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幕間5:コンビニにて3
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「はぁ?文化祭の日。コンビニ全店休みだぁ?なんだよ、そりゃ」
午後3時。
5限目開始のチャイムの鳴り響く客の居ないコンビニの中。
いつもの薄汚れた作業着を着て現れた了は驚きの声を上げていた。
そんな了に、第4売店の店長を務める哲氏は笑いを堪えるような表情で商品の調整を行う。
「了さん。休みじゃなくて“完全閉鎖”ですよ。流通ストップです」
「だーかぁら、そりゃ休みっつー事だろーが。一体いきなりどうしたんだ?ここが盆正月以外で休みなんてめったにねぇだろ。夏休みすら毎日営業のここが」
そう。
ここのコンビニには休みと言うものがほとんどない。
山奥と言う特殊な場所に位置する学園故、こコンビニは学生たちの生命線ともいえるのだ。
故に、休みが無い。
だから、了の会社でも、この学校の担当は鬼門とされ、誰も担当したがらないのだ。
それが、こんな何の変哲もない平日に休み。
おかしい事この上ないではないか。
それに。
「休みなものは休みなんですよー」
どこか楽しそうな表情で機嫌よく商品を陳列していく哲氏の姿を、了はコンビニのレジ前から不思議に思いながら眺めていた。
少年の、この機嫌の良さが、一番不可解な点だ。
この、平山哲氏という少年は与えられた仕事が、今の自分の全てという少年だった。
仕事をしないという状態に対して、酷い罪悪感を募らせる。
借金のカタという特殊な境遇がそうさせるのだろうが、哲氏は誰が何と言おうと仕事に休みを作ろうとはしなかった。
店長だから。
借金があるから。
そう言って、彼は1年365日、このコンビニが開いている時は常に店に出ていた。
仕事をしなければ、一体自分が何をすればいいのか。
最近はそんな事を口にするようにすらなっていた。
本来ならば、まだ遊び盛りである筈の18歳の少年に、了は出会った当初から同情せずにはいられなかった。
しかし、どうだろう。
今の哲氏は“店が休みになる”という状態を楽しみにしているように見える。
将来に楽しみに持つ。
それこそ普通の高校生のような目で、無条件に将来を待ちわびている。
それが了には珍しくもあり、嬉しくもあった。
「文化祭の日。自分達の出しモノに売り上げを集中させるために、コンビニはお休みさせるんだそうです。生徒会長さんのアイディアみたいですよ」
「っは。小賢しい手使いやがるなぁ。生徒会長って昨日、お前にメーカーと直接商品取り引きさせろって言ってきたヤツだろ?金持ちの癖に、ケツの穴の小せぇやつだな」
「お金をかけないに越した事はないじゃないですか。お金持ちなのに堅実でいい人ですよ。面白いし。優しいし。いつ見ても笑ってて楽しそうだし」
そう言って笑う哲氏は、やはりどこか楽しそうで。
了はその表情の意味するところに、少しだけ思考を巡らせてみた。
ここは男子校。
山の中の、金持ちや特殊な家庭を持つ少年達の住まう学校。
周りに異性のいないこの環境では、やはり普通の学校では営まれない活動があるようで。
了は、初めてこの学校に商品を納入しに来た時に見た衝撃的な現場を思い出して眉をしかめた。
あれは……ちょっと濃かった。
全てが。
「お前……もしかして、その生徒会長に惚れちまったんじゃねぇだろうな……?」
「っはぁ!?ちょっ!何言ってんですか、了さん!?」
「いや、だってな。お前、やけに楽しそうじゃねぇか。恋でもしたのかって思ってよ」
「違いますよ!いくらこの学校が……えーっと……その。男同士で……その。いろいろある学校だからって……俺まで一緒にしないでください。俺は普通の公立高校に居たんです。女子だってたくさん居ました!」
顔を真っ赤に染めながら必死に否定する哲氏に、了の目は更に疑いの色が濃くなる。
不幸な身の上の自分に優しくてくれるイケメン生徒会長。
しかも感覚派庶民で、面白いらしい。
周りも当たり前のように同性同士でキスやらそれ以上の事をしでかす中、そこに恋心が芽生えるのはさほど不自然な事ではない……気がする。
などと了は自分の思考がどうしてもソッチに向かっていくのを止められなかった。
「違います!絶対違う!俺はただ文化祭が楽しみなだけなんです!」
