第6話:*****

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元気の源コーヒー牛乳。

 

 

この、俺のイチオシ商品を見つけたのは、つい先程。

 

秋田壮介の居る風紀委員の会室から、俺は見事なエスケープを遂げた、あの時だった。

緊張と恐怖による手汗でヌレヌレになってしまった俺の右手は可愛らしい悠木君の手を握り締め、足はもつれそうになるのをこらえながら必死に前へ前へと動かしていた。

 

恐怖から、どこへ向かっているのか自分でもさっぱりだったが、とうとう俺の体力が底を尽いて自然と足が止まった時には、見事に俺の周りの風景は全く見覚えのない場所へと変貌していた。

 

でも、大丈夫。

こんな事もあろうかと、汗ばむ手の中、しっかり悠木君と言う名のナビを連れてきたから。

迷子になっても平気。

だからだろう。

俺は迷子になっても、周りの景色を楽しむ余裕があった。

 

あぁ、どこへ行っても此処は無駄に成金臭のする学園だな。

 

なんて思いながら、俺は脇の方にある奇麗に装飾された窓から見える夕日に目を細めた。

しかし、眩しさからチラリと脇へ目を逸らした瞬間。

夕日という自然の作りだした雄大な光景より俺の目を釘付けにしたものがあった。

 

それは……

 

「すげぇ!校内にコンビニがある!!」

 

「はい!コンビニがありますね!」

 

「これ!これ、学校の!?」

 

「はい、一般生徒が利用するコンビニです。校内には他に6店舗程ありますが、そうですね。秀様のような方は、コンビニなんて利用されませんから、珍しいですよね?」

 

あはは。

そう、可愛らしく笑う悠木君の隣で、俺はただただ目を無駄に瞬かせる事しかできなかった。

校内に、コンビニがあるだけでも驚きなのに、これが他に6店舗もあるなんて。ビビるわ。

 

つかさ、校内に計7店舗もコンビニ所有するなんてね。

それ、皆さん全てご利用されてんの。

どんだけ広いんだよ、この学園は。

 

この学園の敷地面積は東京ドームに換算すると、一体何個分に値するのか教えて欲しい。

いや、やっぱ東京ドームの個数で表されても全く規模がわかんないから、俺の家何個分かで表してほしい。

そうすれば、俺だってわかりやすいリアクションをとれる筈だ。

 

「……そう言えば、なんかお腹すいてきた……これ、俺も入っていいんだよね?」

 

「っへ?あ、はい!もちろんです!誰でも利用可能です!」

 

「よし、じゃあちょっと寄ってっていい?」

 

「もちろんです!」

 

そう言ってピョコピョコ俺の後をついてきてくれる悠木君に、ひよこみたいだなぁなんて思いながら、煌々と照りつける夕日をフルシカトしてコンビニへと足を踏み入れた。

あぁ、人口の光がまぶしい。

 

「おお。このコンビニ……ガチだ!駅構内にあるコンビニなんか目じゃねぇ!スゲェ!」

 

「……がち?」

 

俺は隣で俺の興奮に首をかしげる悠木君を無視して、チョイチョイ店内を走って回った。

軽く2教室分の広さはあるであろうそこは、普通のコンビニよりも遥かに学生を意識した作りになっていた。

文具、雑貨、パソコンの周辺機器から雑誌など参考書類、もちろん食品に至るまで何でもかんでも揃って居る。

これは普通、外に設置されるコンビニだって目じゃねぇよ。

俺は雑誌コーナーの前に仁王立ちしながら、雑誌の種類の豊富さに度肝を抜かれていた。

 

おお、普通にジャンプが置いてある。

なんて、学校だ。

学校に漫画を置くなんて。

 

俺の高校なんて、図書館にある漫画と言えばブラックジャックしかなかったぞ。

いや、ブラックジャック面白いけども。

一時期影響されて無免許で医者になろうと試みた事もあったけれども。

 

でもさ……。

こうも普通に漫画が置いてあると、ジャンプも有難みがねぇな。

没収の危機を乗り越えながら毎週、男子の勇者として学校にジャンプを持ち込んで来ていた白木原もきっと涙目だぜ。

可哀想に。

 

