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第25話:白い藻みたいなもの
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「はい、では一週間後、こちらでお待ちしております。また何かありましたら、ご連絡ください。はい。では、失礼します」
ピッ。
そう、短い電子音の後、何事もなかったかのように電話の受話器を置く野伏間君に、俺はどうしようもないくらい感動していた。
すばらしい。
すばらしいよ、野伏間君。
そんな、素晴らしいキミに、俺は心から拍手と賞賛の言葉を与えよう。
「カイチョー。業者の人が来週こっち来てくれるって。どんな風にステージ作るか話し合わないといけないみたいだよー」
「ひゅーひゅー、すばらしいお電話でした。野伏間君。なんて堂々たる電話光景でしょうか。俺は友達の家にかけて親が出ただけでも緊張するというのに。すばらしい、あなたはすばらしい人材ですよ。あなたが居て本当によかった」
パチパチパチパチ。
俺はなんとも微妙な表情で俺を見てくる野伏間君に、ひたすら拍手を送る。
呆れたような目で俺を見てくる野伏間君だけど、口元はちょっと笑ってくれてるから、きっとウザいとは思われて居ない筈だ。
………たぶん。
現在11時45分。
俺達はまた朝から3時間くらい、たまっていた仕事に精をだした。
そしてつい先程、休憩と称して文化祭の野外ステージの設置を頼む業者に電話をかけたのだ。
『はい!どっちが業者の人に電話かけるかじゃんけんで決めよう!負けた人が電話する係!勝った人は隣でメモとる係!』
そう、勢い込んでじゃんけん戦に持ち込もうとした俺に、野伏間君はとてもあっさりと『俺がかけようか?』と申し出てくれた。
とても、心底、本格的に、電話が苦手な俺にとって、その申し出は俺の目の前にコーヒー牛乳を持った王子様が現れたかのような衝撃だった。
野伏間君、男前すぎる。
しかも、メモとる係も野伏間君は普通にやってくれた。
一人でやった方が効率いいから、って。
だから俺は野伏間君が電話する間は一人、手に汗握って電話の様子を伺っていたのだった。
「ただの電話だからねー。相手は普通の人だから。そんなに凄い事じゃないからー」
「いえ!俺には到底出来ない所業です!野伏間君、ありがとう!会計なのに、何でもできるね!」
「いやいや。役職関係ないよー」
そう言って少しだけ嬉しそうな表情を浮かべる野伏間君。
そんな野伏間君に、俺はひとまず拍手を終了させると、こんどは野伏間君のとったメモを手にとってみた。
これは無くさないようにしないといけない。
無くしてしまったら、やってきた業者さんを放置プレイしかねないからな。
「よし、これは無くさないように分かりやすいところに、見えるように置いておこう」
「そうだね、わかりやすいところに……」
そう言って俺と野伏間君は互いに自分達の立つ、生徒会室を見渡した。
そうして、視界に入って来たプリント、書類、ゴミ、用具の山々。
空き巣でも侵入したのではとも思える、その荒れまくった部屋に、俺と野伏間君は虚空を見つめた。
「……いつか、片づけないとね」
「うん、いつか片づけないと。……今度、時間がある時に……」
「……カイチョーさ、片づけ得意?」
「いや、俺、ほら……年末の大掃除の時に一気にやる人だから。一極集中タイプっていうやつ?ほら……年に1回しか掃除しない人だから。……野伏間君は……?」
「まだ。ここさ、俺の部屋よりきれいな方だね」
「………野伏間君のそういうとこ、俺すきー」
俺は一気に野伏間君を身近に感じると、野伏間君の肩に腕を乗せてグリグリと肩を寄せ合った。
いや、意外や意外。
野伏間君ってば、部屋はとてつもなくきれいな人かと思っていたが、そうではないらしい。
部屋きたないってね……いいね、仲間、仲間。
汚友達。
好きなモノが被るより、ダメなところが被った方がグッと距離を近く感じるのは何故だろう。
「片づけってさ、まず、どこをどうやったらいいかわかんないんだよねー」
「わかる。もうゴミとか漫画とか床に溜まりまくって、どっから手つけたらいいかわかんないし。」
「今部屋に置きっぱなしにしてある飲みかけの紅茶から、何かが培養されるのも時間の問題かなって最近思ってきたんだー。夏だったらヤバかったと思うんだよねぇ」
野伏間君がどこか遠くを見ながら言うその言葉に、俺も自分の記憶にある似たような経験をふと思い出した。
「俺さ、昔、飲みかけのペットボトルが部屋で爆発した事あるよ。あと、コーヒー牛乳の飲みかけに白いものが浮いてた事もある」
「…………白いものって……?」
「わかんない。なんかしろーいうっすらした藻みたいなのが浮いてた。凄く気持ち悪くてぞっとした」
「それ、何月くらいの話し?」
「たぶん……今くらい。10月くらいだったと思うけど」
そう、確か、あれは10月くらいだった。
だって、つい最近の事だし。
ペットボトル爆発したのも、紙パックの中に白い何かが浮いてたのも。
そしたら、めっちゃ母さんにキレられて……。
一時は家から追い出されそうになったほどだ。
俺が野伏間君の肩に手をかけたまま苦い過去を振り返っていると、なにやら野伏間君の表情が微妙に引き攣ってきていた。
心なしか顔色も悪い。
「………まず紅茶のカップ洗う事にする」
「それがいいよ。白いものが浮いてきたら、ちょっと、いくらカップの中とは言え触りたくなくなるから。ぞっとするからね」
「………っていうか。カイチョー、俺ちょっと部屋行ってくる!」
カッ、とどこか目を見開いて叫ぶように言った野伏間君に、俺はどこか気持ちがワクワクするのを止められなかった。
野伏間君の紅茶に、白いのがあったら、それは凄く面白そうだ。
何故か。
それは他人事だからだ。
「俺も行くー!野伏間君の部屋行くー!そんで、帰りにご飯買って帰ろう」
「俺、白いのがあったら食欲無くすかもしれない。早行くこう!カイチョー」
見た事のない顔でビビり始めた野伏間君に、俺は更にテンションが上がるのを感じると、手に持っていたメモ紙をテキトーに放り投げた。
その瞬間、午前中の授業の終わりのチャイムが生徒会室に鳴り響く。
それを合図に、俺と野伏間君はプリントやゴミの山の生徒会室を駆けだすと急いで部屋から飛び出した。
走った勢いで部屋の中のプリントがちょっとだけ宙に舞った。
「白いの浮いてたら、俺が洗って上げるね!野伏間君!」
「うあーっ、想像したら鳥肌立ってきたんだけど」
「あはははっ!浮いてたら面白いなぁ」
授業が終わって、どんどん教室から出てくる生徒達の間をすり抜けて、俺と野伏間君は走った。
そらもう全力疾走で。
風のように吹きぬけて行く周りの景色と、どこか驚いたような目で俺達を見つめる生徒達に、俺は更に楽しくて仕方ない気分だった。
消えて行く景色の中に、見た事のあるモジャ男軍団の家臣達も居た。
「ねぇ、野伏間君。お昼何にする?コーヒー牛乳?」
「そんな事より俺の部屋!」
寝てないせいで、妙にハイテンション。
意味なく笑えてきて仕方が無い。
だから、俺はすっかり忘れていた。
昼休みに、俺が生徒会室に呼び出した悪魔の事を。
本当に、すっかり。