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第13話:ダークエンジェル襲来
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『今日の昼休み。一人で風紀の会室に来い』
『っへ?』
『いいな?お前が、一人で、来い』
いいな?
お前が、
一人で、
来い
「って、コレ絶対何かあるよぉぉ!!」
「……カイチョー、そんなに行きたくないなら、秋田との約束なんかシカトしとけばいーじゃん」
昼休み5分前。
悲痛な叫び声を上げる俺に野伏間君は呆れながら、しかしパソコンを叩く手は一切止めずに言い放った。
いやっ、なにそのそつなくブラインドタッチをする様は!
かっこいいな、おい。
「イヤイヤイヤ、無理だって!あのラスボス秋田の言葉をシカトする勇気なんか、俺ないよ!怖いよ!野伏間君、会室の前までついて来てよ!?」
「……まぁ。面白そうだから、ついて行ってあげたいのは山々なんだけどねぇ」
そう、野伏間君は苦笑しながら言い淀むと、自分のパソコンの脇にある書類の山に目を向けた。
やはりその間も、野伏間君の手は止まる事をしない。
え、最早画面すら見ない勢いですか。
仙人レベルですか。
「………わかってるよ。その書類は今日の放課後までに仕上げないといけないヤツだから、野伏間君は手を離せないんだ。知ってるよ、知ってるんだ」
「そう、そう。どっかのカイチョーさんが昔みたいな勢いで仕事をしてくれるんなら、ついて行ってあげる事もできるんだけどね」
「うおおおお、もう役立たずでごめんなさい!自分に降りかかった試練くらい自分で何とかします!!」
どうやら、俺の体の主は聞くところによると仕事のデキは早かったらしい。
ちっくしょう、何だよ。この体のヤツめ!
お前は俺と同じで、仕事の出来ないクズ会長だと信じて疑わなかったのに。
あぁ、なんか現実の凄まじさに忘れかけていたが、一体俺はどうしてこんな見ず知らずの人間の体の中に居るのだろう。
もう、ほんと今さらな疑問だけどさ。
そう、俺がブーブーと頭を抱えて残り30秒のカウントダウンに机に突っ伏すと、パソコンを叩いている野伏間君の方も、少し疲れた様子で溜息をついた。
「ホント、行きたくないならシカトしてもいいよーなんて俺も言っちゃったけどさ、実際シカトしてもいらんないよね」
「うん、そうだよ。秋田壮介は魔王だから、言う事聞かなきゃ生徒会が滅ぼされるよ」
「いや、そうじゃなくて……。でも。まぁ、あながち間違っちゃいないけどさ。滅ぼされるっつーか……リコールってとこかな」
野伏間君が、そう難しい顔でパソコンの画面から顔を上げた瞬間。
恐れていた音が生徒会室に響き渡った。
キーンコーンカーンコーン
「運命の鐘が鳴り響いたな……」
「ただのチャイムだけどねぇ」
そう、野伏間君の冷静なツッコミの通りコレはただのチャイムだが俺にとっては運命を知らせる鐘の音だ。
そして、いくら金持ちのボンボン校でも、チャイムは普通の学校となんら変わらないと言う事を知って、俺はなんだか少しだけ安心した。
よもや、チャイムの音もオーケストラみたいな壮大な音楽がかかってんじゃね、と言う俺の壮大な妄想は、ただの妄想に幕を閉じたのだ。
「野伏間君……、俺行って来る……魔王に一人勇敢に立ち向かってくる」
「うん、いってらっしゃーい」
「そして帰りにはコンビニでコーヒー牛乳とお昼ご飯買ってくるからね。楽しみにしててね。だから野伏間君も仕事頑張ってね」
