※会計の独白、それから

 

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※城嶋学園高等部 生徒会会計

野伏間 太一の独白、それから

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今日は驚く事ばかりだった。

 

 

 

「はー。忙しい忙しい!忙しいな!」

 

「はいはい」

 

「うお!ホッチキスの芯が切れた!あぁ!この忙しい時に!」

 

「ホッチキスの芯は奥の戸棚の一番上」

 

「あー!忙しい忙しい!」

 

 

俺は目の前で無駄に「忙しい」を連呼しながらニコニコと大量の書類をホッチキスで留める会長を横目に、小さく笑みがこぼれるのを止められなかった。

会長が、あまりに仕事仕事と言うものだから、俺はとりあえず書類のホッチキス留めを会長に頼んだのだ。

 

そしたら、俺に抱きついていた会長は途端に元気になった。

そんな雑用、絶対しないだろうなと思っていたが、会長は思いのほかノリノリでカチカチやっている。

 

 

しかし、笑顔を浮かべる会長の目は未だに少しだけ赤かった。

そりゃあそうだ。

 

さっきまで俺にしがみついて泣いていたのだから。

何故、会長があの時泣いていたのかはわからない。

 

ただ、俺にしがみ付いて、小さく震えるその肩を見ていたら、なんだか俺は何も言ってはいけない気がしたのだ。

だから、俺はとりあえず会長の背中を撫でてみた。

 

 

あんな風に、他人を近く感じたのはいつぶりだろうか。

最近、すっかりご無沙汰だったせいか、やたらと人の温もりが俺の中で深くしみわたって行く感じがした。

 

まぁ、まさか、そのぬくもりが会長だなんて、俺自身ビックリなんだけどね。

でも、確かに、あの震える肩と温もりは、会長のモノだった。

 

 

会長は、良くも悪くも強いヤツだった。

俺様でワガママな所もあったけど、それ故、俺は……いや、この学園の誰もが会長の弱いところなど見た事はなかった筈だ。

 

偉そうな事を言い、無駄に自信過剰で他人は皆自分より格下だと、会長のその目は常に語っていた。

しかし、そんな会長を誰も諌めたり、嘲ったりはしなかった。

 

何故なら、会長は有言実行の男だからだ。

偉そうな事を言い放つと同時に、それを実現するだけの力を、会長は持っていた。

 

だから、会長は誰からも一目置かれていた。

羨望の眼差しを向けられ、自然と会長の後ろには人が付いて回った。

 

小学校の時も、中学の時も、そして、今も。

 

 

前任の生徒会長だって、それはそれは凄い人だった。

歴代の会長の中でもトップクラスの優秀さを誇っていると言われていたのだから。

そんな前会長は、人望に厚く、去年1年間の学園行事を、全て滞りなく全うしていった。

 

しかし、会長はそれを凌ぐ圧倒的人気で、この生徒会長と言う職に就いた。

秀の会長就任は、学園の生徒会選任直接選挙の満場一致を獲得すると言う偉業の結果で成し得たのだ。

 

それは西山 秀と言う男が、この学園のこれからを大きく、そして激しく動かしていってくれると、誰もが信じたからだろう。

 

この人について行けば、きっと何か凄い事が待っている。

何かがきっと自分達を変えてくれる。

 

そんな大きな期待と夢を他者に抱かせる背中を、会長は持っていた。

あの会長の事を毛嫌いしていた秋田壮介も、会長とは反対の立場に居ながら常に会長を意識していたのだ。

 

俺達生徒会を監視する役割を担う、あの秋田でさえ、きっと心のどこかでは常に会長に期待を寄せていたのかもしれない。

彼に対抗する事で、きっと大きな何かを見ていたのかもしれない。

 

だから、会長が転校生に構い、仕事を放棄した時、一番悔しい思いをしたのは、きっと秋田だと俺は思っている。

秋田は見たくないのだ。

 

あの大きな背中を持って全てを牽引していた西山 秀と言う人間が小さな穴の中で身動きが取れなくなっていく様を。

 

それは他の学園の生徒もそう。

 

