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第23話:魔王様と会長様
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あぁ、やっぱり上着が無いと寒いな。
俺はきらびやかに装飾された窓から差し込む太陽の光を浴びながら、若干の肌寒さをその身に感じていた。
しかし、この日差しの感じからして、昼間はきっと暖かくなるだろう。
午後の陽気な日差しの下で行われる授業は、きっとさぞかしよく眠れるに違いない。
俺が清々しく空高く昇りゆく太陽を横目に、そんなさわやかな気分を感じている時。
「西山、一つだけお前に問おう」
「ダメっつったらどうする?」
どうして、俺の隣を歩く彼は、こうも魔王の如く憎しみに満ちた目で俺を睨みつけてくるのだろう。
もう、放たれるオーラが禍々し過ぎる。
さすが魔王様。
そして、先程まで彼の右手に握られて居たコーヒー牛乳(500ml)は、いつの間にか、彼のバックの中にしまわれてしまった。
あぁ、俺も後でコンビニでコーヒー牛乳買おう。
絶対、買おう。
「一つだけ問う」
「…………」
そして、俺と秋田壮介のツーショットがそんなに珍しいのか。
ギャラリー&パパラッチがどこまでも俺達に周りを囲んでついてくる。
気になる……。
でも、秋田壮介は奴らが見えていないかのように全てを総スルーしているから、俺もそれにならってスルーする事にしよう。
「問う」
「……どうぞ」
余りの禍々しい迫力に、俺のちょっとした会話のお遊びは一瞬にして尻すぼみになってしまいました。
いや、うん。
わかってた。
秋田壮介、やっぱメチャ怖いもん。
一回シカトするだけで精いっぱいっす。
「何で、貴様は今俺の隣を歩いている」
「え、だって行く方向一緒じゃん。一緒に行こうよ。秋田壮介!」
俺が少しだけ馴れ馴れしく秋田壮介の肩を叩きながら言うと、秋田壮介の目から凄い眼光が飛び出してきた。
何か罵声を浴びせられた方が楽なのに、秋田壮介はただ俺を睨むだけで何も言ってこない。
こんなんなら、悠氏先輩の毒舌のほうがまだいいよ!
いや、あれはあれで怖いけども!
でも、こんな無言の目からビームは想像以上の恐怖を煽るよ!
「もう一つ、問う」
「え、さっき。いっこだけって言わなかったっけ?秋田壮介のウ・ソ・つ・き!」
「問うと言っている!」
うおおお。
また、やっちまった!
どうして俺の口はこうも学習しないのだろうか。
俺はまたしても封印されし暗黒の力を行使しせん勢いの秋田壮介に「どうぞ」と早口で先を促した。
もうこの人、どうしてこんなに俺の事睨むの。
怖いって俺、言ってるじゃん。
もうわかって。
俺、すげぇビビリなの!
あ。
でも、みどりちゃんのが何倍も怖いっすね。
だってあの人、裏ラスボスですから。
「西山、文化祭で屋外ステージを作ると言うのは本当か」
「うん、本当だよ!さすが風紀委員長。情報が早いねー!」
「………バカ者が」
「え……?」
俺は、横目に俺を見ながら、どこか侮蔑の視線を向けてくる秋田壮介に少しだけムッとしてしまった。
いや、バカですけども。
俺はバカだけれども!
