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第10話:朝から貴方を抱きしめた
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普通、あいさつ運動って言うのは校門前でするものなんだよ。
別名、校門前指導だし。
「おはようございまーす」
「っうお……!?」
でもね、ここの学校は敷地内に寮があるから、皆、朝登校する時に校門を通らないみたいなんですよ。
もう、こうゆう不慣れな場所でこんな不測の事態止めて欲しいよね。
「おはようございまーす」
「………っは!?」
でも、俺はこんな時でも慌てず、自慢の頭で臨機応変な対応を試みた。
校門がダメなら、下駄箱の前に立っていればいいじゃない。
さながら、先程の俺はエリザベス女王のようだったと思う。
「おはようございまーす」
「……っきゃあ!」
でも、今度は下駄箱がどこかわからず、少しだけ泣きそうになったよね。
その時初めて俺は、ゲーム序盤のダンジョンで迷子になった主人公の気持ちを理解した。
人の痛みを理解した俺は、その朝、一回りも二回りも成長したような気がする。
「おはよーございまーす」
「……っはえ!?」
しかし、何故だろう。
さっきから、俺は一生懸命ひとりであいさつをしまくっているのに、誰もあいさつを返してくれない。
悲しい。
そうとう、悲しい。
しかも、一部の生徒は遠目でヒソヒソ言いながら俺を見てる。
なんかもう凄く居たたまれない。
そんな遠目でヒソヒソしないで直接俺に言いに来ればいいじゃないか。
そんな事しなくても、俺はこの学校の校則は知らないから服装違反をしてても捕まえたりしないのに。
そうとう、悲しい。
そうとう、悲しいんだぜ!
「もう!皆もおはようございますって言ってよ!!さみしいじゃん!!」
「何をしている、西山」
「うおっう!?」
皆が余りにも俺の「おはよう」に返事をしてくれないから、俺は悲しさの余り思わず叫んでしまった。
しかも、背後から突然声をかけられたせいで、俺は思わず体を大いに震わせてしまったのだ。
ビクンて。
うん、ビクンって。
つか、さっきから俺けっこうな人に見られてるから、皆にも見られたって事じゃん。
「おい、西山」
「…うおおおおマジでハズい!」
うーわ、こう言うの他人に見られるとジワジワ恥ずかしくなるわ。
俺は恥ずかしさの余り、肩を誰かに叩かれている事になど気付かないまま、大いに頭を抱えてしまった。
こう、なんつーの。
授業中、昼寝をしていた時に体がいきなりビクンてなってしまった瞬間を、誰かに見られていた、みたいな。
そんな恥ずかしさだ。
よく、爆睡してた授業後に白木原から半笑いで「お前さ、途中で体、ビクンてなってたな」って。
うーわ、思い出すだけでも恥ずかしいしムカつくな!あの顔!
「何をしているのかと聞いている、西山」
「うおっ!?秋田壮介!!」
俺は乱暴に肩を引っ張られるがまま、無理やり体の向きを変えられてしまった。
その瞬間、俺の目の前には、昨日と言い今朝の夢と言い、やたらと俺に封印されし暗黒の力を発動して来る秋田壮介が俺を見下ろしていた。
はい、今日も朝から目が怖いぜ。
「……貴様、一体ここで何をしている」
「……あの、その。……あいさつ運動をシテマシタ!」
「……あいさつ運動?」
そう、訝しげな目で俺を見てくる秋田壮介に、俺は内心ビビりながらも少しだけ気分が上昇していくのを感じた。
俺って、怒られたり罵声されたりは慣れてるから結構平気だけど、誰も相手にしてくれないって状況が一番へこむんだよね。
うん、さっきみたいな状況ね。
だから、数少ない知り合いの秋田壮介が話しかけてくれた事により結構元気が出てきました、俺。