第16話:*****

 

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「秀様、本当に俺達のお昼まで一緒に買って頂いて、良かったんですか?」

「うん、いいよ。悠木君一緒に会室まで付いて来てくれたし、俺の事慰めてくれたし。それに悠木君と一緒にごはん食べたかったし」

「あぁっ!秀様!もう俺、今死んでも後悔はありませんっ!」

そう叫びながら俺に抱きついてくる悠木君に、俺は必死に体のバランスを取った。

なんてこったい。
悠木君は両手に先程いつもとは違うコンビニで買ったお昼ご飯達の入った袋を持っているのに、どうしてそんなに小さな体で軽やかな動きができるんだ。
つーか、袋がガスガス俺に当たって若干痛いぜ、悠木君。

「いや、いいよ。でも、その代わり俺がさっき風紀のとこで大泣きしたのは、内緒にしてね。俺にも男の子の意地ってヤツがあるから」

「はい!もちろんです!秀様が子供のように可愛らしく大泣きされた姿は、この悠木の一生の宝物にします!網膜に焼きつけました!」

わお。
この先輩、後輩の意地を遥か彼方に投げ捨てやがったぜ。

俺は悠木君からグリグリと頭を擦りつけられながら、よたよたと生徒会室まで歩くと、当然のように周りの生徒から、好奇の視線を向けられまくった。

くっそう。
ヒソヒソ言うなよ!
言いたい事があるなら直接言ってよ!
そしたら俺だって声高に「やっちゃたぜ」ってノリで全てをお話してやるよ!全てを克明にな!

まぁ、でも、これはな。
……さっきのコンビニの方が格段に視線は酷かったよな。

皆、ひどいんだぜ。
俺の事指差してコソコソ言うんだ。
後ろ指差されまくりだぜ畜生。

マスメディアめ。マジで何て事してくれたんだよ全く。

秋田壮介には、気にすんなって言ったけど俺も、何気にこの視線には耐えられないっすわ。
人のうわさも75日とか言うけど、これが2カ月半も続くと思うと具合悪いったらない。

うわ、今自分で75日を月換算しておいて何だけど、更に嫌な気分になっちまった……。
うおお、人のうわさも2カ月半ってこれから考えたら、噂とか気にする事ないよとか簡単に言えないよな。
2か月半もあったら1学期終わって夏休みになっちまうよ……。

あぁ、早く来年の夏休みにならないかなぁ。
今、10月だけど。

 

「秀様!秀様!あぁ、秀様大好きです!」

「うん。そう言えばお腹すいたねぇ」

俺は、あの楽しかった夏休み(白木原含む他5人の友人達と学校に内緒で海の家でバイトしていたら思わず学校の校長に遭遇して、夏休みにも関わらず学校に呼び出されて反省文と親召喚の命を下された、あの夏)を思い出しながら、悠木君の言葉をうっすらと受け止めると、やっと到着した生徒会室の扉を勢いよく開いた。

すると……

「「あ」」

「「あ」」

バタン。
俺は勢いよくもう一度扉を閉めると、その場に座りこんで目を覆った。
それにつられるように俺に抱きついていた悠木君も、その場に座り込んで俺と同じように目を覆う。

「きゃー。きゃー。エロイー!」
「きゃー!きゃー!悠氏のビッチー!」

扉の向こうは、濃厚なキスの嵐でした。
もちろん、悠氏先輩と野伏間君の。

俺は初めての生キス(しかもアレはきっとベロも入ってた)の遭遇に体中から熱が放出するような気分になってしまった。

だって、アレ凄かったよ!
悠氏先輩が、椅子に座る野伏間君に向かい合わせで椅子に乗り上げながらちゅっちゅってしてたよ。
しかも、野伏間君も悠氏君の腰に手をまわして、それは相当エロいキスシーンだったんだよ。
洋画のキスシーンみたいだったよ。

あぁ、白木原にも見せてやりたかった!
だって白木原はエロイから!
こう言うの好きそう!

そう、俺がうーん、うーんと扉の前でうずくまっていると突然俺の蹲っている前の扉が開かれた。
それはもちろん生徒会室の扉です。

「カイチョー、何やってんのー。早く入りなよー」

「キャー。その口がエロイんだ!」

「はいはい、ごめんねぇ。キスしてて、ごめん。ごめん」

野伏間君はテキトーに俺に向かって謝りながら頭を撫でると、蹲る俺の腕を掴み、無理やり立たせて引っ張り上げた。
そのせいで、野伏間君の顔が俺の目の前に現れる。
ちょっと湿った野伏間君の唇が先程の光景を思い出させて、俺の顔を熱湯のように熱くする。

 

「うあああ。エロイ。ねぇ、今さっきのベロ入ってた?」

「……入れてないよー」

「太一様!さっきのキスは舌も入れて下さいましたよね!?」

野伏間君の否定の言葉を、更に否定するように現れたのは、こちらも唇がぽってりプルプルになっている悠氏先輩だ。
いやっ、そんな女の子みたいな唇をしてるからベロなんか入れられちゃうんだぜ!

