第21話:モジャモジャ競争曲

 

 

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第21話:モジャモジャ競争曲

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鼻唄。

それは、無意識のうちに口ずさむリズムも歌詞も何もないメロディー。

頭の中でグルグルして離れない曲が、つい口をついて出る事が多い。

 

基本的に「ふーふふふんふふーん」みたいな「ふ」で基本形成をとっている事が多く、よく歌うのは俺の俺による俺の為のオリジナルソングだ。

まぁ、オリジナルソングと言っても毎回テキトーに「ふんふん」言っているだけなので歌う度に全く違う曲になっている。

 

つまり、だ。

俺が何を言いたいのかと言うと……

 

 

「なー!さっきの歌!何の歌!?ふふふーんって何の歌!?」

 

 

他人に聞かれると、ちょう恥ずかしいって事です。

 

 

「え、歌って何の事?俺、よくわからないなぁ」

 

「ウソだー!さっきめっちゃ小さな声でフフフーンって言ってたじゃんか!なぁ!フフフーンって何の歌!?」

 

 

俺は、俺の脇でモジャモジャのカツラを容赦なく振り乱しながら聞いてくるモジャ男に思わず耳をふさぎたくなった。

こう、何度も何度も俺の鼻唄と言うプライバシーを侵害してくるコイツは、とんでもないヤツだと思う。

 

プライバシーは守られないといけないと思うよ、俺は。

 

つーかさ。

そろそろ、ここは現代人が唯一、人間の身体能力で進化させるに至った、空気読む能力を駆使して是非とも俺の顔色から空気を読んで欲しい。

そんなに上級者向けの表情してないぜ、俺は。

多分、ものっそいわかりやすく嫌そうな顔してますけど。

 

きっとこれ、かなり初級者向けっすよ。

 

 

「え、聞き間違いだよ。キミの耳鳴りだよ。そうに違いないよ」

 

「ウソは良くない!俺、こないだ聴力検査したけど、問題なかったぞ!ぜったい、秀がふふふーんって歌ってたって!」

 

「わーお、かなりリアルタイムで聴力検査したのかー。予想だにしない答えー」

 

「なーっ!?何の歌―!?」

 

 

おい、そろそろ黙れ。

あと、そしてここはコンビニなのだから、本気で少し声のボリュームを落として欲しい。

 

ちょう店員君が苦笑気味に俺達の方を見てるじゃねぇか。

 

うん、もう一度言おう。

ここは俺の行きつけのコンビニ。

 

俺は夕飯になりそうなものを買いだしに来たのでした。

そしたら、まさかの今日はもう無いと思っていたコーヒー牛乳が入荷されていてひゃっほいってなったんだよな、さっき。

 

本社の手違いで、今日もきちんと入荷が行われたらしい。

ひゃっほい、嬉しい手違い。

 

なので、俺は今ドラフト会議を終えた自分にご褒美としてコーヒー牛乳を買って帰る途中なのです。

もちろん、野伏間君のも買っていきます。

 

買って帰って、ドラフト会議の成功を褒めてもらいます。

俺、ドラフト会議できたよ!と17歳の性別男ですが、褒めてもらうべく報告は必ず行います。

 

なのに……

 

何故か俺は今、鼻唄による羞恥攻めを行われて居ます。

 

突如として出くわした、モジャ男によって。

 

 

「あーっ、もう!あれは俺のオリジナル鼻唄ソング!諸行無常だから同じ歌を歌えって言われても、もう無理でーす!残念でしたーっ!」

 

「なぁなぁ!それよりさ!秀!この後暇か!?俺と一緒に飯食おうぜ!最近お前と食ってなかったから、秀も寂しかったろ!?」

 

「スルー?え?敢えてのスルー?え、マジですか?」

 

 

俺は、まさかの会話の飛躍について行けずリアルに頭を抱えた。

え、何コレ。

あんなにしつこく聞いて来てまさかのスルーでしたよ。

 

……泣きたいぜ。

 

 

「……暇じゃねーもん。俺仕事あるもーん。野伏間君に褒めて貰うって仕事があるもーん。なので、モジャ男は家臣達と一緒にご飯でも食べに来なさい」

 

「うーっ!ヤダ!昨日もそう言って野伏間とご飯食べたんじゃん!秀は俺とご飯食べたくないのか!?つーか、モジャ男って何だよ!?」

 

「モジャ男はお前のあだ名。モジャモジャしてるから。オケー?」

 

「はぁ!何だよ!ヤだよ!秀にはちゃんと名前で呼んで欲しい!名前で呼べよー!」

 

 

だーっ!もう!

