第27話:もし俺が居なくなっても

 

 

 

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第27話:もし俺が居なくなっても

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「野伏間君、先に入って。俺はジェントルメンだから後でいいよ」

 

「カイチョー、セコイよ」

 

「セコイんじゃない。俺はジェントルメンなんだ。ほらお先にどうぞ。王子様」

 

 

俺は早口でそう言うと、どこかし白々しい目でこちらを見てくる野伏間君を扉の前に誘導した。

ほら、お入り。

 

そう、俺が野伏間君を誘導する先にあるのは暗黒のオーラを漂わせる我が城、生徒会室へと誘う扉。

たぶん、ここにはヤツが居る。

 

そう、暗黒の力を行使して生徒会長の座を我が物とせん、魔王秋田壮介が。

 

つーか、俺が呼んだんだから多分居る。

いや、絶対居る。

 

なんか中からガタゴト音が聞こえてくるから。

なんか中で蠢いてる感マックスだから。

 

 

「カイチョーが秋田なんか呼ぶから……。アイツ、いちいちなんかあると文句ばっか言ってきてメンドーなんだよねぇ」

 

「シッ!魔王様に聞こえたらどうするんだ野伏間君!きっと放置プレイに怒って、部屋を破壊しているんだ!早くどうにかしないと」

 

「いや……さすがに、いくらアイツでも部屋を破壊したりはしないでしょ。ほーら、カイチョーが呼んだんだから、カイチョーが先に入らないとねー」

 

「っうへ!?」

 

 

野伏間君はそう言うや否や俺の腕を勢いよく引っ張ると、もう片方の手で勢いよく生徒会室の扉を開いた。

そして、そのまま俺は野伏間君に背中を押され、俺は開かれた扉の中へ、前のめりの体制で足を踏み入れた。

 

そして。

部屋に入った瞬間、まず最初に目に飛び込んできたのは。

 

 

「っへ……?」

 

「……っ西山」

 

 

 

驚いた顔で俺を見つめる、

 

山盛りのゴミ袋を片手に持った秋田壮介の姿だった。

 

 

 

「えと……あの。何を……しているのですか……?」

 

「……掃除じゃない?」

 

 

俺の隣からは、秋田壮介の姿に至極当然な呟きを洩らす野伏間君の声。

 

あ、いや。

掃除かなって俺も思ったよ。

うん、ゴミ袋持ってるし。

掃除かなっていうのはうすうす思ってた。

 

いや、でもさ。

でも、何で秋田壮介が掃除してんの。

 

 

俺と野伏間君がポカンとした表情のまま、ゴミ袋を片手に持つ秋田壮介を見つめていると、秋田壮介は眉を寄せ、勢いよく表情を歪めた。

と、同時に秋田壮介の耳は、これでもかと言うくらい真っ赤に染め上げられていった。

 

 

「西山!この部屋はどう言うつもりだ!これでも生徒会室か!?」

 

「え、いや。はい……」

 

「お前は生徒会室を何だと思っている!?ゴミの掃き溜めだとでも思っているのか!?身のある場所を正さずして、何が仕事だ!生徒会だ!こんなになった生徒会室を放置して、恥ずかしいとは思わないのか!?西山!」

 

「……ご、ごめんなさい」

 

 

いつの間にか俺の目の前で、表情を歪め耳を真っ赤にして説教をしてくる秋田壮介に、俺はひたすらヘコヘコするしかなかった。

だって今の秋田壮介はな、んかヘコヘコしなきゃいけない気がする。

怖いからじゃない。

これは魔王様的な、封印されし暗黒の力がどうのというモノではないのだ。

 

そう、これはもっと身近な。

気付いたらいつも怒られている。

謝らないと説教が永遠と続いてゆく。

 

そう、これは。

母ちゃんのような怖さなのだ。

言っている事が、どうにもこうにも正し過ぎて、何の反撃も繰り出せない。

 

まさに母ちゃんみたいな無敵さを誇る秋田壮介だ。

俺の部屋を見るたび、豚小屋と称してくる。

あの絶対神的母ちゃんが、ここに降臨なされたのだ。

 

 

「秋田壮介。ごめんなさい。今度からちゃんと片付けます」

 

「今度ではなく今しろ。身の周りを正してこその学校のトップではないのか。貴様は生徒会長だろうが」

 

「……今度するよ。ちゃんと」

 

「今度とはいつだ。言ってみろ」

 

「今年の大みそか……」

 

「ふざけるな!」

 

 

ひぃぃぃ。

怖い。俺は真面目に答えた筈なのに怒られた。

俺は掃除は1年に1回派なのに。

31日の大掃除の時には人一倍頑張る人なのに。

 

俺が秋田壮介の猛襲に膝を折りそうになっていると、隣に立って居た野伏間君が思いもよらない事を口に出してきた。

 

 

