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※城嶋学園高等部 生徒会会計
野伏間 太一の独白と言う名の懐古
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つまんねぇって、いつも、そう思ってた。
生まれた時から、俺は人の羨むものは何でも持ってるようで。
知らぬ間に俺の周りは全てが満たされていて、何もしないうちから誰もが俺を王様のように扱った。
それが、俺の家柄のせいであったり、俺の整った顔立ちだったりに由来する事など、幼い俺でも理解していた。
だから、つまらなかった。
毎日が、つまらなくて、つまらなくて仕方が無かった。
家柄も、顔も。
全部俺自身が望んで、足掻いて、手に入れたものではなかったから。
飢餓感を感じる事もなく。
全てが満たされた鳥籠の中で、俺は毎日、矛盾に満ちた、満ち足りぬ日々を過ごしていた。
あぁ、つまらない。
つまらない。
『おい、テメェ!のぶすま!何でお前はそう、いつもいつもつまんなそうな顔をしてんだよ!?』
なんでって、そりゃあ……全部がつまらないからだ。
つまらないから、つまんなそうな顔をする。
当たり前だろう?
にしやまくん。
俺は目の前で眉間に皺をよせながら、俺を睨んでくる、まだ幼い、ランドセルをしょった彼を見ていた。
あれ、どうして俺は声が出ないんだろう。
『つまんねー、つまんねーって、つまんねーのイヤならお前は何かつまんなくないように、どりょくしろ!』
どうして、にしやまくんにそんな事言われなくちゃならないんだよ。
にしやまくんはいいよね。
いつも楽しそうで。
うらやましいよ。
俺はちっとも羨ましいなんて思わずに彼を鼻で笑った。
どうせ、こいつはこの満たされた鳥籠の中で悠々と空を飛んでいると勘違いをしているバカな子供なのだ。
自分で手に入れたものなんて一つもない癖に、与えられたもので自分の全てを満たせる、愚かしい子供。
俺も、西山君みたいにバカになって楽しめたらね。
楽だったろうに。
『お前のそのつまんなそうなかおが俺の視界に入って、すっげーメーワクなんだよ!?そのかおやめろ!?』
どうして。
どうしてお前にそんな事言われなきゃなんねぇんだよ、西山。
俺は少しだけ成長した彼に向かって怒鳴ってみた。
でも、やっぱり声は出ない。
あぁ、もどかしい、もどかしい。
俺は叫びたかった。
俺だって、好きでこんな苦しい世界に居るわけじゃないんだ。
俺だって、何か楽しめるものなら楽しんでみたい。
こんなつまらない毎日、ごめんだんだよ。
そう俺が彼を睨みつけている間も、少しずつ、少しずつ成長していく。
俺も、そして、彼も。
『俺がせっかく毎日楽しく過ごそうとしてんのに、お前はなんだ!?俺の作った楽しい世界のはしっこで、そんな顔されちゃメーワク以外の何ものでもねぇんだよ!?俺がのびのび楽しめねぇのは、テメェの、そのつまんなそうな顔のせいだ!』
何それ。
言いがかりも大概にしろよ、西山。
お前が楽くねぇのは、お前のせいであって俺のせいじゃねぇ。
人のせいにすんな。
そう、俺はまたしても少しだけ成長した、学ランを着た彼に向かって声の出ない声で、必死に叫んだ。
そして、同時にハッとした。
『ずぇーったい!お前の顔のせだっつーの!俺はなぁ、最強に優しいから、一人だけ楽しむっつーのに気が引けるタイプなんだよ!周りがつまんなそーな顔してる中、一人だけ大笑いできるかよ!?周りのカス共が心の底から楽しんで初めて、俺も周りの目も気にせず楽しめるんだ!大手を振って俺の人生を楽しめる!?だから、野伏間ぁ!』
なに。
西山?
