幕間:更に学園長室にて

 

 

 

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幕間:更に学園長室にて

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「驚いたな、キミにそんな顔をさせる男がこの世に居るなんて」

 

「黙ってください。本当に、いい加減にしないとセクハラで訴えます」

 

 

三木久の言葉を冷たくあしらうものの、蓮見の顔はみるみるうちに真っ赤に染まっていく。

そんな蓮見の顔に、三木久の蓮見に対する興味は益々増して行く。

 

蓮見との仕事はスムーズで歩調も三木久とよく合った。

故に、蓮見との仕事は三木久にとって何のストレスもなく進められ、その結果、この長きにわたって男子校女子校を貫いてきた両学園の合併事業も、予想を遥かに上回る速さで固める事ができたのだ。

 

それもこれも、全ては三木久と蓮見の仕事上での相性の良さが、それを可能にした。

 

しかし。

しかし、だ。

 

三木久は、ストレスこそ感じる事はなかったが、蓮見との仕事は何の面白味も感じる事ができなかった。

どちらかと言うと、毎度毎度怒られてばかりで耳が痛い位だったのだ。

 

蓮見に言わせれば、仕事に面白味など必要ありません、と一蹴してきそうだが、三木久にはどうにもそれが物足りなかった。

この、学園の生徒会長として学園のトップに君臨していた時も、父の跡を継いで学園の経営全般を任されるようになった時も、三木久は常に全ての人間のトップに居た。

 

三木久自身、自分の目立ちたがり屋な性格はよく理解していた。

他者の視線は、常に三木久を興奮させ、彼が何かを成し得る為の原動力であった。

 

喝采を得、賞賛を得る事で、三木久の行動は大きく大胆になり、それに呼応するように彼の周りは人間が集まり、利益を生む。

そんな仕事や立ち回りを、三木久は好んでいた。

 

しかし、今回の仕事は全てが秘密裏。

唯一のビジネスパートナーである蓮見は、全くと言って良い程、三木久を見ていなかった。

 

彼女が見るのは、いつも仕事の成功、ただ一つ。

 

故に、三木久はつまらなかった。

そして、信じられなくもあった。

 

今まで、どんな男も女も、三木久に注目してきたのに。

自然と人の目を集めたのに。

三木久の行動は全ての人を感嘆させてきたのに。

 

そんな、まさに先程の蓮見の言葉通り、主人公としての人生をまっとうに歩んできた三木久にとって、蓮見の自分を目にする時の冷めた感覚は、どうにも腑に落ちないものを感じてきた。

 

何故、蓮見は自分を見ようとしないのか。

一体何なら、彼女を揺さぶる事ができるのだろう。

 

子供かと言われればそれまでの話だが、自分を主人公として扱わない、スポットライトなどまるで当たっていないかのように接して来る蓮見に、三木久は内心常に小さな悔しさを感じていたのだ。

 

 

だが、その不満がここに来て一気に無くなった。

この鉄仮面の下の素顔など、この5年かけて全くと言ってよいほど見る機会などなかったのに、今ここに来て蓮見の分厚い仮面にヒビが入ったのだ。

しかも予想打にしない所から。

 

まさか、この鉄仮面が、

 

男の話しで崩れ去るなんて。

 

 

 

「どんな人だい?気になるな。後学に聞かせてもらえると嬉しいんだけど」

 

「仕事と関係のない話しを、貴方なんかとする気はありません。いい加減にしてください」

 

「いやね、キミの言うスポットライトの当たる主人公と言う彼が、いかにも私と同じような人種の人間だと思ってね?キミの感情を揺さぶった彼と私は、一体どこがどう違うのか気になるんだよ。だから、教えて欲しいと思ってね。興味があるのさ」

 

「…………っ」

 

 

三木久は口元に薄く笑みを浮かべながらそう言うと、目の前で頭を俯かせ小さく肩を震わせる蓮見を見やった。

何が原因であれ、あの仕事一筋の氷の女の気持ちを揺さぶっている事に三木久は興奮していたのだ。

 

やはり、他人を動かしてこその仕事だ。

動かされるのは、自分の主義に反する。

 

そう、楽しみながら三木久は俯く蓮見にジッと目を向けた。

 

しかし、その浮かれた気持ちも、次の瞬間蓮見の口から発せられた言葉によって、全てが凍りつく事になる。

 

 

「城嶋学園長。いい加減にしてください。あなたのような勘違いを腹に溜めこんだまま成長したおぼっちゃんと彼を、同列に並び立てないで下さい」

 

「………はい?」

 

 

三木久は突然いつもの調子に戻った蓮見の表情に、一気に背中に嫌な汗が流れるのを感じた。

俯いていた顔は、今やしっかりと三木久を見つめていて、その目はやはりいつものように冷たい目で三木久を見ていた。

 

 

「先程の言葉で確信しました。貴方はもうすぐ40にもなろうとしているのに、未だに学生時代の栄光を背負って生きている愚か者なんですね。自分は何でもできる。自分にできない事など何もない。自分以上の人間など居る筈ない。周りのサポートや手助けの存在に気付かないまま、確かに貴方は主人公であり続けたんでしょうね。だから、あなたは未だに勘違いしている。その勘違いを正してくれる人間が周りに居なかったのが不幸な事です」

 

「……神埼、学園長……?」

 

「貴方の不幸が続かないように、今此処で私がハッキリと申し上げましょう。貴方は社会的地位の大きな家柄と優秀なおつむと言う才能のおもちゃを与えられた小さな子供に過ぎません。自分が世界の中心だと勘違いしたまま大人になってしまった滑稽な人間です。あなたが物語の主人公として立ちまわれたのは、貴方を物語の主人公として手を動かしてくれた貴方のお父様やお母様のお陰じゃありませんか」

 

「……………っ」

 

「だから、間違っても貴方と彼を同列に扱うのはよしてください。彼は確かに何もできないバカな人間でしたが、貴方のような愚か者ではありませんでした。人間一人の力などたかが知れている事を、貴方と違って、彼はよく知っていましたから」

 

 

“彼”

そう蓮見が三木久の知らぬ誰かの事を話す度、三木久は追い詰められていった。

蓮見の表情は“彼”の話しに触れる度に、どこか遠い過去を見つめるような寂しげな表情を浮かべる。

 

しかし、その顔も今の三木久にとっては何の慰めにもならなかった。

いくら蓮見が寂しげな表情を浮かべようとも、彼女の攻撃対象はどうあっても三木久からズレる事はないのだ。

 

 

「彼は主人公であり、舞台の真ん中でスポットライトを浴びる人間でありながら、彼は常に誰かの影でもありました。他者の影となる事をいとわず、背中を押してスポットライトの下へ導く事のできる人でした。彼は貴方とは違います。全く違います。光を一人占めして他者の視線を集める事に悦を覚える40目前のバカは、とりあえず自分に任された仕事に精一杯向き合ってください。あまり下らない事ばかり言っていると……」

 

 

そこまで言って一呼吸置いた蓮見に、三木久は同時に顔を思いきり引き攣らせた。

 

そして後悔した。

彼女を前に少しでも優位に立とうと調子に乗った自分の愚かな行いに。

彼女の顔を見上げてしまった自分の瞳に。

 

三木久は蓮見の方へと顔を見上げた瞬間、それまでの5年に見た事のないような蓮見の表情を見てしまった。

 

 

 

「全役員の署名を集めて、貴方を学園長職からリコールしますからね」

 

 

そう言い放った蓮見の顔は

 

 

 

 

 

何故か清々しい程、綺麗な笑顔を浮かべていた。

 

 

 

 

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