そんな本気の目でバカって言われると、ちょっと腹立ちますよね。
「バカとは何だ!バカとは!良いアイディアじゃんか!屋外ステージ!出たい人に平等にステージ用意できるんだから、ナイスアイディアじゃん!」
「後先考えない、愚かな考えを、人はアイディアなどとは呼ばない。悪い事は言わない。例年通り漏れた部活動はステージ出場を禁止にしろ。変な事をやっていると、お前ら生徒会の寿命を縮ませる事になるぞ」
「っち!ガチ魔王様みたいな事ばっか言ってー!」
俺は隣で魔王様気どりをしてくる秋田壮介の腕を掴むと、無理やりその足を止めさせた。
こう言う話は面と向かって話さなければなるまい。
突然の俺の行動に秋田壮介は少しだけ驚いたような表情を見せたが、それも束の間、先程のように俺を目からビームで威嚇してきた。
しかし、恐れている場合ではない。
俺はこの男と面と向かって話さなければならないのだ。
いや、怖くないと言えばウソになるが。
うん、めっちゃ怖い。
そして、どこまでも俺達の周りをついてくるギャラリー&パパラッチ達。
やっぱ、この数を総スルーって相当な修行積まないと無理だわ。
邪念が常に付きまとうわ。
「貴様、本当に屋外ステージなど作れると思っているのか?ステージの予算、お前はどこから持ってくるつもりだ。文化祭の予算に、それほどの余裕はないぞ?まさか……ステージを自分達で手作りするとは言わないだろうな?」
そう、ギラリと光るヤツの眼光。
それに俺は強がり95%の勢いで答えてやった。
「秋田壮介。この俺が……万年帰宅部みたいな俺がステージなんか作れるわけねぇじゃん!」
「…………」
強がりとは言え情けない。
こんな事を勢い込んで叫ぶのは、とても恥ずかしい事であろうよ。
そうであろうよ。
「………ほう、そうか。その位の常識はわきまえているようで、こちらも安心した」
「……ま、まぁね」
いや、すみません。
昨日までは「屋外ステージ?そんなの皆で作ればいいじゃん!イエイ!それも文化祭の楽しみっしょ!」とか叫んでました、俺。
いや……うん。
良かった……!野伏間君の助言に従って!
俺は昨日の深夜、眠気眼を抱える野伏間君に告げられた言葉を思い出し、心の中で野伏間君に感謝の念を送った。
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ちなみに昨日の俺の野伏間君の会話。
~俺の俺による回想~
『ねぇ……カイチョー……?屋外ステージはいいけどさぁ、それ。どうやって用意……すんの?』
『ねぇ?野伏間君。大丈夫?頭がヤバい位グラグラ揺れてるよ?え?寝る?』
『寝ないよぉ……。俺は可愛い子猫ちゃん達をかわいがらなきゃ……眠れませーん』
『……っは!?それはエッチをするという事ですか!?悠氏先輩達とエッチな事をするって事ですか!?』
『はいはい……屋外ステージどうすんのぉー?』
『え?スルー!?ねぇ、ねぇ!エッチするの!?セックス!?』
『屋外ステージの話し……終わったら話そうねぇ……』
『う、うん!えっとね!ステージは予算の余ったヤツで木材買って、自分達で手作りしようと思います!』
『はい、それ。だぁぁめ』
『……野伏間君、寝ぼけてるからだよね?そうやって俺にガチで幼児に話しかけるみたいに話しかけるのは……寝ぼけてるからだよね!?』
『あのねぇ……ステージって言うのは……安全性の面から考えてもねぇ……俺達みたいな素人が作ったりしたら……危ないでしょう?わかるかなぁ?』
『野伏間君!俺、俺高校生だよ!わかるから!わかるから!そんなバカに話しかけるみたいにガチで話しかけないで!』
『もし……その作ったステージでねぇ?何かあったら、俺たちじゃ責任とれないでしょう?来年の文化祭開催にも響いてくるから……手作りはだーめ?』
『わかりました。わかりましたから………!ごめんなさい!俺が愚かでした!』
『あはははー。カイチョーはいい子だねぇー』
『ごめんなさいいい!!』
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そんな会話をくぐり抜けて、俺は自分の愚かさを悟った。