俺は棚に置いてある今週号のジャンプをパラパラとめくりながら、ぼんやりとそんな事を思った。

しかも、今見てみると、知らん漫画ばっかでワケわかんねぇわ。

 

あぁ、全く。

高校2年に入って没収を恐れた白木原が学校にジャンプを持ってこなくなったせいで、俺は連載作品が全くわからなくなってしまっていたようだ。

 

これは由々しき事態だな。

1年近くでここまで連載陣が変わるなんてジャンプの世界も諸行無常過ぎるぜ。

俺は全く話のついていけなくなってしまったジャンプを、ポイと元の棚に置くと、隣に立つ悠木君に素早く向き直った。

 

「すんませんでした!もう寄り道しないで買い物します!」

 

実はジャンプに手を伸ばした時から、ずっと悠木君が隣で瞬きもそこそこに俺を凝視してました。

しかも、結構至近距離から。

 

無言の圧力って奴ですよ、あれは。

そんな状況で立ち読みできる程、俺の心臓は太くありません。

 

「いいえ!いいえ!秀様のような方でも、そのような少年誌をお読みになるのだと、親衛隊長として興味深く見守っていただけですので!どうぞ、続きをお読みください!」

 

「いや……、うん。もう、十分かな」

 

見守ってたって言うか、あの目は完璧に観察してた目でしたよ。

カブトムシの観察記録をつける小学生のような目だった、あれは。

ぜったい。

 

親衛隊ってなんだろう……生徒会長の生態系を観察する同好会みたいなものなのだろうか。

 

つか、さっきからちょっと思ってたんだけど、親衛隊長、親衛隊長って悠木君は得意気に言うけど、メンバー悠木君しか居ないんじゃないかな。

 

この体の人、相当怒られてるし、きっと俺以上の馬鹿に違いない。

さっきなんて、秋田壮介に「愚か者」呼ばわりされたからね。

んな、セリフ二次元だけのものだと思ってたわ。

 

自分で言うのも何だけど、俺以上にバカって相当だよね。

俺もこんなバカな奴の体に入ってるとかもう大概頭痛いっすよ、マジ勘弁。

 

それなら白木原と体入れ変わる方がなんぼか楽しいっつーの。

 

 

「秀様?どうかしましたか?」

 

「いや、なんでもないよ」

 

 

はぁ、悠木君、かなり天然入ってるからなぁ。

この体の人にわけのわからない憧れでも抱いてるんだろう。

 

可哀想に、悠木君。

お陰で俺のカーナビになってしまったね。

そう、俺は内心、悠木君に同情の念を寄せながら、気を取り直してコンビニの中を見回って見た。

 

「なんか、いいのないかなー。お腹すいたなー」

 

「そんなにお腹が空かれたのなら、食堂に行かれてはどうですか?」

 

「食堂?いや、いーよ。生徒会室で一人美形く……いや、なんかスッゲェカッコ良くて、キーボードをバンバン叩く彼が一人で仕事してる筈だから。一人で食堂とか行けない」

 

「一人でお仕事……あぁ、それ。もしかして、野伏間君の事ですか?」

 

「あー、そうそう。ソレ、野伏間君、野伏間君。彼かっこいいよね、ブラインドタッチとかバンバンできて。憧れるわ」

 

「そうですねぇ。確かに野伏間君の親衛隊も最近規模が大きくなっていると聞きますから。軽そうに見えて実は実直な人柄の持ち主なのが最近目立ってきて、人気も急上昇みたいですよ。俺も一人でお仕事されてるって聞いた時は偉いなって思いましたから………あ。でも、やっぱり俺には秀様が一番です!」

 

「……ありがと!」

反応とりずれぇな!ほんと!

