———–
5分後―……
ホストじゃなくて、生徒会の顧問の先生でした。
名前は柳場 司(やなぎば つかさ)先生でした。
でも、正直ホスト野郎の方が覚えやすいので、これからもそう呼びます。
俺は先生の名前を覚える気は毛頭ない事をここに誓います。
そして、捕捉すると悠木君達がファッションショーで使いたいって言ってた先生の模様です。
このホストを誠実そうな……佐藤先生みたく優しい先生に見せるような服などこの世に存在するのか、俺には甚だ疑問です。
「あー、テメェらのせで朝から疲れたぜ……ムカつく」
そう言って、学校にも関わらず躊躇なくタバコを吸い始めたホスト野郎はまたしても気だるげに片方の手で髪をかきあげた。
なんか、もうこの人が教師って世の中間違ってるわ、うん。
校門前指導で、生徒より先にこの人がひっかかるわ、うん。
「で、だ。西山。本題に入るぞ」
「……はぁ、本題?」
ホスト野郎は我が物顔で俺の机でタバコをふかしながらそう言うと、机の上に置いてあった1枚の紙を俺に向かって突き出してきた。
野伏間君は、未だに俺の隣で微妙に笑っている。
どうやら笑いのスイッチが入ってしまったようだ。
今はそっとしておこう。
「これ、さっきも言ったが今日のHRまでに全クラスに配らねぇといけないプリントだ。これを早く作って俺に渡せ。じゃねぇと、俺が教頭に叱られるだろうが」
「生徒会未提出書類………クラス別、文化祭の……出しモノ要望書…全15枚プラス予備3枚…?」
俺はホスト先生に突き出されたプリントの文字を目で追うと、なんとなく必要なプリントが何なのかわかった。
とりあえずアレだ。
クラスで決定した出しモノとか、いろいろな事を書いてもらって提出する為のプリントが必要って事だ。
「そうだ。今日の5限目のHRに、全クラスが文化祭で何をやるか話し合う時間が作られてっから、その時に必要なプリントだ。決定事項とその他諸々を書き込み生徒会に提出させる為に毎年配ってるやつだよ!今日必要なんだ!早く作れ!ったく、ちんたらちんたらしやがって。お前らが遅れると全部迷惑は俺が被るんだよ!?」
「えー。今からっすか!?えー、俺、まだ他にする事があるのにー」
「今だ!今日使うプリントだっつってんだろ!?今日クラスで話し合うんだから、今作くらねーでいつ作る!?」
「えー、だって俺、まだ秋田壮介に渡すやつもしなきゃならないんですよー」
明日までが期限の仕事だけど、どうにか今日の昼休みまでに終わらせようと今必死こいてるのに。
つーか、既に昼休みに秋田壮介に「生徒会室きてね」って言う手紙渡したからなぁ。
終わってなかったら体裁悪いじゃん。
「んなもん知るか!これはテメェらの仕事だろうが!?しかも朝から教頭に意味のわかんねー書類まで提出しやがったらしいじゃねぇか。ったく、問題ばっか起こしやがって。教頭に『これはどう言うことだですかね?柳場先生?』とか言って朝からネチネチ絡まれまくっただろうが!?ほんっとにテメェら、静みたいに可愛げの欠片もねぇ奴らだな!このクソガキ共が!」
「なんだよー。教頭先生に渡したのは別に悪い書類じゃねぇし!生徒会の無駄な予算にメス入れただけじゃん!」
「それが余計な事だっつってんだよ!?俺が顧問のうちに余計な事すんな!俺に迷惑かけんな!たったそれだけの事も守れねぇ程バカなのか!?今年の生徒会は!?去年の奴らを見習え!?」
俺が何故かホスト野郎にブーブーと文句を言われまくっていると、隣で笑いの渦に飲み込まれて居た野伏間君がいつの間にか復活して、俺の肩にポンと手を乗せてきた。
しかも、さっきまで笑いまくっていた目が、今は全く笑っていない。
あれ、野伏間君。
怒ってるのか。
「セーンセ。俺ら忙しいの。だからさ……」
そして、次の瞬間には先生が突き出していたプリントに交差するように野伏間君が先生の目の前に1枚のプリントを突き出した。
その、何とも言えないピリリとした光景に、俺はなんとなくチラリと野伏間君の方へ目をやった。
うん。
やっぱり目は一切笑ってない。
完璧、怒ってるよ。
この野伏間君、俺はどこかで見た事がある。
「この位の、カス仕事もうとっくの昔に出来てんだよね。カス。テメェが仕事サボって此処にこなかったから俺らの仕事がどこまで出来てんのかも把握できてねぇんだろ。バカはテメェだっつーの」
野伏間君が一気にそう言葉を放つと、目の前にプリントを差し出されたホスト野郎は驚いたように目を見開いていた。
そんな相手に、野伏間君の猛襲は止まない。
うん。
この野伏間君の顔、どっかで見た事あるなぁと思ったら。
「生徒のケツ追っかけてぶっこんでる暇があんなら、少しは教師の仕事をまっとうしてほしいよね。あんまし職務怠慢でバカな事ばっかり言ってると、学園長に直談判してテメェを学園から追い出してやるから」
「っ!?テメェ……野伏間」
「アンタがどんなに人気のあるエロ教師だとしても、これ以上俺らに迷惑をかけるんなら、絶対にアンタを追い出してやる。ここでの生き方は、俺の方が遥かに詳しいのはわかってるよね。アンタなんかすぐに追い出してやる。いいかなぁ?センセー?」
野伏間君の、この顔。
『仕事する気ないならどっか行ってくれないかなぁ。カイチョー』
最初に俺にそう言ってきた野伏間君の顔と、まったく一緒だった。
だから俺はちょっとだけ思った。
この生徒会室は、野伏間君にとって凄く大事な所なんじゃないかな、と。
仕事しないヤツは立ち入り禁止。
楽しむ資格も、他人を責める資格、存在する資格もない。
ここは多分、野伏間君にとっての……
「ホスト野郎!ここは俺達の城だから、働かねぇなら出てけや!バーカ!」
俺が思わずそう叫ぶと、今までどこか怖い笑顔でホスト野郎を責め立てていた野伏間君が、驚いたような目で俺を見てきた。
そうだ。
ここはお城だ。
俺達が、俺達の為に作った、大事なお城だったんだ。
学校を作って、動かして、大変だけど、楽しいなって笑いあった。
俺達の大事なお城
俺の幸せ
だった気がする。
「カイチョー……」
「ほーら!こんなバカほっといて、さっさと仕事すっぞー。野伏間ぁ!」
俺はホスト野郎によって目の前に突き出されて居たプリントを引きはがしグシャグシャにすると、とりあえず、笑って野伏間君の肩に腕をかけた。
その時の野伏間君が、また、何とも言えないような顔で笑うから。
俺もまた思ってしまった。
やっぱり、俺の幸せはここにある、と。
————
その後、ホスト野郎が帰ってから俺はどこか皺の寄った学ランを野伏間君から手渡された。
なんか悲しい言葉と共に。
「カイチョー、これ。脱ぎ散らかしちゃダメじゃん」
「…………はい」
ちょっと恥ずかしかった。