会長に大きな夢を見ていた者は、きっとあの会長から目を逸らしたかったに違いない。

だから、会長が食堂で、あの転校生にキスした瞬間。

 

この学園の歯車は大きく狂い始めたのだ。

きっと、転校生の手に落ちたのが他のあの4人だけだったならば、きっとここまで学園は荒れたりしなかっただろう。

そして、きっと会長自身がそうはさせなかっただろう。

 

全ては、会長に全てがかかっていたのだ。

何故なら、会長はこの学園の王様なのだから。

 

そう、かく言う俺も会長の背中に夢を見、そして失望した人間の一人だから秋田の悔しい気持ちも、学園の生徒の失望も、良く分かる。

 

 

西山 秀は強い。

 

 

そう、先程までは思っていた。

 

 

『俺の幸せはここにある!』

 

 

そう言って俺に抱きついてきた会長の顔は、眉が寄せられて頼りなさ気だった。

俺の背中に手を回す会長の手は、母親の手を求める幼子のように必死だった。

 

そして、震える会長の背中は

 

 

とても小さかった。

 

 

 

俺達が抱いていた会長の背中は、自分勝手な理想に過ぎなかったのだ。

 

会長は強そうに見えた。

己を導いてくれる大きな背中を持っているように見えた。

 

しかし、会長だって皆と同じ学園のいち生徒に過ぎないと言う事実を、誰もが今まで見過ごしていた。

あの震える小さな背中を見た瞬間、俺は会長が口にした「アイツは俺の欲しいと思った言葉をくれるんだ」と言う言葉の重さを、改めて思い知った。

 

 

『秀!無理しなくていーんだ!』

 

 

あの転校生の言葉は、確かに……本当に悔しいが、確かに会長の欲しがっていた言葉なのかもしれなかった。

 

だけど。

 

 

「ふー!忙しい!忙しい!野伏間君、あとで俺がコーヒー牛乳買ってくるから、それまでの辛抱だ!あと30分したら休憩しよーぜ!」

 

「はいはい」

 

「コーヒー牛乳、ちゃんとカップについでやるからな!」

 

「はいはーい」

 

 

もう、渡さない。

 

俺は元気よく部屋をクルクル駆けまわる会長の姿を見てハッキリと思った。

会長は……俺達の王様は、もうお前だけには渡さない。

 

お前が会長の心を癒していたのはわかった。

だけど、それももう終わりだ。

 

これからは俺だって会長の求める言葉くらい言ってやる。

会長の背中は頼りなくて、弱くて、小さいけれど、やはりあの背中には人を惹きつける“何か”がある。

期待してしまう。

 

俺達には、やっぱり会長が必要なんだ。

 

今朝見た、秋田壮介の目もガッツリ元の鋭さが戻っていた。

会長が転校生を溺愛していた頃は、失望と苛立ちに満ちていたあの目が、今ではイキイキ輝いているのだから、秋田も相当会長を意識しまくっている。

 

 

ただ……うん。

今朝ばっかりは……

 

ちょっと状況が異様だったね。

爆裂仲の悪かった秋田に会長が抱きついて、あれほど毛嫌いしていた親衛隊が笑顔で会長に抱きついていた。

 

秋田の目も、あの時ばかりは鋭さよりも戸惑いと混乱に満ちていたし。

親衛隊はかつてのまるで神様でも見るような目から、愛しい我が子でも見るような目に変わっていたし。

 

 

とりあえず、凄く面白い図になっていた。

 

 

きっと会長は、これから少しずつこの乱れた学園を変えて行きそうな気がする。

そりゃあ、もう、きっとカオスな面白い方向に。

 

あの頼りない背中こそ、今この学園には必要なのかもしれない。

 

会長は言った。

 

俺の幸せはここにある、と。

 

だとしたら、この生徒会と言う場所こそ、会長の居場所なのだ。

だから、今度こそ会長は渡さない。

 

会長は俺と一緒に生徒会執行部を動かしていくのだから。

 

 

だから……

 

 

 

「野伏間くーん!ホッチキス入ってないよー!この棚―!」

 

「ああああもう!だからソッチじゃないしー!」

 

 

 

少しくらい……役に立ってもらわないと……。

 

 

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