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幕間:理事長室にて
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城嶋学園、中央棟最上階
学園長室
幼等部、200人
小等部、480人
中等部、600人
高等部、680人
全校生徒数、1960人
教師人数、150人
そんな規模から言えば大規模と言える城嶋学園の全責任者であり、学園長と言う肩書きを有する男。
城嶋学園、学園長。
城嶋 三木久(じょうじま みきひさ)
38歳。
彼は病の為、早くに亡くなった父の代わりに、5年前から城嶋学園の学園長を務めている。
そして、彼自身、もとはこの学園の生徒であり、中等部から高等部にかけ、生徒会長と言う職を務めあげた、言わばこの学園から巣立った当時の大鷹のような存在だった。
彼の過去の輝かしい功績については、この物語では余り関係ない事なので割愛させて頂く。
彼は現在、彼の父も、そして彼の祖父も成しえなかった大きな学園の変革に、その手で着手しようとしていた。
それは、彼の目の前に立つ、彼よりも4歳程年下でありながら、貫禄あり気に厳しく彼を見つめる女性もまた、同じく今までにない試みに一歩踏み出そうとしている人間であった。
ちなみに彼らは夫婦ではない。
なるつもりもない。
古い友人でもない。
親しい間柄でもない。
しかし、最高のパートナーと呼べる間柄ではあった。
ビジネスパートナーと言う、最高の関係の。
「では、今年の11月の定例理事会で、この事については大々的に発表すると言う事でよろしいですか?神埼理事長?」
「ええ、こちらは問題ありません。こちらも、同じ日時に同様に発表を行う準備はできています」
三木久は言いながら手元にある資料の束を、女性に差し出すと、相手は厳しい表情を浮かべたまま笑み一つ見せずに受け取った。
そんな相手に、三木久は小さく苦笑を浮かべる。
神埼理事長。
本名、神埼 蓮見(かんざき はすみ)
34歳。
三木久同様5年前に神埼学園の理事長として就任した女性である。
軽く説明を加えるならば、神埼学園とは、この城嶋学園と10年前に兄弟校として経営統合をした、こちらも由緒正しき女子の発展的な教育を担う為に生まれた学園である。
簡単に言えば、城嶋学園の女子校バージョンである。
「5年後、無事にうちとそちらが対等な合併を図る事ができれば、双方にきっと良い効果が生まれます。このチャンス、絶対に逃す事はできません」
「わかっていますよ。この少子化のご時世、男子校、女子校と入学の幅を狭めて行けば、互いに将来生き残っていく力はなくなりますからね」
「あの。一つ、言わせて頂きますが、私はそんな消極的な姿勢で、そちらとの学校合併に乗り出しているわけではありません。私は」
「双方の学園の最大の強みを生かし、この時代に未来へ羽ばたける有能な生徒を世の中に輩出するため、そう言いたいのでしょう?わかっていますから」
三木久はうんざりしたような表情で蓮見を見上げると、面倒臭そうに溜息をついた。
そんな三木久に、蓮見は更にこれでもかと言うほど厳しい目を向ける。
神埼 蓮見は厳しい女性だ。
自分にも、他人にもそれは変わらない。
それは、彼女が神埼グループと言う、その名だたる大きな財閥の中で、私生児として生まれ、その強大な名前の前に、厳しい試練ばかり乗り越えてきた事に由来するのだが……まぁ、それもこの物語には余り関係のない話し故、割愛させて頂く。
「それにしても、今日はいつにも増して騒がしいですね。あんな放送、いつも流れているんですか。この学園は」
「いや、あんな放送は初めてだ。まさか西山君があんな放送をするなんてね。……文化祭前だから、と言う理由をつけるにしても珍しい事ですよ」
三木久は話題の方向が少しだけ動いた事に内心ホッとすると、先程流れてきた放送について思考を巡らせた。
先程流れた放送。
それは言わずと知れた、西山 秀の行ったドラフト会議を行う為にかけられた文化部召集の放送だ。
「………面白い会長さんが居るようね。調子に乗ると、乗るだけ乗って、周りも無責任に煽るから手のつけられなくなってしまうような会長さんが」
「………西山君は、そう言う人ではない……とは言いきれないが、彼は基本的にどう動いても良い方向に事を運べる人間だよ。さすが西山家の御子息だというくらいには」
三木久は、いつも集会やイベント事で前線に立ち続けてきた西山 秀の姿を思い出し、納得するように一人頷いた。
そんな三木久を、蓮見はどこか苛立たったように見つめる。
いや、三木久は椅子に座り、その机の前で蓮見はヒールの高い靴を履いている為……
必然的に蓮見は三木久を見下ろし、睨んでいる形となっていた。
「………何か言いたげだね、神埼学園長」
「ええ。言いたい事だらけです。そんな風に大々的に立ちまわって、周りを混乱させるだけ混乱させて……だけど、その持って生まれた資質で、結局は全てを良い方向へ丸く収める。人気もあるから、何をやっても仕方ないなと周りは寛大に許し、その心の中で次は何をやってくれるのだろうと、胸を躍らせる。そんな風に派手に立ち回る人間の傍に居る、ごく平凡な人間は迷惑を被るだけ被るんです。物語の主人公は、いつだって一人ですからね。スポットライトの照らす先はいつも主人公です」
どこか言葉に棘のようなものを感じながら、三木久は蓮見の言葉に耳を傾けていた。
厳しい目の奥にある、鋭い棘の奥にある、彼女の真の意図を探る為に。
5年。
蓮見と学園の統合と言う、密かな大事業を通して出会って既にそれだけの年月が経つ。
早いと感じるか、遅いと感じるかは人それぞれだが、三木久はその5年を蓮見と過ごしてきた。
ビジネスパートナーとして。
まぁ、互いを認識し合っていたと言う点から行けば、10年以上の知り合いではあったが。
まぁ、互いに密に過ごしてきたのは、この5年だ。
互いにそれ以上の関係にも、それ以下の関係にもならない。
そんな仕事のみの付き合いを通して5年。
三木久は時折、蓮見のこんな表情を見た。
こんな、とは、今まさに蓮見の浮かべているような表情だ。
傍から見れば、いつもの厳しい鉄仮面のような表情。
しかし、よく見ればそれは“いつも”とは全然違っていた。
三木久はそれを5年の間に見分けられるくらいには、蓮見をきちんと“見て”きた。
彼女が今感じているのは、放送元の西山 秀と言う男子生徒への不快感でも、苛立ちでもない。
その瞳の奥には確かに郷愁の想いがあった。
その言葉の棘にも同様に。
神埼蓮見と言う女性は無駄な事は一切喋らない。
目的の事だけに目を向け、それ以外の無駄は一切省く。
先程のような、全く関係のない生徒の放送に等、目もくれない。
しかし、彼女は今、先程の放送を思い出し、何かを想い、そして口を開いた。
何か、懐かしい過去を、彼女は愛しんでいるのだ。
そう、蓮見の瞳に、言葉に、三木久は結論付けた。
それが、正解なのか不正解なのか、三木久には確認のしようがない。
ただ。
「………別に、スポットライトの下に立ちたかったわけじゃないのよ」
そう呟いた彼女の目に三木久は思わず口を開いてしまっていた。
「なに、昔の男でも思い出しているの?」
そして言った後に後悔した。
三木久は、それまでの5年に見た事もないような彼女の表情を見てしまう事になったのだ。
「セクハラで訴えますよ」
そう言った彼女の顔は
何故か赤かった。