「……あー、もう。めんどくさー。今忙しいんだから、今度っつったら今度なんだよ。うっぜーな」

 

「なんだと……?」

 

 

ひぃぃぃぃ。

野伏間君め。

言っちゃったよ、言っちゃった。

彼は今、母ちゃんの言う事を全く聞かなくなった思春期男子みたいになってます。

 

危険です。

命知らずです。

 

しかし、命知らずが故に相手の理屈とか言い分とかが、どんなに正しかろうが攻撃を繰り出すので唯一、母ちゃんに攻撃できるお年頃です。

 

ちなみに俺は反抗期らしき時に母ちゃんに“クソババァ”と言ったら部屋にあった漫画を全て燃やされた経験があるので、俺には本格的な反抗期は訪れませんでした。

 

俺は自分の平和な生活の為に、反抗期を封印したのだ。

さすがに、スラムダンクを燃やされた時は、ショック過ぎて次の日学校を休んだぜ。

 

 

「つーかさぁ」

 

 

俺が過去を思い出し少しだけ泣きたくなっていると、俺の隣に居る野伏間君がどこか挑発するような顔で秋田壮介を見ていた。

しかし、それと同時にその目は薄く俺の方にも向けられていて、俺は瞬間的にドキリと心臓が大きく響くのを感じた。

 

 

「秋田はさぁ、俺達生徒会を潰すんじゃなかったの?カイチョーをリコールするとか言ってたんじゃないの?さっきの口ぶりじゃ、そう言うの全然感じないんだけどなぁ。もしかして、秋田はやっぱカイチョーに生徒会長してほしいって思ってんじゃないのー。ねぇ?」

 

「なっ!勝手な事を言うな!俺はこんな自堕落かつ自意識の固まりのような自分勝手な輩に、生徒会長など任せたくなどない!自惚れた事を言うな!」

 

「でもさっき“貴様は生徒会長だろうが”って言ってたじゃん。結局、秋田はカイチョーに文句は言うけど、カイチョーが生徒会長だって心の中じゃ認めてるんじゃないの?じゃなきゃ掃除なんてしないでしょ。素直じゃないなぁ、昔から」

 

「黙れ!………もういい。こんな所に用などない!俺はお前らが少しでも学校運営に支障をきたしてきたら、すぐにでもリコールする準備は出来ているのだからな。そこをよく理解しておけよ」

 

 

秋田壮介は吐き捨てるようにそう言うと、ゴミ袋をその場に置いて出口に向かって歩き出そうとした。

そんな秋田壮介に野伏間君は得意気な表情を浮かべると、口パクで俺に向かって口を動かしてきた。

 

カイチョーも何か言う事あるんでしょう?

 

 

その言葉に、俺はハッとすると俺の脇を通ろうとする秋田壮介の腕をガシリと掴んだ。

その瞬間、なんだか今朝の下駄箱での事が妙に頭にフラッシュバックして俺は思わず笑ってしまった。

 

 

「秋田壮介!ちょっと待って!」

 

「……っなんだ」

 

 

ガシリと秋田壮介の腕を掴む俺の手に、秋田壮介は不機嫌そうな表情のまま俺を見下ろしてきた。

 

 

「ちょっと待ってて!」

 

 

俺はそう言うや、俺の机まで走ると机の上に用意していた50枚くらいの書類の束を掴んだ。

そして、秋田壮介の元まで走ると、手に持って居た書類を勢いよく秋田壮介へと突き出した。

 

 

「受け取れ。お前の欲しがっていた書類だよ!」

 

「…………」

 

 

このやり取りも一番最初に秋田壮介に会った時を思い出して、懐かしい気がした。あの時は、仕事をしたのも野伏間君だったし、秋田壮介に睨まれて凄く怖かったから、やり逃げしたんだ。

けど、今回のは正真正銘、俺がやった仕事の結果だから、少しだけ誇らしい。

だから、逃げる必要もない。

 

どっちかって言うと、もっと秋田壮介と喋っていたいくらいだ。

 

 

秋田壮介はしばらく俺の差し出す書類を見ていたが、次の瞬間小さな溜息をつくと、俺の手から書類を奪うように受け取っていた。

 

 

「相変わらず、汚ない字だ。普通はパソコンだろうが。非常識にも程がある」

 

「………カイチョー、これ手書き……?全部!?」

 

 

書類の字を見て汚ないと言いながらも、その目に嘲りの色はない秋田壮介。

俺の隣では、秋田壮介の手の中にある書類に驚きの声を上げる野伏間君。

 

パソコンじゃないと非常識なのだろうか。

でも、まぁちゃんとボールペンでなぞったりもしたし。

 

秋田壮介は受け取ってくれたし。

別にいいだろう。

 

俺、けっこう頑張ったよ。

 

 

「俺、パソコン苦手だし、パソコンでするより書いた方が早いから」

 

