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第22話:朝から貴方の手をとった
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午前7時15分
「おはよーございまーす!」
今日も俺は朝から一人、下駄箱に立って挨拶運動をしている。
睡眠時間0分。
昨日は生まれて初めてオールと言うヤツをやってのけた。
テスト前、何度もオールを試みて夜の10時に寝てしまった過去がウソのように、俺は見事、オールナイトな夜を過ごしたのだ。
お陰で、もうテンションマックスで高い。
こりゃあもう、今の俺なら何でも出来るぜ。
ステータス異常が起こってるみたいに目がギラギラして仕方が無い。
ちなみに、深夜2時くらいまで文化祭についての話し合いを一緒にしていた野伏間君は、突然、気を失うかのごとくガクリと眠りに落ちてしまいました。
やはり顔色とか、目の下のクマからすると、相当毎日無理をしていたらしい。
俺は爆睡モードに入った野伏間君を必死に背中におぶって、生徒会室の奥にある仮眠室に野伏間君を寝かせてあげた。
野伏間君、意外と重かった。
着やせするタイプって奴ですよ、あれは。
実は脱ぐと凄いんですタイプですよ、あれは。
そして俺はちゃんと野伏間君に、タオルケットもかけてあげました。
でも10月の夜にタオルケットのみは少し心もとなかったので、テレビでよくある、自分の上着をかけてあげるっていうヤツもやってのけました。
まぁ、俺の場合上着と言うより学ランだけれども。
ちょっと、やってやったぜ的ノリで野伏間君にかけてあげた学ランだけど、あいさつ運動をする早朝には、あれがないと若干寒い事に俺は気が付いた。
が、今の俺はオールで目はギラギラ、体からは無駄にアドレナリンが出ている感じがして力が有り余っているようなので、そんなのもへっちゃらである。
うん、少し無理したわ、今。
と言うわけで、今日もやってきました。
あいさつ運動。
まぁ、今日も誰ひとり「おはよう」の返事とかしてくれないけれども。
でも。
「おはよーございまーす!」
「っあ、はい。どうも」
「おはよーございまーす!」
「あっ、会長……!」
ちらほら、俺の方を見てお辞儀したり、リアクションをくれる子は増えた。
まぁ、増えたっつーか、昨日はガッツリ全員シカト状態だったから、これは「おはよう」の返事を貰えなくとも大きな進歩だ。
つーか、ペコペコ頭下げてくれる子達は、昨日のドラフト会議に参加してた人達みたいだから、昨日のドラフト会議様様だ。
やべぇ、なんかちょっと嬉しいんですけど。
俺は周りの皆がちょこちょこ反応してくれるの嬉しくて、更に力を込めてあいさつをしまくった。
「おはよーございまーす!!」
「に、に、に、西山会長、おはようございます!」
うおおおお。
あいさつ運動初「おはよう」返しをされた。
相手は誰だ!と。
俺は背後から聞こえたか細い声に興奮気味に振り返ると、そこには……
「おお、誰かと思えば映画部の部長さんじゃん!おはよーございまーす!」
昨日のオドオドした映画部の部長さんが居た。
「っは、はい!あのっ!昨日は、本当にありがとうございました!本当に嬉しかったです!もう、なんとお礼をしたらいいか……!」
そう言うや否や、土下座せん勢いで頭を下げてくる映画部の部長さんに、俺は慌てて体をおこさせた。
いや、また変な号外とかだされても困るし。
【西山会長、上級生を恐喝!地に落ちた生徒会長!】
いや、マジたまらないわ。
俺、そう言うキャラじゃないからね。
どちらかと言うと、恐喝される側キャラですから。
そんな号外出されたら、さすがの俺も新聞部の部室の扉を無駄にノックしまくってダッシュで逃げるくらいの嫌がらせをしますよ。
「部長さん!俺にお礼とかいいから!俺、生徒会長だし当たり前の事しかしてないから!部長さんはこれからが大変でしょう?本番まで準備がんばれ!気を抜くな!」
「っは、はい!せっかく西山会長がくださったチャンスを失敗で終わらせないように頑張ります!」
「おう!できれば後から見れるようにビデオとかにしといてね!俺、絶対買うから!」
「う、わぁ……!ありがとうございます、ありがとうございます!今年もDVDに焼きます!プレゼントします!是非、貰ってください!」
そう、映画部の部長さんは、俺の言葉に更に目を輝かせると勢いよく頭をペコペコさせると、俺に背を向けて行った。
うーん、さすが文化部男子。
なんか、ひょろひょろ具合が園芸部並みだわ。
ちなみに、何度も言いますが俺は園芸部と言う名の帰宅部でした。
つーか、プレゼントしてくれるのは凄い助かる。
俺、金持ってないから。
なんとかどうとか手帳と言う、お財布手帳しか持ってないから。
………。
あれ、なんかこれで俺は大丈夫なのか。
所持金0て。
え、出発したてのゲームの主人公ですら0ってめったにない数字っすよ。
ヤバくね。俺。
そう、俺があいさつをしながら自分の現金の無さに今さら不安を覚えていると、またしても背後から衝撃的な言葉がかけられた。
「あー。西山会長―。おはようございますー」
「っ!?おはようございます!」
今度は向こうから挨拶か!