「悠氏!秀様に下世話なモノを見せないで!秀様が先程の事で心が傷ついていらっしゃるんだから!これ以上傷を深くしないで!このビッチ!」

「お前に言われたくねぇんだよ!このビッチ!」

同じ顔同士でビッチビッチ叫び合う二人の可愛い男の子に、野伏間君は疲れたようにため息をつくと、俺の腕を引っ張って生徒会室へと入って行った。
そのお陰かなんなのか、ビッチ論争を繰り広げる双子も「待って下さい!」と叫びながらついてくる。

つか、悠木君。
何気にさっき俺が泣いた事をほのめかすような事言ったよね。
先輩のバカ!

 

「ねぇ、ねぇ。野伏間君。さっきのはベロも入ってた?」

「そんな事よりカイチョー?」

ベロが入ってたのか否かがどうしても気になるお年頃の俺に対し、野伏間君は俺の腕を引っ張っていた手を離すと、クルリと俺の方へと振り向いた。
うおおおお、どうしても野伏間君の湿った唇に目が行く俺は健全な高校生男子です。

 

「目、赤いね?どうしたの?また、泣いたの?」

そう言いながら、俺の目尻を手でそっと撫でてくる野伏間君に、俺はブンブンと頭を横に振った。
泣いてねっす。
俺だって男の子の意地を見せます。

「泣いてなんか

「秀様は!あの憎っき秋田によって心を傷つけられたのです!」

……ないよ」

この野郎先輩!
言わないって約束したのに!

俺の意地を遥か彼方へぶっ飛ばすのはもう止めて!

「っは!お前泣いたの!?男の癖に性根の弱ぇヤツ!」

「秀様は繊細なんです!悠氏みたいな図太い神経と一緒にしないでビッチ!」

「ビッチを語尾みたいに付けんじゃねぇ!」

 

そうして、また始まった双子の愉快な喧嘩を余所に、俺は手に大量の書類を持ったまま野伏間君によって近くにあった椅子に座らされた。

何故か野伏間君の目は真剣そのもの。
でも、それでも俺は野伏間君の唇に目が行く。
だって、この口がさっきキスしてたんだぜ。

「カイチョー。今度は何で泣いたの?秋田に何かされたの?言われたの?」

「泣いてないよ!」

「ウソつき。目が真っ赤だよー。カイチョー?」

そう言って顔を手で押さえながら親指で目尻を拭う野伏間君に、俺は心底参ってしまった。
まいったな、本当にまいったぜ。

俺は一体野伏間君の中でどんなポジションに位置しているんだ。
幼児か、ペットか、はたまた介護中のお年寄りか。

どれにしても、あまり17歳の男の子としての威厳なんかありゃしないな。
でもさ、それを言うなら野伏間君の目だって赤いぞ。
多分、これは寝不足のせいなんだろうけど。

俺が今度は慢性的に赤い野伏間君の目を見ながら、ぼんやりとそんな事を考えていると野伏間君が急かす様にもう一度口を開いた。

「カイチョー。言って」

その口調は……なんだろうね。
どうにも撥ね返せない力を持っているようで、俺はしぶしぶ小さく口を開いてしまった。

「………コーヒー牛乳を……」

「うん、コーヒー牛乳を?」

まるで、子供に先を促す様にオウム返しされる言葉に、俺は少し恥ずかしくなりながらボソボソと続きを言う。

「秋田壮介に、投げ捨てられて」

「うん、それで?」

「全部、こぼれて……」

「うん」

「大泣きしましたぁぁぁ!」

 

言いながら、あの空を舞って最後に無残にも全てが床にこぼれてしまったコーヒー牛乳様を思い出し、俺はまた鼻の奥がツンとするのを感じた。
あぁ、本当にあのコーヒー牛乳様には悪い事をしてしまった。

俺がもっとしっかり握ってあげていなかったばかりに……

「そう、酷い事するね。秋田壮介は」

「……うん。だから、新しいの買ってきたよ。ちゃんとさ、野伏間君のもあるよ」

俺が深い悲しみを乗り越えながらそう言うと、野伏間君は俺の顔から手を離し、もう一度俺の頭を撫でてきた。

おおおおー。
この手のひらの温もりのお陰で、俺はまた新しいコーヒー牛乳を手に前へ進めそうな気がする。

人は悲しみを乗り越える度に強くなれるのだ。

俺がそう思ってコーヒー牛乳の袋を持つ悠木君を見ると、いつの間に喧嘩を止めたのか、悠氏先輩と二人で俺と野伏間君を凝視していた。
こうして見ると、驚いた顔は本格的に双子って感じだなぁ。