そして、打開策を二人で練った直後。
野伏間君は勢いよく頭を机にぶつけて眠りについたのでした……。
俺は、あの話し方の野伏間君は苦手です。
まさに、俺の精神年齢に話しかけて頂いているようで、凄く居たたまれない気持ちになります。
そして結局、子猫ちゃんを可愛がると言う事がエッチな事かどうかもわかりませんでした。
ちっくしょうである。
「それなら西山。お前はその屋外ステージをどうやって作る。予算はない、この状態で」
秋田壮介は少しだけ楽しそうに口元を歪ませながら、俺に問うてきた。
一つだけと言ったのに、もう何回も問うてきてるよ、この人。
でも怖いのでそれはもう指摘しません。
「予算ね。ないから作った」
「作った……?」
俺の言葉に秋田壮介は少しだけ眉間に皺を寄せる。
そう、作ったのだ。
俺は予算を昨日の夜に。
無いものは作る。
これが守備範囲の狭い高校生には必須スキルだと、俺は思う。
まぁ、作ったと言うより……
「移したって感じかな」
「移す、だと?」
「うん、移した」
俺は昨日の夜作った書類達を思い出しながら、一人頷いた。
「生徒会の予算編成さ?あれ、見直してみたけど、明らかにいらないようなのばっかだよね?生徒会専用の特別ルームの維持費とか、食費とか。あれ、生徒会だからって優遇される意味わかんないじゃん。だからさ、経常移転手続きってヤツをして、今期の残り分と3学期の分の生徒会予算のいらない部分を文化祭費用に移し替えた」
ちゃんと書類書いて、生徒会長の特別印鑑ってヤツ押して朝イチで先生達に提出してきてOKもらったから大丈夫。
めちゃくちゃ驚かれたけどな。
つーか、普通、生徒会っつーだけで朝飯、昼飯、夜飯。
その全部が食堂だと無料って。
それ意味わかんねぇからね。
そっちのが俺にとっては驚きだからね。
「俺は生徒会の予算にメスを入れたのだ!」
「………っ」
俺がカッコ良くそう言い放つと、秋田壮介は驚いたように目を見開いて俺の事を見ていた。
うん、侮蔑を含んだ目よりコッチのが全然いいね。
気分がいい。
「だいたい、なりたくて生徒会に入ったんだから、優遇とかされちゃおかしいんだよ。ありえないね」
「……西山……、お前……」
俺はどこか呆けたような目で俺を見てくる秋田壮介に、グッっと親指を立ててやると、チラリと周りの様子を視界に入れて見た。
うん、まだギャラリーとパパラッチ殿はいらっしゃるね。
つーか、最初より増えてるね。
もう一回、宣伝してからコンビニ行くかな。
俺はポケットからグシャグシャになった紙を取り出すと、未だにボケッとした目で俺を見てくる秋田壮介に向かってその紙を押しつけた。
そんな俺に秋田壮介は、更に驚いたような顔をして、俺の押し付けたグシャグシャの紙を見つめていた。
こうしてみると、最初に秋田壮介に書類をお見舞いして逃げた時の事を思い出す。
あれ、すっごい昔の事みたいだけど。
まだ一昨日の話なんだよなぁ。
光陰、矢のごとだわなぁ、マジで。
「秋田壮介!これ、誰にも見せずにちゃんと読んどけよ!」
「……なんだ?これは」
「だぁかぁら!俺とお前が文化祭当日、あんな事やそんな事をヤっちゃう為のイロイロが書かれてるんだよ!ちゃんと、目ぇ通せな?あと、これは二人だけのヒ・ミ・ツだから!誰にも言っちゃいけないぜ、こねこちゃん!」
「………っ!?」
俺はそう、叫ぶだけ叫ぶと、どこか薄く耳朶を赤く染め始めた秋田壮介に背を向けコンビニに走った。
ちょっと後半は野伏間君の真似をしてみました。
でも、言ったら自分で背中がかゆくなってきたので、もう二度と言わない事にしよう。
うん、人には向き、不向きって奴があるからな。
俺に、こねこちゃんは似合わない事が証明された。
「おいっ!西山!待て!」
「後で昨日の書類も持ってくからさー!待ってろなー!」
俺は背後から聞こえてくる秋田壮介の声に、そう返事を返しながら手を振った。
そして、最後に見た秋田壮介は……
カメラのフラッシュを浴びて、神々しく光り輝いていた。
魔王なのに。
へんなの。