俺はまたもや勢いに乗ると、声のする方に目をやった
先には
「って、アニマル様!」
「はい?」
俺に自ら「おはよう」を言ってくれたのは、昨日の子ブタ先輩もといアニマル様もとい放送部の部長さんでした。
今日も今日とて部長さんはアニマルの癒しを存分に振りまいています。
「西山会長、昨日は素晴らしい知恵をどうもありがとうございます。放送ジャックの内容も昨日イロイロ考えてー」
「あー!!ダメダメ!部長さん、それ以上言うなー!!」
ぽやぽやほっぺを興奮でピンクに染めながら話し合いの報告をしてこようとする部長さんに、俺は慌てて部長さんの口を手で塞いだ。
だって、放送ジャックは秘密裏に行われるミッションだろうが。
不用意にこんな公の場で口に出したらいけないんだぜ。
しかし、予想以上に部長さんのほっぺが、つるポヤで俺は口を塞ぐ事を忘れて、無意識にほっぺたをぷにぷにしてしまいそうになった。
と言うか、してしまった。
「うふふー。部長さんのほっぺたプニプニー。至上の喜びー」
「うわああ!会長、くすぐったいです!やめてください!」
「あー!癒されるー!」
頬を更にピンク色に染めながら小さく抵抗するアニマル部長に、俺が更には両手でほっぺたを掴もうとした時。
背後から寒気とも呼べるデジャビュを感じた。
「秀様!?何で、何で俺にはそんな事してくれないのに!」
「うごあっ!」
「うあっ!」
背後から突進してきた、これはもう誰がどう見ても明らかに悠木君が、俺の背中にグリグリ体を押し当ててきた。
部長さんはぽっちゃり小さい先輩なので、勢いあまって下駄箱にコロリと尻もちをついてしまっている。
俺は俺で必死に倒れないように耐えて居ます。
2回目ともなると、一人でも耐えれるようです。
「ほらほら、悠木君。離してー。俺、踏ん張ってるけど、今にも倒れそうなんですよー」
「うあぁぁ。何でよりにもよって小杉なんですかー!秀様がぽっちゃり好みなら、俺だってぽちゃってみせますー!」
「わ、渡辺?俺と西山会長はそう言うんじゃないよ?」
「黙れ小杉!お前をぽっちゃりと侮っていた俺が不覚だったんだー!」
どうやらアニマル先輩は小杉と言うらしい。
でも、俺は小杉って知っても先輩の事はアニマル先輩と呼び続けよう。
そして、悠木君。
いい加減周りの視線を考えよう。
若干カメラを抱えたパパラッチ達がシャッターを切ろうとしている。
ヤバい、これはまたしても号外の嵐になりかねない……!
