第28話:足りないものがある1

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少年は、たった一人呼び出された生徒指導室の中で不貞腐れていた。

何で俺だけ。

そんな思いでいっぱいだった。
少年は教師達に囲まれながら、淡々と聞かれた事に答えていた。

絶対、怒られる。
絶対、集会とかで問題に取り上げられる。
クラスメイトから笑いのネタにされる。

あぁ、何で俺だけ。

少年は誰も怒ってはこない、どこか神妙な顔つきをした教師達に囲まれながら、不満の中に違和感を覚えていた。

あぁ、何で俺一人だけこんなところに居るんだ。

一人の教師が辛そうな顔で肩を叩く。
それは少年のクラスの担当をしている教師であった。

昨日のHRの時には笑顔と呆れに満ちていたあの顔が、今は何故だか暗い。

あぁ、何で俺だけ。

少年は昨日の笑いに満ちたHRを思い出し、また不貞腐れた。
1ケ月後に控えた文化祭。
クラス出店の話し合いで、真っ先に手を上げるアイツ。

いつものように、とんでもない提案をしてきたアイツに、クラスメイト達は文句を言いながらも大いに沸いていた。
そして、いつものように自分に向かって同意を求めてきたアイツの姿。
そんなアイツの破天荒な意見を、少年は大いに笑い飛ばしてやった。

不貞腐れるアイツ。
それを見て笑う少年。
不貞腐れる相手を笑いながら、少年はいつも真っ先に自分に意見を求めてくるアイツに優越感を覚えていた。

結局アイツが最後に頼るのは自分なのだと言う事実が、少年には誇らしくて仕方が無かったのだ。

 

あぁ、もう。
何で、俺だけなんだよ。

少年は頭の片隅から離れる事のない、笑い声に耳を塞ぐと、また

 

不貞腐れた。

 

 

 

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第28話:足りないものがある1
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俺は必死に手を上げていた。
こんなに必死に手を上げたのは、小学校の時の授業参観の時以来かもしれない。

「はいっ!はいっ!はいっ!」

答えなんて一切わかっていないのに、誰よりも勢いよく、自信満々に手を上げていた、あの若かりし頃の俺の再来だ。
当てられた瞬間、我に返って焦りまくるのがあの頃の俺のセオリーだぜ。

「はいっ!はいっ!」

「カイチョー、そんなに連呼しなくても、ちゃんと聞こえてるって」

「はいっ、はいっ!はーい!」

隣から、野伏間君の溜息が聞こえてくる。
しかし俺の挙手の猛襲は止まない。
止められない。

だって、やっと俺は念願だったクラスのHRに参加しているのだ。
これは止まってなどいられない。
駆け抜けなければ、周りから先にドンドン妙案が出てしまうかもしれない。

「はい!はい!はい!はい!」

やたらと「はい」を連呼する俺に、黒板の前に立つ、明らかに委員長的風貌のヤツがポカンとした表情で見つめてくる。
周りのクラスメイト達も同じくポカンとしている。
まぁ、中には俺と野伏間君を見つめ、うっとりと表情をとろけさせている可愛い子もいるが。

しかし俺は騙されない。
どんなに可愛かろうと、皆学ランを着ているから男の子だって知ってる。
だから、俺は騙されない。

でも、あんな恋する乙女みたいな顔で見られちゃ、俺の恋愛経験の乏しい胸は無意味にときめいてしまったりしない事もない。

だが、しかし今はそんな事より。

「はいっ!はいっ!はぁぁぁっ……」

「ほら、無意味に連呼するから。カイチョー、少しは落ち着きなよ」

俺は一人椅子に座ったまま、ハァハァと息を切らせると一旦手を上げるのを止めた。
と言うか、こんなに疲れるまで俺の挙手を放置プレイって何。
もしかして俺は委員長に嫌われているのだろうか。

俺が手を下して嘆く様な目で黒板の前に立つ委員長を見ていると、委員長は我に返ったような表情で慌て始めた。
そんな委員長に、隣に座る野伏間君が「もう一回言ってあげてー」と叫ぶ。