でも、何でだろう。
どこか二人の表情は硬い。

そんな二人の表情に俺が少しばかり戸惑っていると、野伏間君はチラリと二人を見て少しだけ肩をすくめた。
え、今が一体どんな空気なのか、俺にはイマイチ理解できないんですが。

「ありがとね、カイチョー?じゃあ早いとこ、お昼ご飯食べようか。何買ってきてくれたの」

「うん、悠木君と悠氏先輩はカップ麺食べた事ないって聞いたからカップ麺買ってきたんだー」

しかし、何ともないみたいに野伏間君が話しを振って来るから、俺はとりあえず買ったモノを指折り数えて言ってみた。
すると、先程まで感じていた空腹が一気にまた俺の思考を埋めて行く。

とりあえずご飯食べたい。

「っそうなんです!秀様が、俺達にもって!」

「うん、良かったね。先輩達」

「……へー。カップ麺ねぇ。美味しいのかよ、それ」

「おいしいけど毒らしいので、悠氏先輩、これ食べてまた食べたくなっても来週まで食べれませんよ!カップ麺は週に1回だって」

「そんなにガツガツんなもん食うかよ!バカにすんな!」

 

そんな風にいつの間にか普段通りの空気に戻っていたから、俺は気付かなかった。
悠木君の笑顔が少しだけ引き攣っている事に。
悠氏先輩の拳が力いっぱい握りしめられている事に。

そして、そんな二人を少しだけ目を細めて野伏間君が見ている事に。

俺は、全く気付いていなかった。

「じゃあ、俺はお湯を沸かしてきますね!」

「つーか、これどうやって作んの?」

「悠氏はバカだね。これは、ここをまずこうやって薄いビニールをはがさなきゃ」

「うっさい!お前だって初めての癖に!?」

そう、二人で悪戦苦闘しながらパッケージを開ける双子ちゃん達に、俺は内心「うわーリアル金持ちだ」とかぼんやり思っていると、突然、隣に居た野伏間君によって腕を強く掴まれていた。

それも、俺が厚い書類の束を持っている方の手を。

 

「ねぇ……カイチョー……。これは……?」

野伏間君は先程とは全く違う、真っ白な顔色で俺の手の中の書類を凝視していると、震える声で俺へと問いかけてきた。
その声に、俺はこれを手渡してきた時の秋田壮介の言葉をふと思い出してみた。

 

『よっ、用事ならあるっ!これだ!この書類を全て明後日までに提出しろ!それができなければ文化祭が全て滞る。故にそれができなければお前ら生徒会は』

 

「それ、明後日までに提出しなきゃならないって、秋田壮介が」

「っ!」

俺が泣いていた時のあやふやな記憶を探るように言えば、その瞬間、野伏間君は近くにあった机を乱暴に叩いた。
その音で、先程までワイワイとカップ麺に悪戦苦闘していた可愛い双子ちゃんまでもが、ビクリと野伏間君の方へと目を向けた。

「……やられた……!秋田のヤツ……本気で生徒会を潰す気だ……!」

「野伏間君……?」

苦しそうに肩で荒い息をする野伏間君に、俺が野伏間君の顔を覗き込むように見れば、その瞬間俺は息がつまるような気持ちになった。
野伏間君は辛そうに表情を歪め、今にも泣き出しそうな弱々しい声で俺に向かって呟いてきた。

「カイチョー……、俺ら……本当に生徒会辞めさせられるよ……秋田に……」

「野伏間君……どういう事?」

「カイチョー!わかんないの!?」

俺がイマイチ話についてけず首をかしげると、野伏間君は厳しい表情で俺の目を見てきた。

「……これは今度の城嶋祭の関連書類の殆どだ。こんなのが今日渡されて明後日提出な訳がない。こんなのたった3日で終わるわけがないんだよ!?秋田のヤツが意図的に書類を止めてたとしか思えない!」

「太一様!落ち着いて下さい!」

どんどん顔色が悪くなっていく野伏間君に、悠氏先輩が慌てて駆け寄った。
しかし、野伏間君の荒くなった息はそのまま上がり続ける。

「俺は嫌だ!生徒会、辞めたくない!せっかくカイチョーも戻ってきてくれたのに!こんなグチャグチャなまま生徒会を辞めるなんて絶対に嫌だ!」

「っ!」

そう言って必死な表情で俺を見てくる野伏間君に、俺はその姿が一瞬、昔の自分と重なるのを感じた。
全然仕事ができなくて、先生には毎日怒られて、テストも悪い点数ばっかで。
そんな俺だから、みどりちゃんにはいつも溜息つかれて「リコール」なんて言われちゃって。