俺はキラキラと輝く彼を見つめながら、彼の尊大な言葉と態度に耳を傾けていた。
その間も俺は成長を続ける。
最初とは比べ物にならない位、高くなった視界。
背負う事のなくなった、ランドセル。
低くなった声。
そして、ある一定の成長を遂げた途端。
俺と彼は、いつもの互いの見慣れた姿で向き合っていた。
あぁ、少しだけ、わかったよ。
彼がこうして、楽しそうに輝いていられるのは、彼がそうあろうとしたからだ。
幸せであろうと、楽しめる毎日であろうと。
そうあろうと、彼が必死に作りあげたからだ。
つまらない、つまらない。
そう、思ってつまらない自分の現状を、俺は境遇のせいにした。
しかし、それは違う。
俺は、自分でその答えを言い放った。
“お前が楽くねぇのは、お前のせいであって俺のせいじゃねぇ”
そう、だから。
キラキラと輝く彼は。
彼が、
にしやまくんが、
西山が、
会長が……そうあろうと必死になった結果だったのだ。
そう、俺が悟った瞬間。
会長はニヤリと笑って俺を見た。
『つまんねーなら、俺が俺の為に、お前を楽しくしてやるよ!だから、来い!野伏間!』
そう言って俺に向かって手を差し伸べた会長は、尊大不遜に俺に笑いかけた。
それは、いつも楽しくあろうと、願い、想い、日々、必死に学校を駆け抜けてきた会長の姿だった。
俺は、その手を前に、初めてワクワクした。
つまらない現状を変えるために、彼の手をとろうと手を動かしただけで、俺は楽しくて仕方なかったのだ。
楽しくあろうと願い、駆ける彼の隣のなんと心地よい事だろう。
何をしでかすかわからない彼の隣の、なんと胸躍る事だろう。
俺は笑う会長の手をガシリと掴むと、会長は尊大不遜な顔を少しだけ潜め、ヘラリと俺に向かって笑いかけてきた。
『野伏間君が楽しそうで、俺も嬉しいよ』
うん、ありがとう。
会長。
俺、生徒会に入って……
『本当に、良かった』
俺は自分の声がクリアに響くのを、自分の耳で確かに聞いた。
そして、俺の声が響いているのを証明するように、次の瞬間、会長の目が更に嬉しそうに細められた。
あぁ、良かった。
俺の声、ちゃんと届てるみたいだ。
『俺も生徒会長で本当に良かったよ。今度は……絶対に最後までやり遂げてみせるからさ。だから、野伏間』
今度は。
俺は少しだけ引っかかる会長の言葉に首をかしげた。
だけど、そんな俺の気持ちなどお構いないしに、会長は俺の手をしっかり握ったまま俺に向かって笑いかける。
ヘラヘラした、締りのない顔で。
そして、
どことなく、偉そうな態度で。
『生徒会。守ってくれて、ありがとな』
そう、会長が俺の手を更に握りしめた瞬間。
俺の視界は真っ暗になった。
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「………ん、あ?……ここは……」
「あー!野伏間君が起きたー!」
俺はぼやぼやする思考の中、突然俺の耳に響いて来た声に、頭を抱えながら声のする方を向いた。
あー、しまった。
いつの間にか寝てたみたいだ。
「……ごめん、カイチョー。いつの間にか、寝てたみたいで……」
「んーん!もちょっと寝てても良いよー?野伏間君、いつも顔色悪いし」
生徒会室のゴミの間をかき分け、自分の席から俺の元へと駆けてくる会長に、俺は夢の中の彼を思い出して、少しだけ笑ってしまった。
あぁ、俺、会長の夢なんか見ちゃったのか。
へんなの。
「カイチョー?それより、仕事はどうなの?そっちは進んでるー?」
俺が目の前まで駆けてきた会長にそう口を開くと、その瞬間、会長の目が一気にキラキラと輝きだした。
その目が、またなんとも夢の中の会長とそっくりで、俺は自然と口角が上がるのを止められなかった。
「そうそう!聞いて聞いて!野伏間君!俺、いーこと思いついたんだ!クラス出しモノ売上対抗戦とか、文化祭でのコンビニ完全閉鎖とか!できるかどうか、一緒に考えよう!?絶対、おもしろいって!あとさ!ドラフト会議もすっごく盛り上がってさ!映画作製部とかさ、演劇部とか!あ!悠氏先輩女装したりするんだってさ!あと悠木君は大改造劇的ビフォーアフターファッションショーしてねー!!」
それはもう楽しそうに、興奮気味に口を開く会長を前に、俺はただ「うん、うん」と頷いて聞いていた。
そうしたら、なんとなく俺も楽しくなっていた。
必要な物資は直接メーカーから仕入れるとか、文化祭当日はコンビニ全店を完全閉鎖して集客を個人の出しモノへ向けるとか。
挙句の果てには屋外ステージを作るなんて言うとんでもない話も出てきた。
仕事は大量。
時間は少なく。
そして、活動可能なメンバーは俺と会長の二人だけ。
それなのに、会長はどんどん新しい仕事ばかり増やす。
普通じゃ考えられない事を、この会長は「楽しそうだろ?」と得意気に話してくるんだから、たまらない。
だけど俺はそんな状況にもかかわらず、会長の話に胸を躍らせていた。
あぁ、また会長とワクワクしながらこの学校を駆けまわれるのだと思うと、それは、とてもキラキラした未来に思えるのだ。
つまらなくない。
足りないものだらけだけど、俺は確かに今、会長の隣で満たされている。
「面白そうだね!カイチョー、やってみよっか?」
キラキラと輝く会長の笑顔に俺も知らず知らずのうちに笑っていた。
会長が自分の楽しみの為に作りあげた生徒会だ。
生かすも殺すも、会長次第。
でも、とりあえず今、俺は……
凄く楽しいよ、会長。