 

俺は書類の抱え込まれた腕にがっしりと抱きついて離れないモジャ男に、思わず人差し指で額を思いきりつっこんでやった。

 

技名は「つきゆび」

敵の額に小のダメージを与えられるが、それと同時に技名同様自分の指が突き指になってしまう恐れのある、恐ろしい技なのだ。

 

そして、俺は案の定、若干指を痛めてしまった。

さて、モジャ男のダメージや如何に。

 

 

「もーっ!何だよ!なにするんだよー!他の人が見てる中で、こんな……恥ずかしいだろ!?」

 

 

ヤバい!

ヤツはダメージ0のようだ。

しかも、何を勘違いしているのか赤い顔をして俺の方を熱っぽく見上げている。

ヤベェ、これトラップ発動しちゃってますね確実。

 

 

満更でもなさそうなモジャ男の顔に、俺は今朝のコイツとのキス夢を思い出し、頭がクラクラするのを感じた。

うおおお、この際、秋田壮介でも誰でもいいから助けて下さい。

 

俺のライフが0になりそうです。

 

 

 

そう、俺が若干泣きそうになった時だった。

コンビニにゾロゾロと見た事のある集団が入って来た。

 

 

「静!あなた、こんな所に居たんですか?心配したんですよ?」

 

「静……こっち」

 

「「うわーっ、サイアクー。会長じゃーん!」」

 

 

モジャ男の家臣団が現れた。

うおおおお、マジで神の助けだ。

 

頼みます、このモジャモジャ引き取ってください。

ひっついて取れないんです、このモジャ男。

 

 

「やぁ、やぁ、やぁ!よく来てくれた。君達の存在に今、心から感謝したよ」

 

「……ちぇーっ」

 

 

俺は書類とモジャ男によって自由の利かない左腕を引きながら、家臣団達の前へ躍り出た。

そんな俺に、モジャ男はモジャモジャズラの下から、若干不満そうな表情を見せてくる。

 

そんな顔したって俺は知りません。

 

 

「会長、早く静を離して下さい。ほら、静も早く一緒にご飯、食べに行きましょう?」

 

「静……好きな、オムライス……食べる」

 

「「バ会長キモーイ!静から離れろー!」」

 

 

はい、いつもの如く、最後の2名の言葉に必殺つきゆびをお見舞いしたくなるくらいムカつきました。

しかし、俺の黄金の右人差し指はモジャ男につきゆびを放った時のダメージが残り、後2発も発動できません。

活動限界です!

 

左手はモジャ男と書類に掌握されています。

左手は俺の指令を受け付けません!

 

駄目ですね。これは。

 

 

「あーっ、もういい加減モジャ男、離れてよー。俺、この後も野伏間君とお仕事なのー。ドラフト会議を終えた俺には、まだやるべき事が山ほどあるんだってー!」

 

「秀ばっかそんな無理する必要ないって言ってるだろ!?」

 

「あーっ!だから!俺は好きで生徒会やってるから別に無理してないって昨日も言っただろ!?それに、何かこの学校、生徒会に俺と野伏間君の二人しか居ないみたいだから、多少、忙しくても仕方ないの!」

 

 

俺がモジャ男に一気にそう言ってのけると、何故か一瞬、場の空気が固まったような気がした。

俺はモジャ男と違って進化した空気読み力があるから、気付いたけど、モジャ男は案の定全く気付いていないようだ。

 

 

「会長、それは……俺達への当てつけのつもりですか?幼稚なマネを……」

 

「会長……サボった……一緒」

 

「「そーそー!今さら一人だけ仕事してますみたいな顔しないでよねー!ムカつくー!」」

 

 

そう、口ぐちに俺に向かって厳しい目を向けてくる家臣団に、俺は訳がわからず首をかしげるしかなかった。

しかし、とりあえず最後の双子には俺の渾身のつきゆびを、最後のつきゆびをお見舞いしてやりたいくらいムカついた。

 