すると、委員長はハッとし、チラリと俺の方へと目をやった。

「えっと、その、あの……誰か、意見のある方は……?」

「っはい!はいっ!っはい!」

もう一度巡って来たチャンスに、俺は椅子から飛び跳ねるように手を上げた。
隣からは、やっぱり野伏間君の苦笑するような声が聞こえる。

「……それでは、西山会長」

「はいっ!俺提案ありまーす!」

「えっと、その提案は……?」

おずおずと尋ねてくる委員長と、その後ろでチョークを構える副委員長らしき男の子がジッと俺を見てきた。
そんな二人に俺はニヤリと笑いかけると、周りのクラスメイトの視線も一気に俺に集まったのがわかった。

「メイド喫茶がやりたいです!」

俺がそう叫んだ瞬間、隣からブッ、と何か吹きだすような声が聞こえてきた。
それはもちろん野伏間君のリアクションだろう。
なんて素晴らしいリアクションをとるんだキミは。

よし、芸能界に行ってこい。

「メ、メイド喫茶……?」

「そう!ほら、書いて書いて!黒板っ!」

俺は更にポカンとする副委員長を促し、黒板にメイド喫茶の文字を躍らせた。
うん、これは良い。
女装ってだけでも無駄に盛り上がるのに、メイドとなったらどうなるだろう。

そりゃあもう無駄に盛り上がるな、これは。
そう、俺が心の中でガッツポーズを決めた時だった。
俺達を蕩けるような目で見つめていた可愛い子軍団の一人が「はいっ!」と可愛い声で手を上げてきた。

マジでキミは男の子ですか。
声まで可愛いなんて。
女の子が男子校に秘密で入学してきたとか言うオチではなかろうな。

「あのっ!メイド兼執事喫茶なんてどうですか!?秀様には……その、執事やってもらいたいなぁって……」

「っっ!?」

思わず飛び出したその意見に、俺は心臓を抉られるような思いがした。
それは、意見を言った子が物凄く可愛かったからではない。
俺への呼び方が「秀様」だったからでもない。

その意見。
それこそが、俺の恐れていた“妙案”だったからだ。

しかも。

「あっ、それいい!絶対、太一様の執事も素敵だよぉ」

「陣太様の執事も見てみたぁい!」

「確かに、それなら盛り上がりそうだなー」

「売上も見込めそうだし」

周りも、この何の変哲もない普通の妙案に流されている。
妙案なのに、何の変哲もないとはおかしな話だとは思うだろうが、これは俺が恐れていた妙案なのだ。

俺や野伏間君が執事?
「おかえりなさいませ。お嬢様」ってヤツ?
なんだそれは……。
そもそも、ここにはお嬢様いねぇじゃん。

いや、そうではなく。

「でしょー!絶対いいよねー!執事喫茶!」

そんなもの……
そんなものの………

「異議あり!!」

「っへ!?っあ、はい!」

「委員長!俺は可愛いあの子の意見に、モノ申す!」

どこが面白いんだ!

「俺は絶対にメイド喫茶を押します!メイド喫茶を押す理由を、俺は今から皆さんにご説明致しましょう!」

俺はそんな優れた思いつき、欲してはいない。
妙案は優れた思いつきの事を指す。
しかし、それが故に妙案には足りないものがある。

そう、優れた意見には。
この妙案には男子高校生たる精神的欠点があるのだ。

それは。

「若気の至りが足りません!」

俺は一息でそう叫ぶと、ポカンと注目するクラスメイトに向かって息を吸い込んだ。

 

 

 

 

 

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『女装喫茶やりたいです!』

『お前一人でやってろ。バカ』

『白木原も一緒にやろうぜー!俺とお前!女装して校内宣伝班な!』

『いっぺん死んでこい。この女装魔がっ』

お前が提案した癖に。

少年は教師の居なくなった生徒指導室で不貞腐れていた。

 

お前が一番楽しみにしてた癖に。
お前が一番笑ってた癖に。
お前が一番ふざけてた癖に。
お前が、
お前が、
お前が、

 

俺が、隣に居たのに。

 

少年は耳の奥に響き渡る放課後のチャイムの音に、目を閉じた。

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