【人種を超えた三角関係!人間とエンジェルと子ブタの織りなすラブロマンス!】
いや、ナイわ。
これをリアルに号外にしてきたら、今度こそ俺は新聞部に乗り込みます。
乗りこんで盛大に回収をお願いします。
泣きながら。
俺が子ブタさんとエンジェルさんの癒しの応酬に頭を抱えていると、俺の隣を見慣れた背中が通過しようとした。
その背中に俺は勢いよく、その背中の持ち主の腕を掴んだ。
「秋田壮介―!無視してないで助けんか!?」
「っ!?西山……!貴様……!」
秋田壮介は俺に腕を掴まれた瞬間、何故か慌てたように俺を見下ろしてくると、カチカチと固まったまま俺の手を振りほどこうとした。
いやっ、ここで見捨てられたら、俺は異種族たちと今度は熱愛を発覚させられてしまう。
もう、魔王様とは熱愛発覚してるし、お前が俺を助けろ秋田壮介!
必死に俺の腕を振りほどこうとする秋田に、俺はカッと目を見開いた。
「文化祭当日!俺と秋田壮介は密室空間で何かを起こす!前代未聞の何かを!!」
「っはぁ!?何を言ってるんだ貴様!?おいっ!いい加減離せ!」
俺の言葉にこれでもかと顔を歪ませる秋田壮介。
しかし、騒いだってもう遅い。
俺はどうあっても異種三角関係号外など出させるわけにはいかないのだ。
と言うか、このままついでに放送ジャックを宣伝しておこう。
そんな魂胆です。
「前代未聞!密室空間での知られざる何かが起こるー!」
「おいっ!貴様!西山!お前、何を……!」
「みなさん、お楽しみにー!」
俺は叫びながら尻もちをついているアニマル先輩を横目に見ると、アニマル先輩は興奮したようにほっぺたを染めて笑顔を浮かべていた。
周りではカシャカシャとパパラッチ達が、案の定シャッターを切っている。
ついでに誇張した広告付きの号外とか出してくれたら、ラッキーだな。
「あとで、話し合いしよう」
そう、口パクでアニマル先輩に伝えるとアニマル先輩はコクコク頷いてぽやぽや笑い始めた。
背中では、そんな俺とアニマル先輩の様子に、悠木君が「秘密の会話なんて許せない!」と更に俺に抱きついてくる。
俺はその間も、慌てふためきながら俺を睨む秋田壮介を見て、うへへと笑ってみせた。
その瞬間、秋田壮介の顔が変な顔になった。
ブサイクって意味じゃなくて、なんていうのかな。
秋田壮介らしくない……ポカンとした顔。
だから、俺はもう一回秋田壮介に笑ってやった。
どうしてだろうか。
何故か、もう秋田壮介も怖くないんだ。
いくら睨まれても、いくら怖い口調で怒られても。
もう、怖くないんだよ。
だって。
「っは、離せ!西山!」
「秋田壮介―!うへへへー!文化祭の日、よろしくー!」
秋田壮介。
片手にコーヒー牛乳持ってるから。
500mlのコーヒー牛乳買うヤツに、怖いやつなんか居ないんだ。
みんな良い奴だ。
背中には必死に俺にしがみつく悠木君。
前にポヤポヤ笑うアニマル先輩。
隣にはコーヒー牛乳を持ってる秋田壮介。
周りには笑いながら俺達を見てる生徒達。
あとは、こちらも楽しそうにシャッターを切るパパラッチ。
そんな俺達のおかしな状況に終わりを告げたのは、5分後。
寝起きで欠伸を噛み殺しながら下駄箱にやってきたもう一人の天使の一言だった。
「朝から、キモイ。黙れ。死ね」
あぁ、もう一人の天使は低血圧のようだぜ。
うん、怖いっす。
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その頃、生徒会仮眠室。
「う、っあー……?あれ、俺いつの間に……仮眠室……?」
野伏間太一はまたしてもボヤボヤする頭を抱え、簡易ベッドから体を起こした。
体の上には薄いタオルケット。
どうやら、誰かが自分にかけてくれたらしい。
その、“誰か”が誰なんて、わかりきった事なのだけれど。
野伏間太一は伸びをしながらホカホカする気持ちで目を擦ると、視界の端。
ベッドの下に落ちている一枚の学ランを見つけた。
「……カイチョー?」
野伏間太一は学ランを拾い上げ、名前のプレートを見るとボケっとする頭のまま小さく呟いた。
「脱ぎちらかしちゃダメじゃん」
タオルケットの優しさは通じた。
しかし。
生徒会長の気取った優しさは、彼には届かなかったのであった。