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第15話:ごめんね
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勇者は物語の終盤、ラスボスを前にしたらどうするだろうか。
圧倒的な力にひれ伏すのだろうか。
尻尾を巻いて逃げ出すのだろうか。
いや、勇者はそんな事はしない。
勇者はラスボスを前にしても、その勇敢な心と信頼し合える仲間達と共に、勇猛果敢にラスボスへ立ち向かって行くのだ。
まぁ、勇者はラスボスの居る最終ステージの直前にあるセーブポイントで入念にセーブしておき、あらかじめ大量購入していた回復アイテムをしっかりと持ち、更にはレベルを上げれるだけ上げておき、そうして最高のパーティメンバーで最後へ望むのだ。
要はラスボス戦とは入念な準備の元、行われるべきものなのである。
そうしないと負けるから。
だから俺もそれにのっとってみた。
手には俺の回復アイテム、コーヒー牛乳。
これは会室に来る途中、喉が渇いたのでコンビニで買ってきた。
最高に信頼し合える仲間、悠木君。
入口で絶対待っててねと約束した。
要するに、パーティは俺ただ一人。
最高に上がったレベル、ブラインドタッチもどき。
少しならキーボードを見ずにパソコンを打てるようになった。
けど、よく考えたらブラインドタッチ出来ても仕事のやり方がわかんないんじゃどうしようもないって事についさっき気付いた。
入念なセーブ、皆の心に刻まれた俺。
果たして、ここで言う皆って何人位を指すのだろうか。
さぁ、今こそラスボスの間へ向かおう。
待っていろ、秋田壮介。
そんな感じで俺は風紀の会室へ一人果敢に乗り込んだ。
「秋田壮介―!お前の言う通り、俺一人で来てやったぞ!一体俺に何をさせる気だ!」
バタン。
そう、俺は勢いよく風紀の会室の扉を開いた。
ザワ……ザワ……
その瞬間、俺の方へと大量の視線が向けられた。
うん、なんだか凄くザワザワしてる。
いやぁ、予想外だ。予想外に……
人多っ!
俺は会室に集う大勢の風紀委員達に凝視され、かなり痛い気分になってきた。
ざっと見渡して30人位だろうか。
その誰もが、俺の事を探るような目で凝視してくる。
「………………」
恥ずかしい恥ずかしいマジで恥ずかしい。
俺は先程の自分のあり得ない登場のセリフに頭を抱えたい衝動に駆られると、とりあえず手に持っていたコーヒー牛乳に口を付けた。
落ち着け俺、落ち着くためにはまずコーヒー牛乳だ。
つか、何この大所帯。
昨日は秋田壮介しか居なかったじゃんか。
今日になってこんなに手下を用意してるとか聞いてないし。
「………あの、秋田壮介居ませんか?」
そう、俺がとりあえず一番近くに居る秋田壮介の家来に聞いてみると、何故か家来は俺の顔を見た途端顔を真っ赤に染め上げた。
え、何、何ですか。
そして何故に皆さん一様に手に、あの号外を持っていらっしゃるんですか。
駅前ならぬ、食堂前とかで配られてたんですか。
「っえ!?あっ、はい。秋田さんなら今、給湯室の方へ……えっと、あの秋田さんに何か御用ですか……?」
「用って言うか、秋田壮介が俺に一人で来いって言ってきたから来たんだけど……」
「秋田さんが?貴方に直接自分の元へ来いと言われたんですか……!?」
「うん」
「しかも一人で?」
「おうよ。あんなに亭主関白のような誘われ方をしたのは生まれて初めてだったぜ。ふてぶてしいにも程があるよ、キミらんとこの委員長さんは」
俺が今朝のヤツの俺様な言葉を思い出しながら不満気に言ってやると、次の瞬間、部屋に居た手下全員が更にザワザワと騒ぎ始めた。
しかも今度は皆して顔を赤くしながらコッチを見てくるんだからたまったもんじゃない。
ゾゾゾってする。
だって此処に居るのは全員、秋田壮介並みにガタイの良い男ばかりなので、正直そう言う目で見られると、かなり頭が痛い。
マジで、具合悪いったらない。
まだ悠木君みたいに可愛い子だったら俺もキュンと来るんだけどね。
とりあえず、今はゾゾゾってしかしない。
まぁ、こう言う時はとりあえず回復アイテム、コーヒー牛乳。
そんな風に俺がガタイの良い男達からの熱い視線に耐えながらコーヒー牛乳を飲んでいると、そこへタイミングを見計らったように奥の扉が開いた。
「何だ、騒がしい」
「秋田さん……あの、お客様です」
「……客?」
「……西山会長です」
「っ!?」
俺の方を視線で示す家来に、秋田壮介は同じく俺へと視線を向けると、驚いたように目を見開いた。
なんだよ、なんなんだよ。
呼んだのはそっちだろうが。
なのに何だよ。
その「マジで来てんじゃねぇよ」みたいな顔は……!