 

俺は顔を引き攣らせながら悠木君を見下ろすと、とりあえず、あの美形君の名前がわかってホッとした。

鬼の形相でキーボードをバンバン叩く野伏間君に今さら「名前何?」とか聞けないし。

またしても怒られるのが目に見えてるからね。

いくら俺だって、一日にそう何回も怒られるの嫌だし。

 

「んー、とりあえず。あそこ給湯室的なのあったしカップ麺でも持って行こう。悠木君、どれがおいしいと思う?」

 

「秀様!カップ麺なんて食べてはいけません!あれは毒です!合成保存料です!」

 

「えぇぇ、えぇぇえ……どうしてもダメっすか?」

 

「……どうしてもと言うなら、週1回だけにしてください!毒ですよ!それは!ガンになったりしますよ!生活習慣病ですよ!」

 

「お、おう。わかりました」

 

確かに、体に良いとは言えないけどさ……!

悠木君の突然のオカン化に、俺は驚きを隠せねぇよ。

 

あ、いや。

オカンっつっても、うちの母ちゃんなんかは、めんどい時は俺の弁当にカップ麺持たせてましたけど。

邪道派オカンですね、うちの母ちゃんは。

そういや。

弁当がカップ麺だった時、俺がラーメンにお湯入れて教室で食い始めた時の女子の対応は、今でも忘れられない思い出です。

 

「匂いがこもる、出て行け新谷」とか言ってクラスの女子全員から真冬のベランダに叩き出されたからね。俺。

 

男子は皆して窓から俺の事を好奇の目で見てた。

 

あぁ、そうだ。

 

白木原だけは……。

 

そう、白木原だけは、俺に「ラーメン一口くれ」とか言ってベランダに出てきてくれたっけ。

しかも一口とか言いながら、半分くらい食いつくして教室の中に戻って行ったけども。

 

……鬼過ぎる。

 

「じゃあ……これを今週の1回にする」

 

「絶対ですよ!?」

 

俺は過去のしょっぱい思い出を思い出しながら、ミソ味のカップ麺と醤油味のカップ麺を手に取ると、正統派オカンに成り果てた悠木君を横目にチラリと見た。

可愛い顔してオカンとかやっかいな子だな、全く。

 

うん、絶対、悠木君の見てないとこでまた買うだろうね。

ごめーん、悠木君。

 

「何で、二つなんですか?週に1回ですよ?」

 

「ミソは俺。醤油は野伏間君の」

 

俺がポロリとそう言うと、悠木君は驚いたような目で俺を見上げてきた。

あれ、俺なんか変な事言ったかね。

 

 

「……お二人、仲よろしかったんですね」

 

「んー、仲良しって言うより、隣で仕事してるとこで一人カップ麺食べるなんて体裁悪いじゃん。だからね、一応」

 

「……本当に、秀様、雰囲気変わりましたねぇ」

 

そう、しみじみ言ってのける悠木君に「そうかなー」とかテキトーな返事を返しつつ、俺はカップ麺を持ってレジに向かおうとした

 

 

……その時だった。

 

「あーっ!コーヒー牛乳だ!」

 

「っは、はい。そうですね。コーヒーですね」

 

突然の俺の大声に、周りに居た客も店員も一気に俺の方へと視線を向けてきた。

しかもなんか俺を見てコソコソ言ってるけど、俺はそうゆうの気にしない。

だって目の前にコーヒー牛乳があるから。

 

「コーヒー牛乳も買う!これはいいよね、悠木君!」

 

「はい、それはきっと安全です!」

 

「わーい。わーい。500mlだー」

 

 

俺は飲み物の棚から、これまた二つのコーヒーを手に取ると気持ちがほくほくする気がした。

 

なんか、いつの間に変わったのか、パッケージにデザインされているコーヒーのイラストが前よりリアルになってるから見逃すとこだった。

危ねぇ、危ねぇ。

 

カップ麺にはコレだわ。

いや、俺にとっての基本水分、コレだわ。

俺の体内の水分は主にコレで構成されていると言っても過言ではないからな。

 

俺はちょいちょい歩いてレジまでラーメンとコーヒー牛乳を持っていくと、何故だか店員からめっちゃ凝視されてしまった。

ヤベェ、そういや、この人バカで有名な生徒会長なんだったわ。

 

この目はきっと好奇の目だな。

でも、俺は平気だ。

 

教室でカップ麺食った時より酷い好奇の目など、この世にはありはしないと信じているからな。

 

 

「ご……582円です」

 