「生徒会長の勇姿が見れるからな……」
「違うっつってんだろうが!俺も文化祭に参加させて貰える事になったんだって!だから楽しみなんだ!」
そう、勢いよく叫んできた哲氏に、了はパチリと目を瞬かせると、ジッと哲氏を見つめた。
逆に見つめられる哲氏は、どこか気まずげな顔で、商品の置かれている棚から手を下した。
「生徒会長さんが……コンビニ休みなんだから、一緒にクラスの出しモノやろうって言ってくれて……。何するかは、今日決めるらしいんだけど、模擬店やりたいから接客とか教えて欲しいって」
「へぇ。そりゃ楽しそうだな」
口を開く度に、どこか嬉しそうな表情を浮かべる哲氏に、了は店に来た瞬間から機嫌のよかった哲氏の様子に我点がいった。
やはり、哲氏も18歳。
店長なんて肩書を持ってはいるが、まだ子供。
この表情こそが、少年のここに来る前の“当たり前”の表情だったのかもしれない。
「俺、高校で文化祭した事ないから、楽しみなんです。中学までは文化発表会で、祭りって感じじゃなかったから。でも、ここのは毎年凄く盛り上がってて。でも、今までは俺は関係ない事だからって、よく知らなかったけど、今回は俺も参加できるし……ほんとに楽しみなんです。会長さん、何提案するのかなぁって。ずっとワクワクしちゃってたんです」
「へぇ、文化祭ねぇ」
臆面もなく文化祭への気分の高揚を見せる哲氏に、了はレジ横にかけてあるカレンダーに目をやると、自然と口元に笑みを浮かべてしまった。
そこには、真っ赤なマーカーで文化祭の日程の日に赤丸が付けてある。
それはきっと、文化祭への参加が決まった瞬間、この目の前の少年が満面の笑顔でつけた印なのだろう。
「………11月……」
了はその印の付けられた日にふと、何かを思い出すと目を細めてそのマーカーに囲まれた数字を見つめた。
そして、次の瞬間。
何かを思いついたように「よし」と小さく声を上げた。
「どうせここが休みなら、俺も有給取って1日休みにすっかな。哲氏君の晴れ姿でも見にこようかねぇ?」
「っへ?何をわざわざ。有給取ってまでやる事じゃないでしょう。了さん、俺をダシに有り余った有給使うの止めてくださいよ」
「そう言うなって。どうせその日は夜、ちょっとした集まりがあって休み欲しいなぁと思ってたとこだったんだよ?お前はそのついで」
ニヤニヤと笑いながら作業着の胸ポケットに入っていたペンと手帳を取り出しメモを取る了に、哲氏は不思議そうに首をかしげた。
「了さん。本当に休みとっちゃうんですか?」
「おう。どうせ俺の担当、今はここだけだしな。ここが休みなら有給使っても仕事の代役立てずに済むし、丁度よかった。昼間はここで若者の暴走でも見物して、夜は夜で楽しむさ」
「夜、何かあるんですか?」
哲氏は思わず聞いてしまっていた。
こんな立ち入ったプライベートな話を聞いてもよいものかと一瞬思ったが、手帳を嬉しそうに見つめる了に聞かずにはおれなかったのだ。
今のように。
そう、こんな子供のように笑う了を、哲氏はたまに見かける事がある。
その目が一体どこを見ているのかはわからないが、彼は笑いながらどこか遠くを見ているようだった。
見つめる先になにがあるのかは知らないが、その笑顔は楽しそうでもあり、そしていつもどこか寂しそうでもあった。
了は今、まさにそんな顔をしている。
「夜、な。同窓会があるんだよ。高校の」
「……同窓会、ですか」
「そ。毎年この日は平日だろうがなんだろうが集まる事になってんだよ。それが丁度、今年はここの文化祭の日と重なってるわけだ」
「あの、了さん」
「ん?何だ?」
そう言って手帳から顔を上げ、どこか遠くを見つめる了に、哲氏は口の中を湿らすように唾を飲み込んだ。
了は笑っている。
笑っているのに、その目が見つめる先は、どこか寂しさに苛まれているように見える。
何かを探しているように、見える。
「………なんで。その日なんですか……?」
金曜日でも、土曜日でもない。
祝日ですらない。
そんな日に、同窓会。
何故だろう。
その日に、“何か”あるのだろうか。
背筋に、ピンと張りつめた線があるような、どこか落ち着かない気分で哲氏は了を見ていた。
そんな哲氏に、了は笑い飛ばす様に言ってのける。
「毎年この日は集まるんだ。バカが死んだ日だからな!」
そう言って笑う了に、哲氏は見つけてしまった。
17歳の、どこか不貞腐れた、少年の顔を。
確かに、見つけた気がした。