なんかコッチの双子はつきゆびしてやりたくなる。

悠木君達は可愛いのに、こっちは必殺つきゆびをお見舞いしたくなるのは何故だろう。

 

うん。

それは、ハモリがムカつくからです。

 

 

「それに、さっきの放送は何ですか?あんな下品な放送をして。野伏間と二人で、何をしでかすつもりですか?ねぇ、バ会長さん?」

 

 

メガネの家臣が、どこか鋭い目を俺に向けてくる。

でも、これは秋田 壮介に比べるとそうでもないので、結構平気。

ただ、メガネで敬語はやっぱりみどりちゃんを彷彿とするから止めて欲しいぜ。

 

今にもリコール発言されそうで恐ろしい事この上ないぜ。

 

 

「しでかすって……まぁ、ドラフト会議をしでかしたかなぁ。ま、これは生徒会の仕事だから、キミらは気にしなくていいよ!な!」

 

 

俺が笑ってそう言ってやると、メガネは何故か少し驚いたように目を見開いて俺を見てきた。

しかも、それと同時にまたその目に苛立ちの色が濃くなるのを、俺は間近で見せつけられた。

 

え、何。俺、また何かマズい事言った……?

 

 

「………生徒会の、仕事、ですか……?」

 

「う、うん。だからさ、キミらは……ほら、クラス別出店の方でイロイロやっちゃいな!あれ、今年は全学年、全クラスでさ。売上、来客人数対抗戦にするから!」

 

 

 

俺はメガネから目を逸らして口を開くと、一気にワクワクする気分を抑えられなくなっていった。

 

男の子ってのは競争が好きだ。

勝った、負けたが大好きだ。

おっしゃー!ってなるし。

 

だから俺も勝負事は大好きなんだよな。

燃えるもんな!

 

だから、今年のクラス出店は全学年で競争させようって思った。

今さっき、思いついた!

本当に、今さっき。

 

モジャ男に腕掴まれる直前。

 

だから、俺は早く生徒会室に戻って、それについても野伏間君と話し合ったりしたいんだよ。

あぁ、絶対競争とかしたら楽しいだろうなぁ。

 

野伏間君は賛成してくれるかな。

 

俺も自分のクラスの出しモノ考えるのだけは一緒に話し合いたいなぁ。

 

 

「なぁ!モジャ男!お前、何年何組?」

 

 

俺は思わず、俺の腕にまとわりつくモジャ男に目を向けると、モジャ男は驚いたように俺を見上げてきた。

 

 

「うお?俺か?」

 

「そーそ!お前のクラス、すっげーこう言うの盛り上がりそうな気がするんだよなぁ!」

 

お前のそのモジャモジャ受け入れるクラスだし。

絶対強敵になりそう。

スッゲェの考えてきそうだもんなぁ。

 

 

「俺は1年D組だぞ!」

 

「おーっし!絶対1年D組には売り上げも来客人数も負けないぜぇ?俺はクラスの方で最強に頑張るもんねー!」

 

「なっ!何だソレ!面白そうだなっ!俺だって秀のクラスには負けない!絶対面白い事してやる!」

 

「そうこなくっちゃなぁ?俺も本気で行くから覚悟しろよー!」

 

 

俺がそう笑いながらモジャ男の頭を掻き回してやると、モジャ男はくすぐったそうに、次の瞬間俺の腕から、今までの吸着がウソのようにスパッと離れた。

そして、ズラで余り見えない目を、確かにキラキラさせながら俺を見上げてきた。

 

 

「俺も負けねーし!俺のクラスが勝ったら!秀!俺の言う事何でも聞いてな!」

 

「はぁ?何だよ、ソレ?じゃあ、俺が勝ったらお前、俺の言う事何でも聞くのか?」

 

「いーぜ!何でも聞いてやる!だから秀も約束な!」

 

「おう、なら望むところだ!」

 

 

もちろん、俺が勝ったらそのモジャズラを剥ぎ取ってやるぜ。

おお、なんか更にやる気がわいてきた。

 

モジャズラ効果半端ねぇ。

 

