第15話:*****

 

 

「誰が……誰がそんなモノ飲むか!」

 

 

バシン。

そう、短い音が俺の耳に響いた。

 

 

「あ」

 

そして次の瞬間コーヒー牛乳を持っていた俺の右手は、秋田壮介によって繰り出された右手に勢いよく弾かれ……

 

 

そのまま俺の愛しのコーヒー牛乳は空を舞い見事に床に落ちて行った。

もちろん、中身は落ちた瞬間勢いよく開かれた飲み口からこぼれ、奇麗に掃除されていた床が一気に茶色に染まった。

 

 

「………ああぁぁ!」

 

 

俺は勢いよくこぼれたコーヒー牛乳様のもとへ駆け寄ったが、中身は全てこぼれてしまっていた。

もう……手遅れだ。

 

 

「っは、床が汚れてしまったな。誰か、掃除をしておけ」

 

 

俺が絶望の淵に立たされ床にこぼれるコーヒー牛乳を見つめていると、頭上から秋田壮介の無情な言葉が落とされるのを俺は聞いた。

 

床が汚れただって……?

 

汚れたのは床じゃない……コーヒー牛乳様だ………!

 

 

その瞬間、俺は先程寄ったコンビニの店員と悠木君の言葉が脳裏をかすめた。

 

 

 

———

ついさっき。

Inコンビニ

 

 

 

『コーヒー牛乳、今日は悠木君にもおごってあげるね!付いて来てくれたお礼!』

 

『わぁ、ありがとうございます!秀様!』

 

『……あれ!コーヒー牛乳、1個しかない!何で!?』

 

『本当ですね、秀様。一つしかあれません』

 

『あー、会長さん。コーヒー牛乳でしょう?すみません、もう一つしかないんですよ』

 

『えっ。あー……そうなんですか……』

 

『すみません。でも、明日には多分商品が届くので大丈夫ですよ?いつもより多めに注文しましたから』

 

『本当っすか!店員君、ありがとう!』

 

『いえいえ、ご利用してくださるだけでも、こちらとしては光栄ですから』

 

『秀様!俺はまた今度でいいですから、今日は秀様の分を買ってください』

 

『え、でも……』

 

『いいんです!秀様のおいしそうに飲まれるお姿を見ているだけで、俺は幸せですから!』

 

『悠木君……ありがとう!』

 

 

———–

 

 

 

 

こうして、俺は店員君と悠木君の優しさから、本日最後のコーヒー牛乳を得た

 

 

のに。

 

 

「まぁ、いい。おい西山。お前を呼んだ本題に入ろうか」

 

 

それは、無残にもラスボスの手によって床に儚く散ってしまった。

まだ、半分以上残ってたのに。

俺、最後の方の飲み終わる時に出る「ずずずずー」って音が、結構好きなのに。

 

 

 

「……おい、西山!聞いているのか!?」

 

 

まだ、半分以上残ってたのに………

俺の大好物なのに……

 

 

 

「おい、西や

 

「っひく……うぁぁう。うぁぁうっひうぁぁ」

 

西山!?」

 

 

 

俺は背後から俺の名前を呼ぶ、秋田壮介の声を無視しながら、ただただ零れたコーヒー牛乳の前で膝をついて泣いた。

悔し泣きだ。

 

昔もあった。

白木原にコーヒー牛乳を床にぶちまけられた時。

俺は教室ではばかる事なく泣いた。

 

そしたら、周りは最初は笑いまくってたけど、俺があまりに泣くものだから慌てた白木原が走って代わりのコーヒー牛乳を買ってきたのだ。

その後、俺はクラスメイトから「号泣王新谷」と呼ばれてからかわれたが、しかしそれでもあの時は涙が止められなかった。

 

コーヒー牛乳が絡んだ時の俺の涙は、もう俺にはどうもできない。

最早、俺のDNAに組み込まれた反射ってくらい、俺の涙は止められないのだ。

 

しかも、白木原の時と違ってコンビニにはもう明日までコーヒー牛乳はないのだ。

 

そう思うと、俺の涙は更にとめどなく流れてきた。

悔し涙と悲しい涙が一体となった、最強の涙だ。

 

 

「っひっく……っひく……うあぁぁぁ、うあぁぁぁ」

 

「おい……西山……!」

 

膝をついて泣きわめく俺の肩を、秋田壮介は乱暴に掴んで、自分の方を向かせてきた。

涙で視界がグシャグシャで、秋田壮介が一体どんな顔をしているのかわからない。

しかも、鼻水も出てきて息もしずらい。

 

 

けれど、とりあえず俺はもう此処には居たくなかった。

他人に泣いているのを見られたくなかったし、零れてしまったコーヒー牛乳様も、もう見ていたくなかったからだ。

 

 

「よう、じって、うえぇ、なんだよぉぉ」

 

「っおい、西山、お前……」

 

「用事っねぇなら……もう俺っかえるしー」

 

 

俺の号泣具合に、明らかに戸惑っている秋田壮介だったが、俺はもうそんなの気にしていられるような精神状態ではなかった。

と言うか、コーヒー牛乳をあんな風にしたヤツなど、俺はもう知らん。

号外にでも何でも翻弄されていればいい。

 

 

「よっ、用事ならあるっ!これだ!この書類を全て明後日までに提出しろ!それができなければ文化祭が全て滞る。故にそれができなければお前ら生徒会は」

 

「あぁぁぁぁっ、うぁぁぁっ」

 

 

俺は何か目の前で御託を並べる秋田壮介の言葉を無視すると、差し出してきた書類の山を乱暴に奪い取り、そのまま秋田に背を向けた。

後ろから「おい、西山!」とかヤツの声が聞こえるが、もうこんな所には居たくない。

 

零れたコーヒー牛乳様を見ているなんて辛すぎる。

 

俺は最初のようにガタイのいい男達の間を泣きわめきながら通ると、そのまま乱暴にドアを開け、風紀の会室を後にした。

ごめん、ごめんね。コーヒー牛乳。

 

 

 

その後俺は、外で俺を待っていた悠木君に慌てて慰められながら、しばらく廊下で泣いていた。

だが、次の瞬間思いついたように声を上げた悠木君の魔法の言葉で俺はピタリと涙を止めたのだった。

 

 

 

「秀様!他のコンビニに買いに行きましょう!」

 

 

 

そうだ、此処。

他に6つもコンビニあったんだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

————-

その後の風紀委員長。

 

 

 

「秋田さん……これ、片づけておきますね……」

 

「いい……自分でやる」

 

「いえ、秋田さんにそんな事は……」

 

「いいと言っている!」

 

「……すみません」

 

「いや、俺の方こそ騒がせて悪かったな……」

 

「……あの、秋田さん」

 

「……なんだ」

 

「謝った方が………」

 

「………………片づける」

 

「それか、新しいのを買って渡してあげるとか……」

 

「………片づける」

 

「あの、追いかけて抱きしめて上げた方が……」

 

「片づける!」

 

「……失礼しました」

 

 

 

 

零れたコーヒー牛乳の前で、一人苦い思いをしていた。

 

 

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