「はい、はい。582円ねー……」

 

 

そう店員の好奇の目を受けながら俺が財布を取り出そうとすると、その瞬間俺は表情がピシリと固まるのを感じた。

 

財布もってきてない……。

 

俺は小さく涙目になりながら、少し離れた所に立っていた悠木君をこっそり手招きした。

その間も店員の視線は止まない。

財布忘れたバカを、そこまで注視しなくてもいいじゃないか。

 

 

「どうしました?秀様」

 

「……悠木君、俺、財布忘れた……」

 

 

お願い、貸して。

そう、俺が悠木君に言おうとした時。

 

悠木君は不思議そうな顔で俺を見てきた。

……いや、正しくは俺の胸ポケットを見ていた。

 

「秀様?生徒認証手帳、ポケットから見えてますよ?」

 

「……せいとにんしょうてちょう……?」

 

俺が悠木君の指差す胸ポケットのところに手を突っ込んでみると、確かにそこには薄い手帳のようなものが入っていた。

これ、なに。

 

「あぁ、秀様はコンビニなんて普段来られませんもんね。ここでも、それで支払ができますよ?」

 

「これで……?うっそだー」

 

「できますよ!ここも設置当初から認識コード読み取りの機械が導入されてますから。それを、そこにピッってすれば支払えます」

 

悠木君が指差す、レジ前の小さな平らな部分に、俺は恐る恐るせいとにんしょうてちょう……をかざすと、その瞬間ピッと音がしてちょっとビビった。

その瞬間、清算が終了したのか、レジから出てきたレシートを店員が切ってよこした。

 

おおおお。

なんだこれ、スゲェ。

 

俺が不思議そうにその手帳を見ているのが不思議だったのか、悠木君は首をかしげながら俺を見てきた。

 

 

「それ、いつも使ってますよね?秀様も。食堂でも、部屋に入る時も。だから無くさないように皆胸ポケットに入れてるんですよ?」

 

「……うん、でもスゲェ……。請求ってどこいくのかなぁ」

 

「もちろんご実家でしょう」

 

実家、実家ね。

つーことは、これはクレジットカードみたいなもんなのか。

理解した。

 

それにしても高校でこの無駄に高いテクノロジーは本気過ぎてウケる。

高校よ、どこへ行く気だ。

 

「実家かぁ。じゃあ、あんまし無駄遣いしないようにしないとなぁ」

 

「そうですね、さすがに月に1000万を超えたりするとご実家から連絡が来るかもしれませんしね」

 

「……………あははは、だねー」

 

あー、ヤバい。

何、悠木君の家って凄い金持ちなの。

 

ヤバいヤバい。

一緒に居て金銭感覚狂わないようにしないと、俺破滅しそう。

 

俺はもう一度ジッと万能とみせかけたクレジットカード手帳を見ると、またもとあった胸ポケットに仕舞った。

店員が袋を持ったまま戸惑った顔で俺の顔を見ていたので、なんだか田舎者丸出しで手間取らせて悪いななぁとか思った。

 

うん、うん。

中にはきちんとストローと箸が二つずつ入ってるな。

 

若いのに、よく気の付く店員だよ。

多分、同じ高校生だと思うけどさ。

 

 

「ありがと」

 

「あっ、はい!こちらこそご来店頂きまして、ありがとうございました!!」

 

俺が店員にお礼を言うと、店員は驚いたように深々と頭を下げてくれた。

なんて教育のなっているコンビニ店員だろう。

 

こないだ行った近所のコンビニ店員なんて早口過ぎて何言ってるか全く聞き取れないレベルの「ありがとうございました」だったからね。

俺、最早、イントネーションのみで聞き取ってたから。

高校球児の「あっしたー」のが何言ってんのかわかりやすいからね。

 

よし、他に6店舗あろうとも、俺は今日からここの常連客になろう。

決めた、決めた。

 

 

俺はつらつらとそんな事を思いながら、コンビニを後にした。

 

 

俺の去った後、店員と客の生徒達が生徒会長の突然の訪問に湧きまくっていた事など、袋をブンブン振りまわしていた俺が知る由もなかった。

 

 

 

 

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