※*****

 

 

———-

ピンポーン

 

 

 

 

 

「…………っう、ぁ」

 

 

俺は腕の隙間から入り込んできた電気の光に、一瞬ここがどこだかわからず混乱した。

 

「………俺……ねて、た、のか?」

 

そう呟いた俺の声は、掠れていて、なんだか風邪でも引いたみたいだった。

しかし呟いた瞬間、俺は一気に現実に引き戻された気がした。

 

目の前には、起動したまま放置され、スリープ状態になったパソコン。

溜まった仕事。

部屋は相変わらず散らかっている。

 

俺は、どのくらい寝ていたのだろうか。

そう、俺が机の端に置かれた置き時計に目をやろうとした時だった。

 

 

ピンポーン

 

 

俺の耳に、もう一度、あの俺を夢から引き戻したチャイム音が部屋に響いた。

そう言えば、この音を聞くのも久しぶりかもしれない。

 

昔は毎晩のように聞いていた音だ。

この部屋には、いつも誰か居た。

 

主に親衛隊の子だけどさ。

別に、連れ込んでいたわけじゃない。

 

彼らが自ら進んで来ていたんだ。

 

なんて、誰とも知らぬ誰かに言い訳をしてみる自分に、俺は自分で自分に少しだけ笑ってしまった。

誰だろうか。

親衛隊の隊長クンだろうか。

 

彼には最近心配をかけっぱなしだったからな。

 

仕事が忙しくなるから、しばらくは親衛隊は部屋に来ないで欲しいと言った後から、彼は頻繁に俺の元に来るようになった。

夜ではなく、昼間に。

授業の合間、昼休み、放課後。

 

彼は空いた時間には俺の元へ来て、一言声をかけていく。

 

「大丈夫ですか?」

 

そう一言。

いつも俺をねぎらってくれていた。

たまに親衛隊の子らを連れて、皆で一斉に心配してくれる。

彼らが居たから、俺は今もこうしてやっていけているのかもしれない。

そう考えると、俺も少しは彼らに感謝の念を表すべきだろう。

 

今、全くそんな余裕ないけどさ。

 

 

ピンポーン

 

 

「はい、はーい。ちょっと待ってねー」

 

 

その時、俺は完璧にドアの向こうに居るのは親衛隊の誰かだと思っていた。

故に、俺は相手が誰なのかなど確認せず、すぐにドアを開けてしまったのだ。

 

だから俺は、扉を開けた瞬間、漂ってきた嗅ぎ慣れない匂いに、一瞬思考が付いていかなかった。

もちろん、それは目の前の立つ人物を認識した後も変わらなかった。

 

「野伏間くん!良かったー!やっと部屋見つけたー!ミッション終了ー!」

 

「…………は、あ?カイチョー?」

 

「うん、俺っす。さっきはごめんな。仕事してるとこであんなに騒いじゃって。あれじゃイライラするよなぁ。確かにあの騒いでるのが白木原とかだったら俺もブチ切れるもん」

 

「………えっと」

 

「俺いっつもそうなんだよ。話し合いとか仕事の途中なのに、面白事あるとすぐそっちに興味が行っちゃってさ。周りが見えてないっつーか、なんつーか。だからよく怒られたもんなー、ミドリちゃんに。なのに、何回怒られてもいっつも同じ事で怒られんだよ、俺」

 

「……………」

 

「仕事してんのは野伏間君ばっかで、俺役立たずだしさ。俺も何かしたいんだけど、俺、お使いとか食器洗いとかしかできねーじゃん。だからせめてカップ麺くらいは作りたかったのに、それも出来なくて。しかも俺ウルサイし。もう、ほんとに俺はこんなヤツですが、明日からは俺もいろいろ野伏間君のお手伝いができるように頑張りますので、頑張りますのでー!!!」

 

そう、俺に向かって叫んだかと思うと、カイチョーは俺の方へ蓋がしっかりと閉まったカップ麺をよこしてきた。

目の前に差し出されたカップ麺の匂いに、俺は起きがけの空きに空きまくった腹が鳴りそうになるのを必死でこらえた。

 

「これ……食べちゃっていいわけ?」

 

俺が我慢できずにカイチョーに向かってそう尋ねてみると、その瞬間ギュッと寄せられていたカイチョーの眉間の皺が、みるみるうちになくなっていった。

そして次の瞬間には、俺が今まで見た事のない位のアホっぽく緩んだカイチョーの表情が、そこにはあった。

 

「……っうん!食べて!ちょっと伸びてるかもしんねーけど、おいしいよ!俺は少し長めに置いといてデロデロにする派だから!きっとうまい!な!」

 

「わかった」

 

「あついから気をつけてな」

 

「へいへい」

 

 

俺は差し出されたカップ麺をカイチョーの手からゆっくりと受け取ると、カイチョーは「箸もあるから」と言って俺の胸ポケットに袋に入った割り箸を無理やり突っ込んできた。

そんなカイチョーに、俺はなんだか先程まで胸に渦巻いていた嫌な苛立ちが自然と消えて行くのを感じた。

 

「じゃ、また明日!野伏間君、おやすみー」

 

「………うん」

 

カイチョーはアホっぽい笑顔のまま俺にそう言うと、軽く手を振って「ヤッベ!ラーメン死んでるかも!」と叫びながらバタバタとどこかへ走って行った。

どうやら、走っている方向を見ると、また生徒会室に向かっているのかもしれない。

 

とりあえず、自室に戻ってるわけじゃないのは確か。

 

だって、カイチョーの部屋は俺の隣だから。

 

 

多分……

 

そう多分。

カイチョーは生徒会室でラーメンを作ってそのまま俺の部屋までカップ麺を持ったまま走ってやって来たのだろう。

 

部屋に戻って、パソコンの置いてある机の上でラーメンの蓋を開けた俺はそう思った。

 

「伸びすぎ……」

 

ポケットに突っ込まれた箸で生まれて初めてカップラーメンをすする俺。

初めての俺でも、このラーメンが変なのはすぐわかった。

 

スープなんかほとんどなくて、麺はスープを吸い過ぎてデロデロどころかドロドロだ。

 

どれほど俺の部屋に来るまでに時間がかかったのか。

まるで、此処まで来るのに何十分も迷子にでもなったかのようなラーメンの状態に俺は食べながら苦笑するしかなかった。

 

 

「あー、まず」

 

 

まずい。

本当に、まずい。

 

だけど、どうしてだろうか。

スープなくて、麺はドロドロのデロデロなのに

何故か妙にクセになる。

カイチョーが今日くれたコーヒー牛乳みたいだ。

 

安っぽくて甘いだけなのに、ついつい飲んでしまった。

 

何故だろう。

 

俺はそんな事を思いながら、今日俺の目の前でひたすら美味しそうにコーヒー牛乳をすすっていたカイチョーの姿を思い出し、何故だかまた笑いが込み上げてくるのを止められなかった。

 

 

「あんに美味しそうに飲まれちゃ……かなわないよね」

 

 

きっと、今は一人の生徒会室で、やっぱり一人で美味しそうにラーメンをすすっているのだろう。

 

 

そう思うと、不思議と早くなる自分の箸に俺はまた一人、笑ってしまったのだった。

 

 

 

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