当に愚かだな。西山」
「……………」
「西山、俺は本気だぞ。俺は……無能な生徒会長など認めないし、必要ないと思っている。役立たずの生徒会が学園にはばかって今後大きな損害が周りに出る前に、俺はお前らをリコールする」
リコール。
無能。
役立たず。
その言葉を聞いた瞬間、何故か背中がゾクリとするのを感じると、その余りに激しい感覚に俺は思わず叫んでいた。
「受け取れ!お前らの欲しがっていた書類だぁぁぁ!!」
「!?」
>>生徒会長はアイテム【書類】を使用した。
と、ばかりに俺は手元にあった書類の束を、秋田壮介の胸に押しつけるとヒクヒク引き攣る顔の筋肉を無理やり笑顔にしてみた。
「あ、秋田壮介!お前に、生徒会長の座は……、渡さないぞ!」
バカで無能な俺の唯一のアピールポイントなんだぜ。
俺は鼻の奥が無性にツンとするのを感じながら、秋田壮介を見た。
「………西山、とうとう頭がおかしくなったか」
「おかしいのは元からだ!気にするな!そしてキミの机を勝手に借りました許してね!!」
「おっ、おい!待て!西山!まだ話は終わっていない!」
俺は背中に聞こえる秋田壮介の声を無視し、そのままマッハで風紀委員の部屋を出て行った。
バタン。
そう勢いよく扉を閉めると、俺が出てくるのをフンフンとよくわからない鼻唄を歌いながら待ってくれていた悠木君の手を掴んで、一気に走りだした。
悠木君は何がなんだかわからないと言う表情のまま、俺に向かって何か叫んでいる。
けど、俺は足を止めなかった。
だって秋田壮介がスゲェ怖かったからね。
どんなクソゲーだろうと、しょっぱなからあんな軽装備【書類】でラスボスに向かわせるやつなんかねぇよ。
1ターン目で死亡確実だろうが。
そんなゲーム、製作スタッフの意図が読みとれねぇよ。
………つーかさ、つーかさ。
あのまま、あそこに居たらメンタル弱い俺は泣いちゃうところだったんだ。
この体になってから俺は新谷楽だった時よりメチャクチャ厳しく怒られてる。
何、この体の人、バカなの?
俺よりバカなの?
こんなにたくさんの人に怒られたり忠告されたりして。
俺より怒られるなんて相当ですよ、この体の人、もとい西山 秀。
愚かなんて人生で言われた事なかったよ、初体験だったわ俺。
あれは、西山 秀に言われたのであって、俺に言われた言葉ではない。
違う。
そう、思っている筈なのに、何故だろうか。
俺が西山 秀の体に入っているせいなのか、俺は無性に腹が立って仕方がなかった。
悔しくてうおぉぉって感じだ。
「うおぉぉ!皆して俺を役立たずとか言いやがってー!!見てろー!すぐブラインドタッチだって習得してみせるからなぁぁぁ!!」
「秀様、その意気です!」
俺は、俺に引っ張られて走る事に疑問を抱かずに乗っかってきてくれた悠木君に「ありがとう!」と叫ぶと、わけのわからないままとりあえず廊下を走った。
そして、10分後。
またしても俺は迷子になって今度は悠木君に手をひかれて生徒会室まで戻る羽目になった。