「うわー……昨日の夜、徹夜でこれやったんだ……うわー。ほんとに……うわー。さすがカイチョーって言えばいいのかな」

 

「うへへー。これで今日のHR出れるな!野伏間君!」

 

 

HRの事を思い、俺はなんだか楽しい気分になると、野伏間君の肩を抱いてグリグリ体をこすりつけた。

あー、出しモノの話し合いなんて、スゲェ楽しそうだ。

そんな俺の頭を野伏間君は苦笑しながら撫でてくれた。

 

何だかんだ言って、野伏間君も楽しみそうな顔してるから嬉しいよ。

一緒に楽しんでくれると、楽しみって増大するから不思議だ。

 

 

「今日のHRで何かあるのか?」

 

 

そう、どこか警戒したような目で俺に尋ねてくる秋田壮介に、俺は勢い込んで答えてやった。

 

 

「今日のHRはさ、クラスの出しモノ決める日だよ!今日は秋田壮介も出た方がいいよ!」

 

 

あぁ、想像しただけでもワクワクする。

楽しみ過ぎる。

しかしそんな俺に、秋田壮介はそんな事かと言わんばかりの表情で俺の方を見て溜息をついた。

 

 

「クラスの出しモノなど、基本的に俺は参加しない。風紀の方で当日は忙しいからな」

 

「参加しろよ!秋田壮介のクラスも面白い事提案するかもしれないじゃん!もし面白くなかったら、秋田壮介が提案すりゃいいじゃん!いろいろやった方が楽しいし!時間なんて作ればできるだろ!」

 

「俺は風紀委員長だ。その日は全体の統括をせねばならん。俺が席を外す事などできない。まとまりがとれなくなるからな。」

 

 

頑なに、そして冷めた目つきでそんな事を言ってくるものだから俺は、その瞬間カッと体が熱くなったような気がした。

 

人間一人が居なくなったからと言って、そうそう何も変わるわけじゃない。

そんな状態があるとすれば、逆にそんな状態は間違っている。

おかしい状態だ。

 

何故なら。

一人居なくなっても、他の人間の日常は続いて行くのだから。

 

 

「おい!秋田ぁ。お前、自分一人がなんぼのもんだと思っていやがんだ?あぁ?お前が居なけりゃ風紀は回らないとでも?ふざけんな!」

 

「っ!」

 

「風紀を、そんな危機的状況に自分から持ってくなんてアホにも程があんだろ!普通、何かのトップって奴はな、基本的に自分が居なくとも常にそのシステムが上手く回っていくように作っとくもんだろうが。トップは仕事の中心じゃねぇ、指揮だ!自分に重要な仕事を集めるんじゃねぇ!自分が居なくなっても、その組織が回って行くような組織を作っていくのが役目だ!それでもお前は風紀委員長か!?」

 

 

俺は叫びながら自分の姿を顧みた。

そして、過去のバカな自分の隣で、たった一人で組織を維持してくれていた人に目を向けていた。

この組織は、トップなしでも。

たった一人でも。

 

ギリギリの状態で、ここにあり続けた。

あり続けてくれた。

 

 

「生徒会はな……トップがバカやらかしても、メンバーが散り散りになっても。今もこうして“ある”ぞ。一人で、組織を維持してくれるヤツが、ここに居たからだ。生徒会は存続した。じゃあ逆に聞く!同じ状態で、風紀は存在できたか?トップがバカやらかして、メンバーが居なくなって尚、組織はあり続けられるか!」

 

「っ……俺はそんな事態には……絶対、させない。俺はお前とは違う……!」

 

「秋田ぁ?世の中に絶対はない。自分と言う人間程、知らぬ間に自分を裏切っている存在は居ないからな。だから。俺らトップはそう言う組織を作らなきゃならねぇ。何故なら俺達リーダーってやつにはは……その責任があるからだ」

 

 

 

“俺”が居なくなっても、きっと生徒会は上手く回る。

きっと、回っていった筈だ。

だって“生徒会長”なんて言ったって、所詮は一人の人間に過ぎないんだから。

 

俺の周りに居た人達が、上手くやっていってくれたと。

俺は自信を持って言える。

 

 

「だからさ。秋田壮介」

 

 

俺は、また気分がホワホワと浮き上ったような気分になると、秋田壮介の腕を掴んで笑ってやった。

 

 

「俺と一緒に、文化祭。放送ジャックしようよ!」

 

 

ぜってー楽しいぜ!

 

 

そう言って笑った俺に、何故だか秋田壮介は、何故か少しだけ悔しそうな……懐かしそうな目で俺を見ていた。

だから俺は、いつかだったかは忘れたが懐かしい過去の、あの悔しい思いを晴らしてやった気がした。

 

 

“ほーら、やっぱり怒られてる!”

 

 

怒られてもいいんだよ!

楽しければな!

 

 

 

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