だけど、俺はみどりちゃんに厳しく怒られる度に、叫んでいた。

 

『俺は生徒会長でいたいんだよ!!』

 

だから、野伏間君の気持ちは凄く良く分かる。
俺も生徒会長で居たかったから。
結構、俺も今の野伏間君みたいに、毎日足掻いてたから。

結局ちょっとしか生徒会できなかったけど、同じように毎日思ってたから。

だから。

 

「カイチョー……どうしよう……生徒会が、おわ」

「終わるわけねぇだろうが!」

「っ!」

俺は自分の口が動くまま叫んでいた。
そんな俺を、野伏間君は驚いたような顔で見てくる。

俺はドクドクと自分の心臓が脈打つのを体全体で感じると、手に持っていた書類をバサリと机の上へ叩きつけた。

「こんなもん3日もありゃあ終わるっつーの!んなにビビってんじゃねぇよ!?お前も生徒会なら、もっとしゃんとしてろ!野伏間!」

「カイチョー……?」

「おい!去年の文化祭関係の書類!全部此処に持ってこい!」

「はっ、はい!」

ビクリと弾かれたように返事をして駆けだそうとする悠木君に、俺は自分の体じゃないみたいな……あの今朝見た夢みたいな感覚で、また大声で叫んでいた。

あれ、俺。
どうなってんだ。

「テメェはダメだ!ここの書類には一切触れるな!一般生徒は閲覧禁止になってんの知らねぇのか!?おい!野伏間!お前が全部持ってい!」

「あ……わかった」

「そこの二人!お前らは一般生徒だろうが!ここに居んのが教師と風紀にバレたらエライ目みんぞ!とっとと出て行け!」

「なっ!」
「悠氏、出るよ……!」

あれ。
俺は一体どうしたんだ。
自分で言ってる筈なのに、自分で言ってる言葉なのに。

一瞬にして悠木君の表情がこわばった瞬間を目の当たりにした俺は一気に鼓動が収まって行くのを感じた。

俺は何を言っているんだ。

俺は一瞬自分の言葉に信じられないような気分になると、悠氏先輩の腕を引っ張って部屋を出て行こうとする悠木君に向かって動こうとしない口を懸命に開いた。

「っ、悠木、君!」

「っはい!」

俺の言葉に悠木君が条件反射のようにビクリと振り向く。
そこには、何か不安に怯えるような表情の悠木君の表情がある。
これは、見た事のある表情だ。

昨日、俺が初めて悠木君を見た時の、

あの表情だ。

 

「悠木君、あの……今度、一緒に食堂のご飯食べようね!」

「秀様……!」

「お前……」

「カップ麺も、俺二人の分とっとくから!だから、また今度食べよう!」

俺は必死に叫んだ。
これは間違いなく俺が思って俺が思うように叫んでいる言葉だ。
うん、間違いない。

俺は何かを振り切るように悠木君と、悠氏先輩の元へ走ると、傍に置いてあったコンビニ袋の中から、二つのコーヒー牛乳を取り出した。

「今日はありがとう!これだけでも持ってって!」

「っは、はい!」

「なっ、何だコレ?」

戸惑いながらもコーヒー牛乳を受け取ってくれた二人に、俺は袋に入っていたストローを二人の胸ポケットにちょいと突き刺した。

「これで、飲めるから!」

俺がそう言って笑うと、悠木君もつられたように笑ってくれたから、俺は少しだけ気持ちが落ち着くのを感じた。

俺は、今俺が喋っているんだよな。
うん、そう。これは俺の言葉だ。

「カイチョー!持ってきたよ!去年の文化祭関連の書類!」

「うん、ありがとう。野伏間君」

「……っカイチョー?カイチョーだよね?」

「うん、そうだけど」

俺の顔を見たままどこか戸惑ったように口を開く野伏間君に、俺は当たり前のように頷いた。
俺の手には去年の文化祭関連のモノと言われている書類のファイリングの山。

俺はそれを野伏間君から受け取ると、急いで自分の席についた。

あれ。
また、何か違和感。

そう俺が自分の行動に違和感を感じた瞬間。
またしても俺は叫んでいた。

「こっちは俺に任せとけ!3日と言わずすぐ終わらせてやっからよ!野伏間、テメェはもともとあったカスな仕事してろ!ザコはテメェの役目だ!」

「………あ、うん」

あれ、だから、俺。
一体……

「さっさと仕事終わらせんぞ!秋田のクソに生徒会潰されてたまるかっての!」

どうしたんだ……?

 

 

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