俺は何だかんだ言ってノリの良いモジャ男に、文化祭へのワクワクを募らせると、今度は自由になった腕の中の書類にチラリと目をやった。

 

 

「あ」

 

 

そう小さく声を上げた俺を、家臣団は何やら何とも言えない表情で見つめてくる。

何か言いたい事があるなら言えば良いものを。

まぁ、言ってこないと言う事は、多分大したことではないのだろう。

 

そう一人結論付けると、俺は書類を見てとっさに思い出した事を実行すべく、コンビニのレジの向こう側で密かに俺達を観察していた店員君に向かって駆けだした。

 

 

「ねぇ!店員君!」

 

「っはい!?何でしょう?会長さん」

 

 

いつものように人のよさそうな笑顔を向けてきてくれた店員君に、俺もつられて笑うと、レジの前でごそごそと腕の中の書類をあさった。

 

 

「あの、さ!ちょっと聞きたいんだけどいい?」

 

「あ、はい。大丈夫ですよ?どうかしましたか?」

 

「えっとね……コレ、コレ。例えば、こう言うモノを直接、このコンビニを通さずに大量に入荷したりすると、けっこう普通に買うより安くなったりする?」

 

「そう、ですねー……多分、この量を一気に注文した場合、けっこう安く済みますよ。具体的な数字は、ちょっと上と相談しないとわかりかねますが」

 

「あのさ!これ、コンビニ通さずにこっちに直接卸すとか出来る?会社の人に頼んだら出来るレベル?」

 

 

俺は取り出した書類を真剣に見つめる店員君を、ジッと見つめた。

ここで安く済むならそうしたい。

希望の物資量のまま、できるだけ予算内で済むようにしたいよなぁ。

 

予算は限られてるけど、そこら辺はやっぱり買うしか出来ないモノだし。

 

 

「……ちょっと、直接本社に連絡かけてみます。もしかしたら、この量なら……各メーカーに直接当たれば……もっと安くなるかもしれませんから」

 

「よっしゃ!それって今日中に連絡つく?わかる?」

 

「はい、連絡はすぐできますので。分かり次第……あの、生徒会室に伺わせてもらっても大丈夫ですか?」

 

「もちろんだよ!ごめんね!忙しいのに仕事増やして」

 

 

俺が謝ると、店員君は一瞬呆けたような顔をしたが、すぐに、いつもの優しい笑顔を俺に向けてくれた。

 

 

「いえ、会長さんが喜んでくださるなら、この位どうってことないですよ。文化祭、成功するといいですね?」

 

「うん!俺、今すっげーがんばってんだー!だから、当日、店員君もイロイロ楽しんでよ!」

 

「はい!お店が休憩に入ったら……イロイロ回ってみたいです」

 

 

そう言って少しだけ寂しそうな顔をする店員君に、俺は何か引っかかるのを感じた。

でも、店員君はすぐにいつものように笑顔になって「頑張ってください!」なんて言ってくるから、俺はどうにも釈然としない気持ちのまま頷くしかなかった。

 

 

「じゃあ、連絡がつき次第生徒会室に伺わせて頂きます」

 

「うん。よろしくね?」

 

 

俺はまた腕の中でグチャグチャになった書類を必死に持ち直すと、生徒会室に戻るべく店員君に手を振った。

そして、コンビニを後にしようと俺が振り返った先には、先程からずっと俺を見ていたのか、モジャ男の家臣団が俺を微妙な眼差しで見つめていた。

 

え、何。穴が開きそうなんであまり見ないで欲しいんですが。

 

俺は居心地の悪い思いで家臣団とモジャ男に「じゃ!」と声をかけると、何か言いたげな家臣団の言葉を遮るように一気に駆けだした。

 

彼らが一体何を思っているのかなんて、俺にはわからない。

何に苛立ちを感じているかなんて知らない。

 

けど、まぁ。

俺は忙しいのだ。

 

生徒会長だし。

 

 

それに、早く野伏間君に色々報告したいんだ。

できたよって。

 

今度はあぁしよう、こうしようって。

 

だから、そんな目で見ても俺は知らない。

 

 

君らに、戻りたい場所があるのなら、

 

 

自分の足で向かうしかないのだから。

 

 

 

 

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