※風紀委員長の独白

 

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城嶋学園 風紀委員長

秋田 壮介(あきた そうすけ)の独白

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突然だが、俺には好きな言葉がある。

 

質実剛健。

これが俺の好きな言葉だ。

 

飾り気がなく、真面目で、強くしっかりしている事。

 

飾り気などいらない。

物事に、真面目に、真摯に向き合い、強くある事こそが、真の美しさだと、俺は思っている。

 

この学園は狂っている。

家柄や成績、果ては人間の容姿で、全てが決まってしまう。

なんともバカバカしい世界だ。

 

そんな俺も、この学園には4歳の頃からずっと居る。

バカバカしい世界だと思いながらも、外部の人間からすれば俺自身、既にこの学園に染まりきってしまっているのであろう。

 

男が男に恋情を抱き、女のように嫉妬に狂う。

そんなおかしな空間で、確かに俺も同類だった。

 

男しかい居ない空間では、それも仕方が無いだろうと、俺も諦めているし、今さらどうこう思いやしない。

それに、人を好きになる、その感情自体は相手が男であろうと女であろうと、美しいものではないか。

そう、俺は思うのだ。

 

しかし、そんな俺が未だに慣れない。

いや、許せないと言った方がいいこの学園特有の伝統がある。

 

それは、生徒会の選出方法だ。

 

抱きたい、抱かれたいランキングなどと言う、訳のわからない生徒からの一般公募で決まるそのランキング。

その上位入選者が、その年の生徒会執行部のメンバーとなり学園の全てを動かして行くのだ。

 

本当に、バカバカしい。

 

要は、顔で選ばれるのだ。

その年1年の学園運営を任せる重要な役職を決める選挙が、そんなふざけた投票で選ばれると知った、あの中等部入学時の衝撃は、未だに忘れられない。

 

そんなふざけた選挙で選ばれるのだ。

必然的に、うちの学園の生徒会メンバーは歴代、顔がケタ外れに整っている奴が揃う。

 

あと、これは偶然なのか何なのか。

今までの生徒会役員は基本的に家の権力も申し分ない人間が選ばれている。

こうなれば、教師も生徒も実質誰も逆らえないバカで愚かな勘違い集団が出来上がると言うわけだ。

 

本当に……ばかばかしい。

 

うちの学園は普通の学園と比べると、かなり生徒会の仕事が多く、その重責もかなりのものだ。

そのせいもあり、生徒会と言う者は一般生徒と比べると遥かに優位な特権が与えられている。

 

奴らはそれをフルに活用しながら、この閉鎖された空間の中、常に栄華を極めてきた。

俺はそんな生徒会連中の、少しでもいいからストッパーの役割になりたいと思い、中学1年の頃から毎年風紀委員会に所属してきた。

 

風紀委員会。

それは、生徒会と並ぶ、この学園の権力者集団と言ってもいい。

周りに置かれた他の委員会とは一線を画しており、その仕事内容も特殊だった。

 

風紀委員会の主な仕事は、学校内の安全確保と学校運営の監視。

それはすなわち、学校運営を司る生徒会役員の監視役と同義だ。

 

生徒会の一律独裁、奴らの好き勝手を抑制する役割として置かれたこの風紀委員会は常に生徒会と対等な立場にある。

 

親の権力云々と、先程俺は奴らをバカにした。

そんな俺も、実は親の権力を持ってこの立場に立てていると言う点では、生徒会となんら変わりはないわけだ。

 

しかし、俺はハッキリとここに言っておきたい。

生徒会と風紀委員会は全く違う集団だと。

 

俺達風紀委員会は生徒会とは違い、その選出方法は立候補とOBからの特別推薦枠のみだ。

まぁ、推薦枠と言っても、基本的に推薦されるような人間はそのような枠からではなく自ら立候補する事が常であるため、実質立候補のみだと言っても過言ではない。

 

俺だって例外ではない。

自分の意志で、自分の持つ信念に従い、俺は此処に居る。

それは、他の風紀委員達も同じ。

 

この学園の調和を守り、各々が学生の本分を忘れることなく、実りある学先生活を営んでもらうために、俺達はあるのだ。

そんな俺達のような裏方に、華など必要ない。

 

質実剛健。

真面目で、強くある事こそが、俺達風紀委員のあるべき姿。

 

生徒会は表で、風紀委員は裏で。

その選出方法がどうであれ、それぞれには任された仕事があり、責任がある。

それを全うする事で、学園の調和は生まれるのだ。

 

しかし、その調和は、今崩れかけている。

 

全ては、あの転校生が来てから。

いや、違うな。

 

転校生は、ただのきっかけに過ぎない。

全ては心に隙を作り、己の成すべき事を見失った、あの愚かな生徒会役員共のせいなのだ。

 

