※会計親衛隊隊長の小さな独白

 

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※野伏間 太一の親衛隊隊長

渡辺 悠氏(わたなべ ゆうし)の小さな独白

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おかしい。

何かが、おかしい。

 

 

 

俺の注いだ紅茶に口をつける太一様を横目にどうしようもない憤りを感じていた。

 

その横顔は、別段、何かと言うほど変わった点はないのだが、俺は彼の小さな異変にハッキリと気が付いていた。

伊達に2年の頃から、太一様の親衛隊長を務めていない。

 

俺はこの方に憧れ、愛しさを胸に抱き、常にその隣に付き添って回った。

彼は決して真面目と言うようなタイプのお方ではなかったが、筋だけはきちんと通す方だった。

 

毎晩彼に抱かれようと躍起になる親衛隊のメンバーに対し、彼は誰に対しても平等に優しく、平等にベッドを共にしていた。

本命を作らないのか、それとも作れないのかは知らないが、彼のそんな態度は俺達親衛隊をやきもきもさせたが、安心もさせた。

 

太一様は、皆の太一様。

そう、いつしか皆口を揃えて言うようになった。

 

太一様は本命を作らず、誰とでもベッドを共にすると言う事で、周りの生徒からは軽薄だのチャラいだのと言われていた。

しかし、それは彼の優しであり、親衛隊を持つ者故の、彼なりの筋の通し方だったのだ。

 

それが親衛隊と言う盲目な人間達を統べる彼なりの方法だったのだろう。

 

部屋の掃除はおろか、自分の日常生活の一つすらまともに出来ない彼だが、彼は確かに上に立つ者の資質を持っていた。

俺は、そんな太一様にずっと惹かれていた。

 

転校生がこの学校の生徒会役員達を翻弄して行った時も、太一様だけは一人それになびく事なく、自分のすべき事を淡々とこなしていた。

誰もに平等、誰もに優しく、しかし、その誰もが彼の特別にはなりえない。

 

だから彼は、皆の太一様。

それが、太一様の“筋”なのだ。

 

太一様は強い。

太一様を裏で軟派だのどうこう言う奴は、全く太一様をわかっちゃいない。

 

太一様はこの生徒会の誰よりも男らしいのだ。

強くて、カッコ良くて、優しくて、一本筋の通った男なのだ。

 

だから、他の生徒会役員が転校生の為に仕事をボイコットし始めた時、たった一人、生徒会室で仕事に向かう彼に、俺は思わず泣きそうになってしまった。

 

確かに、太一様は強い。

けれど、こんなのってない。

俺は知っているのだ。

太一様は強い人だけど、一人ぼっちはダメな人だ、と。

 

他人と一緒に居るから、太一様は強く輝けるけど、一人の彼はとてつもなく弱いのだ。

 

だから、太一様を一人にしないで欲しい。

お願いだから、誰か戻って来て、また太一様を強くして。

 

そう、俺は毎日毎日心から願った。

 

俺では今の太一様を強くする事はできない。

生徒会のメンバーでなければならないのだ。

だって、太一様は生徒会の方々が大好きなのだから。

 

 

そうやって俺が何も出来ないうちに、太一様の表情はどんどん色を失っていった。

それは一人でこなす多大な仕事量もさることながら、彼が生徒会室でたった一人だと言う事実がずっと彼を追い詰めていた。

 

日に日にやつれ「大丈夫だって」と無理に笑う彼に、俺は日々、突然現れて学園を狂わせた転校生や、自分の仕事をボイコットして太一様を一人にする生徒会役員に対して沸々と真っ黒い感情が押し寄せてくるのを止められなかった。

 

正直、もうぶっ殺したかったよ。

ヤツら全員。

 

 

まぁ、このまま一人の太一様を見続けていたら、俺はきっと“何か”しでかしていたかもしれない。

まぁ、“何か”が何とは言わないけれど。

 