「はいはい。俺も頑張るから早く行っといでー」
「野伏間君冷たいぜ……」
俺が野伏間君の隣までゴロゴロの椅子で近寄って嘆いてみると、野伏間君は苦笑しながら俺の頭を撫でてきた。
まいったな、佐藤先生に引き続き、野伏間君からも園児扱いだぜ。
そんな俺様、今年の夏で17歳。
「早く秋田との用なんか済ませて、一緒にお昼ご飯食べよーよ。カイチョー」
「っ!うん!食べよう!食べよう!」
なんと。
予想外に野伏間君からかけられた優しい言葉に、俺の不安は一気に楽しいランチの風景に制圧された。
ふふふ。
ふふふふふー。
「カイチョー、顔。気持ち悪いよー」
「ふふふふー。知ってる知ってる。俺の顔キモイってよく言われてたしー。ふふふふー。お昼楽しみだー」
顔については俺の顔ではないので、まぁ気持ち悪いと言われても傷つかないぜ。
それに、よく白木原とかその他諸々には「お前、笑った時の顔よく見るとキモイぜ」と言う、なんともリアルな罵声を浴びた事もあるので別にへっちゃらだ。
俺、顔への罵声に関しちゃ、結構耐性あり。
そんな俺を、野伏間君は何とも言えないような顔で見ていたが、とりあえず俺は何も言わずにスルーした。だってこれ以上この優しい野伏間君の口から「キモイ」って言われたら、ちょっと俺もションボリモードに入っちゃうからね。
「ふふふー、じゃあ俺、魔王のとこ行ってくるね」
「…………いってらっしゃい」
そう、野伏間君が俺に向かって微妙な表情のまま手をヒラヒラ振ってくれた時。
今まで誰も尋ねてなど来なかった生徒会室の扉が、勢いよく開かれた。
「太一様!いらっしゃいますか!?」
「っうお!」
「あー、センパイ。俺、ココに居ますよー」
教室に響き渡ったまさかの“様付け”の呼び名に、俺は一瞬悠木君が現れたのかと錯覚した。
そして、声のする入口の方を見た瞬間、その錯覚は俺の中で現実のモノになった。
「あ!悠木君だ!どうしたの?」
そう、そこに立って居たのは、まさしく俺が今朝背中からのタックルをお見舞いされた自称、俺の親衛隊隊長の悠木君だった。
昼休みに一体なんの用だろう。
俺がそう思って、入口に居る悠木君の方へ足を動かした時。
俺の隣に居た野伏間君が、勢いよく俺の腕を掴んできた。
「あー、カイチョー……あれは」
「知ってるよ!悠木君でしょ?おーい、悠木く「黙れよ!?出来そこないの生徒会長がっ!慣れ慣れしく俺を呼んでんじゃねぇっ!しかもあのクサレ男と間違ってんじゃねぇよクソがっ!?あ゛ぁ!?」
………え」
俺は突然悠木君の可愛いお口から放たれた低いドスの利いた声と罵声に思わず固まってしまった。
えええ……え?
俺の頭が見事フリーズしている隣では、野伏間君がハァと小さくため息をつき、頭を抱えていた。
しかし、まぁ、フリーズしてる俺には、般若の如く顔を歪めて俺を睨みつける悠木君しか目に入らない。
え、悠木君多重人格!?
「悠氏センパイ、その辺にしてあげてー」
「太一様、どうして今まであのクサレ転校生に尻尾を振ってたドクサレ会長が此処に居るんですか!?俺、凄く今コイツをぶっ殺したいんですけど!」
「悠木君!一緒に病院行こう!多重人格ってちゃんと付き合っていけば悪い病気じゃないよ!」
「カイチョー、そろそろ悠木センパイじゃない事に気付いてー。そして悠氏センパイ、今にもカイチョーを射殺さん勢いで睨むのは止めてあげてー。何気この人震えてるからー」
ちょっ、野伏間君、それは言わない約束だろう!