滞っている各委員会への定例報告書類。

各部活動への部費の未提出の決済書。

果ては、もうすぐ開催される我が校の一大イベント、城嶋祭の準備報告書から、各クラス、委員、部活動への実質的な運営への働きかけすら全く行われていない状況だ。

 

奴らの職務ボイコットへの各所への影響は挙げればキリが無い。

 

今までは会計の野伏間が仕事をしていたようなので、目立った仕事の遅延はみられなかった。

しかし、それももう限界だろう。

野伏間だけでは仕事を回すのにも限界があるだろうし、それ以前に転校生にうつつを抜かす奴らへの一般生徒達の失望や、転校生への嫉妬で学園は以前に増して調和が乱れているのだから。

 

そう、確実に学校運営は足並みを崩し始めている。

その中枢を担う生徒会執行部が原因で。

 

表と裏。

二つがあって平静を保っていた学園が、今、崩れかかっている。

表が生徒会。

裏が風紀委員。

 

しかし、ここにきて表は完全に力を失った。

 

そうなれば、裏で全てを支えてきた俺達が表に現れるしかない。

俺達が完全に表に現れた時、それが、生徒会の終わりの瞬間だ。

 

故に俺は昨日、風紀委員の長として多くの生徒が集まる中、生徒会のトップ西山 秀に対して宣戦布告と言う名の最後通告を行った。

 

 

役立たずで無能な生徒会長など、学園は必要ない

 

 

そう、俺は奴へ言い放った。

もともと馬が合わないと互いに感じていた俺と西山は、常に対立していた。

犬猿の仲、などと勝手に回りから持て囃されてきたが、現在のように仕事を放棄し、学園を乱すアイツとは“仲”と言う言葉を使われ、同等の扱いを受ける事すら不愉快でたまらない。

 

しかし、あの時。

西山は予想外にも俺に何も言い返してはこなかった。

 

ただ黙って俺を見ていた。

いつもは偉そうに、憮然と、俺に相対してくるアイツが。

俺を見れば、必ず喧嘩腰で口を開いてきたアイツが。

 

初めて、俺の前で口を閉ざしたのだ。

 

周りに居る生徒会メンバーはなんやかんやと喚いていたが、奴はそのまま俺から背を向けていた。

 

 

あぁ、アイツももう諦めたのだろうか。

 

 

俺は胸の奥の何かがモヤモヤと燻ぶる様な思いで奴の背中を見送ってた。

何故、こんな気持ちになるのか、俺自身、よくわからない。

 

無能な生徒会など必要ない。

役立たずの生徒会長など、いらない。

 

そう、今も確かに思っている筈なのに、俺はあの言葉を放った瞬間の奴の表情を思い出せないのだ。

 

終わらせてやる。

終わらせてやるよ、西山。

 

こんな無様な生徒会はすぐにな。

 

 

そう、思っていたのに。

 

 

『……秋田、壮介』

 

 

奴は、何も知らないような表情で、俺の前へと現れた。

そして、奴は言い放った。

俺に向かって、奴は確かに言ったのだ。

 

 

『あ、秋田壮介!お前に、生徒会長の座は……、渡さないぞ!』

 

 

そうだ。

その言葉を聞いた瞬間、俺は自然と口角が上がりそうになるのを必死にこらえた。

 

そうだ、そうだよ。

西山。

 

俺はお前に、その言葉を言って欲しかったんだよ。

俺に反発して、俺達風紀委員会の静止など効かず、学園を引っ張ってきたお前の、俺はその言葉が聞きたかった。

これで、俺はこれから本気でお前をリコールできる。

お前が、本気で俺に向かってくるのなら、俺も本気が出せる。

 

愚かな生徒会は、俺が消してやる。

それが嫌ならな、西山。

 

学園の調和と言う大義名分の元、力を行使するエゴに満ちた俺達を、お前がどうにかしてみせろ。

 

それが、俺達のあるべき姿なのだから。

 

 

 

 

 

あぁ。

それにしても、随分とぼんやりしてしまった。

その証拠に先程淹れた紅茶ももうこんなに冷えてしまっている。

 

俺は冷めた紅茶を右手に、先程まで、あのワガママで傲慢なアイツが座っていた、歴代風紀委員長が代々座ってきた椅子に深く座りこんだ。

そして、その反対の手には、先程西山が俺に押し付けてきた書類と、アイツが書いたのであろう、歪な、汚ない短いメッセージがある。

 

『生徒会長より』

 

そう締められたそのメッセージに俺は、またしてもこぼれそうになる笑みを、今度は消すことなくハッキリと浮かべた。

 

 

 

あぁ、西山。

お前、いつ見ても下手くそな字だな。

 

 

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