そのくらい、俺は太一様が大好きで大好きでたまらないのだ。

これ以上太一様を苦しめるなら、たとえ生徒会とは言え俺がなんとかしてみせる。

 

そう、俺は心から覚悟した。

 

 

しかし、どうだ。

俺が今日新聞部によって配布されていた号外を持って生徒会室に駆けこめば、そこに居たのは太一様一人ではなかった。

 

そこにはアイツが居た。

あの、バカでクソで俺様でワガママで太一様を苦しめる最低最悪の根源。

 

城嶋学園 第57代生徒会会長。

西山 秀。

 

アイツが居たのだ。

何食わぬ顔で。

笑いながら。

 

しかも、太一様の隣に。

 

この事実。

一体どうしてくれようか。

 

今まで転校生に尻尾振って駆けまわっていた無能が、今になって生徒会に戻ってきた。

太一様が一人で仕事をこなされて居た当初は願っていた状況ではあるが、戻ってきたら戻ってきたで、これがまたスッゲーむかつく。

 

しかも、何故かわからないがあの無能野郎は、どうにも以前と様子が違って見えた。

何と言うか……そうだな。

 

一言で言うと最高にムカつくバカに成り下がっていたのだ。

以前の俺様はなりを潜め、上から目線の態度は完璧になくなっていた。

ヘラヘラヘラヘラ笑う、最高に蹴りたい顔になっていた。

 

心底バカになっていたわけだ。

 

まぁ、別に俺はあの無能野郎が本格的なバカになろうと、アホになろうと知った事ではない。

 

しかし、しかしだ。

最悪な事に、変わっていたのは無能だけではなかった。

 

何故か、太一様までもが変わっていたのだ。

 

どう変わったって。

そんなもん簡単だ。

 

目だ、目。

あの無能を見る時の目が、なんか他を見る目とは違う。

 

優しい。

暖かい。

 

笑い方も、今までの太一様の笑顔とは全然違って、本当に楽しそうに笑われるものだから、思わず俺は眩暈を起こしそうになってしまった。

 

昨日の昼休みに太一様と会った時は、いつも通りだったのに、今日来てみれば、まさかの予想外の展開だ。

一体、昨日今日で何があったと言うんだ。

 

アイツは太一様に何をしたんだ。

しかも、ガセだとはわかったが、この号外に載っている、秋田壮介との写真も驚きものだ。

 

アイツらの犬猿の仲具合は、別に興味もクソもない俺ですら知っている事実。

なのに、何がどうなればこんな状況になる。

 

 

あぁ、ムカつく、ムカつく。

一番ムカつくのは、太一様の仕事をする姿が今までとは違ってすっごく楽しそうだって事だ。

いや、それ自体は凄く俺にとっても喜ばしい事だし、願ってもない事なのだが。

 

問題は、太一様の楽しそうな原因だ。

それは、どう考えても、どう推測しても、あの無能が原因なのは明白なわけで。

 

 

あぁぁぁ、ムカつく。

太一様は皆の太一様。

 

誰にも平等に優しくて、誰にも平等の視線を向けてくれる。

それが、野伏間 太一様。

 

なのに、何故だろう。

それが、少しずつ崩れそうな気がするのは俺の思いすごしだろうか。

 

 

俺はギリリと己の歯を思いきり噛みしめると、注ぎ終わった紅茶をお盆に載せ、小さく一呼吸置いた。

 

 

太一様は皆の太一様。

 

俺は太一様の親衛隊長。

 

 

だから、俺は太一様の前では可愛く居なけらばないのだ。

 

 

そう、俺は一気に息を吐くと自分の知る極上の笑顔で太一様の前へ躍り出た。

 

 

 

「太一様ぁ!紅茶です。どうぞ、少し休憩なさってください」

 

 

あぁ、クソ。

絶対あの顔面蹴り飛ばしてやる。

 

 

 

 

 

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