俺は野伏間君に掴まれている腕が盛大に震えている様を暴露されて、少しばかり恥ずかしい気分になってしまった。
俺はビビってなどいない。
俺はどんな悠木君だって受け止めてみせるんだ。
「すみません。ちょっと失礼します、太一様」
「うん、どうぞ。どうぞー」
「……悠木君」
さっきから、睨む以外で全く俺と目を合わせてくれない悠木君にメンタルの弱い俺は床に崩れ落ちたい気分になった。
何だよ、何だよ。
昨日とか今朝とか、めっちゃ俺と楽しく過ごしたじゃないか。
あの可愛かった悠木君を返せ。
「ほら、カイチョーもそろそろ冗談は止めにして。悠氏センパイは俺の親衛隊の隊長だから。カイチョーんとこの隊長さんとは双子だけど別人だから」
「え、双子……?」
俺が一縷の望みをかけて隣に居る野伏間君に目をやると、野伏間君は俺の腕を掴んだままウンウンと頷いてみせた。
そして、俺と野伏間君がそんなやり取りをしているうちに、悠木君の双子だと言う彼は野伏間君の目の前まで来ていた。
さすが野伏間君の親衛隊長さんだ。
野伏間君を見る時の目が、俺を見ている時の悠木君ソックリだ。
美少年過ぎてほれぼれする。
「太一様!止めてください!俺をあんな目のイカレたクソビッチと一緒にしないでくださいっ!こんな腐れヤリチン野郎にうつつを抜かすバカな弟、俺は常々縁を切りたいと思ってるんですから。それとコッチ見んじゃねぇよ!この腐れチ○ポがっ!?」
「……………よかったー、悠木君じゃなくて」
でも、口の悪さが先行して、どうも恐怖の対象にしかならないな。
うん、マジで怖いよ!俺を見る時の目!
「それよりさー、悠氏センパイ、今日はどうしたんですかー?俺ならこの通り元気だよー」
「そんなっ!元気だなんてそんなやせ我慢はよして下さい!どうせまともな食事も摂らずにお一人で仕事をされていたんでしょう!?他のクサレ共があのクソガキの尻を追いかけまわしているせいでっ!あぁ、太一様の美しいお顔にクマがっ……!あぁ、マジ他の役員連中死ねよ!?特にお前は大型トラックに撥ねられて死ねよ!?」
「……わーお」
俺その死亡経験アリです。
まさかの経験者です。
俺は悠氏先輩とやらが向けてくる絶対零度の視線に思わず顔が引きつるのを感じると、そのまま隣に座る野伏間君に目をやった。
すると、野伏間君もなかなかに困った表情で悠氏先輩を見ていた。
「いやいやー、俺は大丈夫ですって、センパイ。いつも心配させてごめんね」
「いえっ、一般生徒の俺達じゃ何も太一様のお役に立てないのが本当に口惜しくて……口惜しくて……だから、テメェは太一様を慣れ慣れしく見てんなっつーの殺すぞ?」
もう語尾が俺への悪態で締めくくられています。
俺の心はそのうち粉々に砕け散るのではないでしょうか。
そして、その砕け散った心を捜し求める旅が始まるのではないでしょうか。
「悠氏センパーイ?何か俺に用があったんじゃないですかー?その手に持ってるモノについてとか」
「っは!そうです!そうなんです!俺、どうしても太一様にこれをお見せしたくて此処に来たんですが……丁度いい、ここにはこのドクサレ会長さんもいらっしゃる事だし、これについての真実を聞こうか。役立たずの穀潰し野郎がっ!?」
日本にはね、言霊信仰って言う古い信仰があってね。
言葉に宿る不思議な力が、その言葉通りの事象をもたらされると言われているんだよ。
つまり、あんまり俺を罵倒すると、本当に俺が役立たずの穀潰しの腐れチ○ポになる可能性があるって事。
そんなの、俺、やだな!
うん。
……もう、泣いていいですか。
そう、俺の心が悠氏先輩の言霊に打ちのめされていると、隣では悠氏先輩が俺には絶対かけてくれない優し気な声で、野伏間君に話しかけていた。
野伏間君の言葉通り、悠氏先輩の手には何やら……新聞のようなモノが握られている。
でも、あんまり見てるとまた叩かれそうだから、俺はとりあえず遠い虚空を眺めることにした。
こんなに近くに居るのに……心は遠いぜ。
「おいっ、ぼさっとしてんじゃねぇ!?おいクソ会長!これを見ろ!」
「…………」
どうやら見てなくても怒られるらしい。
ははは。
多分、俺は存在からしてダメらしいな。
そう、俺が心で涙を噛みしめた時だった。
新聞を広げようとする悠氏君の背後から、またしてもバタンと盛大に生徒会室の扉が開かれた。
「秀様―!!俺と秀様のツーショットが新聞部に激写されてますー!!記念にたくさん持ってきましたー!!!」
オウ、マイスウィートエンジェル!
この時、俺は心の底から悠木君を好きになった。