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城嶋学園 風紀委員長
秋田 壮介の独白と言う名の苦悩
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なんだ。
『っひく……うぁぁう。うぁぁうっひうぁぁ』
何なんだ。
『用事っねぇなら……もう俺っかえるしー』
アイツは……一体どうしたと言うんだ……!
午後の授業が始まり、自分だけになった会室で一人、俺は入れたての紅茶を口にしながら気持ちの晴れぬモヤモヤを抱えていた。
チラリ、チラリと無意識に目に入るのは、先程床を掃除する際に拾ったコーヒーと印字された紙カップ。
捨てるべきだろうとゴミ箱に捨てようと思ったのだが、何故だかどうしても捨てられずゴミであるソレを自分の机の上へ置いたままにしている。
普段なら、ゴミなど目もくれずに捨てて行くのに、本当に俺はどうしてしまったのだろう。
部屋の乱れ、机上の乱れ。
それらは全て自身の心の乱れに繋がると親から教育を受けてきた俺は、いらぬものは容赦なく捨て、自分の周りはきちんと整理して生きてきた。
なのに、どうして俺はこんな明らかにゴミだと判断できるものを捨て切れずにいるのだろうか。
あぁ、わかっている。
これは全てアイツのせいだ。
アイツの、西山 秀のせいなのだ。
西山が俺の心を乱しているのは、先程の出来事を思い起こせばごく自然な流れだ。
まさか、あんな事でアイツが泣くとは……思わないだろう。
いつもは泣かせても泣かないような図太くふてぶてしい神経の持ち主の癖に、先程は一体どうしたと言うんだ。
いや、違う。
昨日から、ヤツはずっとおかしかった。
まるで、以前とは身に纏う雰囲気が違う。
だからだ。
こうも俺が乱される。
こんな写真を撮られ、号外にまでされる。
委員の奴らからは違うと言っても生温かい視線を向けられる。
俺は手元にあった新聞部からの号外に目を落とすと、デカデカと掲載された写真に少しだけ耳が熱を持つのを感じた。
あぁ、腹立だしい。
本当に、不愉快だ。
今朝、アイツがいきなり「あいさつ運動」と称した妙な生徒会活動に首を突っ込んだばかりに、こんな新聞が出回る羽目になってしまったのだ。
だいたい、アイツが悪いんだ。
いつもはどごぞの貴族のように相手から挨拶をされても無視して偉そうに学校を闊歩するような奴が、突然ヘラヘラ笑いながら一般生徒に向かって挨拶をしていたんだぞ。
それは何かあると思うだろう!?
だから、話しかけた。
それが俺の運のつきだ。
あんな一目の多い所で、俺と西山が話していたら、嫌が応でも注目を集めるのは必須だ。
そんな事はわかっていたのに、俺ときたらアイツの妙な行動に思わず話しかけてしまった。
そして、挙句……あんなヤツに朝から抱きつかれ……このザマだ。
この時期。
風紀と生徒会がリコールするかされるかの緊迫した冷戦を迎えているこの重要な時期にだ。
こんなモノが出回っては、一般生徒にどんな憶測を生むかわからない。
事によっては生徒会と風紀は癒着しあっているとも思われかねない。
そして一番考えたくないのが、俺と西山が……
恋人、同士だと他の生徒からも思われる事だ。
まぁ、案の定この記事を見てみると……その一番考えたくない事態をほのめかす文面で一面が飾られているのがわかるが。
そして、委員の奴らは案の定その記事に踊らされている。
学園の秩序を守るのが役割である風紀が聞いて呆れる。
……しかし、人の心には手綱が付けられないのも事実。
故にこの委員のヤツらも、学校の生徒達も俺と西山を見て何か勝手に思っていても仕方が無いのかもしれない。
それにしても付き合って5年とはどこから来た数字だ!?
俺と西山が付き合って5年!?
下手すると俺達は周りの生徒から小等部の頃からの付き合いだと思われているのか!?
クソッ。
俺はグシャリと新聞記事を握り潰すと、そのまま記事を机の引き出しにしまった。
これが西山の計画通りなら大したもんだ。
アイツが本気で俺達風紀を相手に、生徒会の存続をかけて動いているのだとしたら、こちらとて立ち向かいがいがある。
しかし。
俺はどんどん熱くなる体を持て余しながら、もう一度机の上のコーヒー牛乳を見て溜息をついた。
今のアイツを見ていると、どうもそうではないような気がして動きがとりずらい。
と言うか、何と言うか……
今のアイツは行動に予想がつかない。
本当に、ただ生徒会の存続の為に動いているのであれば行動を読むのはたやすい。
しかし、今のアイツはどうもそんな裏が合って動いているのは思えないのだ。
だからだろうか。
俺は先程、西山に渡した書類の山を思い出して苦い思いが脳裏をよぎるのを感じた。
アレは、明後日までに処理しきれるような量の書類ではない。
野伏間は他にも仕事を大量に溜めこんでいる。
アレを処理するには、どうしても西山の力が必要になる筈だ。
まぁ、下手をすると西山が手を出しても終わらない量だ。
実はあの仕事は随分前から風紀にあったものだ。
本来ならば先週のうちに生徒会へ回すべき書類だったが……俺はそれをしなかった。
あの書類は遅れれば、そのままもうすぐ行われる城嶋祭の準備の遅延へと繋がる。
それほどにまで重要なものだ。
だから、これを処理できなければ、俺は現行犯として全校生徒から署名を集める事なく堂々と生徒会へとリコールを突きつける事ができる。
本来ならばこんな姑息な真似はしたくないのだが、俺は……少しだけ試したくなったのだ。
アイツが……西山が本気で生徒会へと戻って来て、本気で生徒会長と言う椅子に戻る気があるのかを。
だから、俺はあの書類に全てを託した。
アイツが本気でやれば終わらせられるかもしれない、このギリギリのタイミングで。
しかし、それを俺は今更になって心の底から後悔している自分が居る事に気付いた。
それは多分、アレだ。
西山が泣いた、からだろう。
西山がたったあれしきの事で、他人の……しかも俺の前で泣き顔など晒すなんて思ってもみなかったのだ。
以前の西山なら絶対そんな事するようなヤツではなかった。
しかし、今のアイツは泣く。
俺の目の前で、無防備に泣いてみせた。
『あぁぁぁぁっ、うぁぁぁっ』
「っ!」
くそっ。
何だこの胸に付きまとう罪悪感は……!
モヤモヤモヤモヤして仕方が無い。
イライラして仕方が無い。
あぁぁ、クソ。
泣くな。
泣くな!
一度思い出してしまうと、壊れた機械のように頭に鳴り響くあいつの泣き声に俺はコーヒー牛乳の空を片手に頭を抱えた。
ええい、コレは一体何なんだ。
何故お前はこれを佐藤先生に渡した。
お前は佐藤先生に何の用があったんだ……。
あぁ、イライラする。
「………俺が……悪いのか……?」
俺が誰も居ない部屋でそう一人ごちると、その声はただ虚しく自分の耳に届くだけだった。
手には空のコーヒー牛乳が一つ。