俺を見た瞬間、迷惑そうに眉を歪めた秋田壮介に俺はムッとすると、とりあえず気持ちを落ち着かせる為にコーヒー牛乳へと口をつけた。
その瞬間、更に秋田壮介の目が厳しく光るのを、飲むのに必死だった俺は気がつかなかった。
「………西山、ちょっとこっちに来い」
「どうしようかなぁ」
「っち。いいから、来いと言っている……!」
「はい」
畜生、やぱっり顔が怖い。
微かばかりの抵抗後、すぐにいそいそと秋田壮介の元に向かう自分に心底情けなさを感じると、俺はガタイの良いヤツの手下をぐぐり抜けてヤツの居る社長デスクへと向かった。
その間、何故か周りの視線をジクジク感じて俺は相当気まずい思いをした。
うおおお。
早く用事終わらせて帰りたい。
野伏間君達の居る癒しの生徒会室へ戻りたい。
そして、ちょっと思ったけど、俺凄くお腹がすいてきた。
「ええぇと、何か用ですか……?」
「用がなければ貴様など呼ばん!それよりも……っこれはどう言うつもりだ!」
秋田壮介はこれでもかと言うほど眉間に皺を寄せて俺を睨みつけると、彼自慢の社長デスクの引き出しから例の新聞記事を取り出し、勢いよく机の上へと叩きつけた。
つか、何。
俺、もしかして今“貴様”って呼ばれた?
「これについて、貴様、言いたい事はあるか?」
「言いたい事……えっと、凄いなぁって思った。本物の号外みたで」
「っ貴様、俺をバカにしてるのか……!」
あーっ!やっぱり貴様って言った。
しかも2回も言った。
マジでこれも二次元用語だと思ってたのに、俺ったら今普通に“貴様”呼ばわりされてんじゃん。
そして、何故俺は今、秋田壮介に怒られているのだろうか。
マジで相変わらず怖い。
「えっと……質問の意味がよくわからないんだけど……?俺、何かした?」
「おいっ!西山!お前はコレを見てどうも思わないのか!?それともコレはやはり貴様が仕組んだ事だったのか!?」
「仕組む!?俺がコレを仕組んでどう言うメリットがあんのさ!俺だって嫌だよ!こんな男同士で熱愛発覚みたいなの!もうお婿に行けないよ!」
そう言えば、貴様って漢字で書くと、貴い、様って書くよね。
これ、確実に敬いの言葉っぽいよね。
俺、秋田壮介に敬われたぜ。
「………っ。本当に、コレは貴様が仕組んだ事ではないんだな?」
「………うん」
「っは、実際はどうだかな」
つか、現実逃避してる場合じゃねぇな。
なんかどんどん目の前の秋田壮介の顔が怖くなってきて、本気で逃げたくなってきた。
でも、この記事って俺が書いたわけじゃないから、俺が悪いんじゃないよね。
悪いのは事実を捻じ曲げて国民に伝える、マスメディアだよね。
「俺、何も仕組んでないよ。秋田壮介、信じてよ。こんな男同士の熱愛発覚を仕組む程、俺は欲求不満じゃないよ……俺は白木原よりは性欲は薄いよ!」
「……目的はソッチじゃないだろう。貴様の目的は生徒会の存続、それ以外に考えられない」
「いや、別に俺、そう言うつもりじゃなくて……あれ、アクシデントじゃん?だよね?アクシデントだよね?悲劇に近いアクシデントだよね?」
俺はどんどん怖くなる秋田壮介の顔に、とりあえず近くに居たヤツの家来に同意を求めると、家来は顔を赤くして俯いてしまった。
具合悪いったらねぇな!
「っち!貴様のせいで、どこへ行ってもこの有様だ!俺がどう違うと説明しても……クソッ」
「……秋田壮介……。そんなに深く考えるなよ。大丈夫だって。こう言うのよくあるじゃん。小学生とかさ、黒板にこう言うの書かれるけど、あぁ言うのはこっちが騒ぐから周りも面白がって言いまくるんだよ。な、気にする事ないよ。元気出せよ」
そう言って俺がコーヒー牛乳を持っていない方の手でポンポンと肩を叩いてやると、その瞬間、秋田壮介の手が勢いよく俺の手を叩き落とした。
ヒデェな、おい。
「気安く触るな!だいたい、人がわざわざ呼び出した所に、そんなふざけた飲み物を持ってくるヤツなんかと噂されるのも気分が悪い!」
「っえ!?コーヒー牛乳ダメなの!?そこコーヒー牛乳関係ないじゃん!酷いよ秋田壮介!俺の事はどう言われてもいいけどコーヒー牛乳をバカにするなんてお前は酷い奴だ!」
「ええい!うるさい!そんな安っぽい下等な飲み物を飲むヤツとなど、噂された事実があるなんて人生最大の汚点だ!」
ひ、ひでぇ……。
やたらとコーヒー牛乳へ怨みの籠った視線を向けてくる秋田壮介に、俺はなんだか気分がモヤモヤしてくるのを感じると、ストローの刺さったコーヒー牛乳の口を秋田壮介に向かって突き出した。
「ちょっとお前!どうせお金持ちのお前はコレ飲んだ事ねぇんだろ!?ちょっと飲みなさい!飲んだ事もないヤツがコーヒー牛乳様を馬鹿にするなんて俺は認めない!のーめ!のーめ!」
「っく、誰がそんなモノ飲むか!汚らしい!コッチに口を向けるな!」
「文句は飲んだヤツにしか許さない!ほら!飲め!飲んでお前も虜になれ!」
俺は自分の口を片腕でガードする秋田壮介に、オラオラとコーヒー牛乳を向けると、次の瞬間予想だにしていなかった悲劇が俺を襲った。