幕間6:学園長室にて3

 

 

 

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幕間6:学園長室にて3

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「定例会の後、ちょっと時間あるかな?神埼学園長」

 

「ありません」

 

 

 

午後3時15分。

5限目に入った静かな学園の最上階。

いつものピシリとしたタイトなスーツに身を包んで現れた蓮見は、これまた相手の言葉をピシャリと跳ねのけた。

 

そんな蓮見に、城嶋学園の学園長を務める三木久は、苦笑しながら手元にある書類の束を所在なくいじる。

書類をいじるその手は、汗でびっしょりだ。

 

 

「ちょっとお茶とかしていきませんか?せっかく今まで話し合ってきた合併話を公表する日なんです。少しくらい今までの精をねぎらいましょうよ」

 

「嫌です。何故私が仕事でもないのに貴方と個人的にお茶などしなければならないんですか。最近忙しいんです。これ以上私の手を煩わせないでください」

 

 

 

そんな取り付く島もない蓮見の言い草に三木久は手に持っていた書類をクシャリと握りつぶした。

冷たくあしらわれるのには慣れている。

しかし、毎度のこととは言え、これはあんまりではないか。

 

三木久は自然と漏れる溜息に、更に気分を急降下させると、目の前に一寸のブレもない目で三木久を見てくる蓮見に目をやった。

 

 

「一応、俺達は婚約者って事になっていたと思うんだけど」

 

「だから、結婚するじゃないですか。そちらの学園とこちらの学園が」

 

「っはぁ。これだ……」

 

 

三木久の溜息に、蓮見はツンとした表情を緩めることなく手元にある書類に目を通すのみ。

 

婚約者。

それは今から10年以上も前に決められた事だ。

最初、その話を聞いた時は三木久自身、まだ若くありえないと思っていた。

しかもそれを聞いた時、この目の前で仕事の鬼と化している蓮見も、まだ中学生だったのだ。

 

親同士が決めた事。

だから婚約は仕方がない事だと、三木久はすぐに諦めた。

しかし、だからと言って三木久は婚約者である蓮見を妻として内心確立させる事はなかった。

 

三木久はまだ若く。

それ以上に蓮見も若かった。

 

三木久は蓮見の存在を仕事上の道具としか見ず、故に男女の交際など行ってはこなかった。

誰からも注目を集め、誰からも求められてきた若い三木久にとって、まだ中学生であった蓮見の存在など目に留める暇さえなかったのだ。

 

家同士の書類上の関係。

書類で作られた関係などに、自分は絶対に縛られはしない。

 

三木久はそう思い、蓮見を表では婚約者として扱っていたが、裏ではいつもの悪癖をフルに活用し男も女もあさりまくっていた。

 

よくある仮面夫婦。

そう、なるだろうと三木久は思っていた。

 

しかし、実際は違った。

 

 

『この婚約、お断りさせて頂きます』

 

 

20歳になった蓮見は突然そんな事を言いだした。

そして婚約破棄と共に、蓮見は提案してきたのだ。

 

 

『結婚などと言う古典的かつ、血縁による何の信頼の根拠もない繋がりよりも、もっと強い繋がりを作りましょう。ビジネスによる繋がりは、互いに足並みを揃え、利益を生む間は、どんな繋がり寄りも強固です。互いが互いの為に利益を生む関係こそ、これからの私達に必要な事ではありませんか』

 

 

そう言って手渡してきた婚約破棄の書類と、同時に会社グループの合併及びそれに伴うメリットを記した大きな合併構想案の書類。

その二つを蓮見は三木久の父に手渡し不敵に笑ってみせた。

それはわずか20歳の小娘が抱くには余りにも大きく、信じがたい野望だった。

 

しかし、その計画は実施された。

蓮見の力に満ちた言葉と、その行動力により。

大きな成功を納める事となったのだ。

 

その成功を得、三木久の父に大いに気に入られた蓮見は、更に三木久との結婚を迫られた。

そんな三木久の父に、蓮見はいつものように、顔に張り付けた鉄仮面を向け無感情に言い放った。

 

 

『嫌です。貴方の息子さんも、まだ遊びたい盛りのようですし。どうかその話しは二度としないでいただきたいものです』

 

 

そう言ってチラリと三木久の事を見た蓮見の目には大きな拒絶の色が見てとれた。

あの時の事を思い出すと、今でも三木久は肝が冷える。

 

あんな目で見られたのは初めてだった。

結婚など仕方ない、しかし自分は書類などには縛られない。

そう思っていたのは自分だけではなかったのだ。

 

むしろ蓮見の方がその想いが強かった。

 

蓮見の口から放たれた、三木久の遊び癖に三木久の父は多いに息子に溜息をついた。

三木久の遊び癖は有名であったし、父はそれを黙認していた。

かつて自分がそうであった為、何も言えないのだ。

 

だが、父は蓮見を気に入っていた。

故に、それ以後三木久は事あるごとに小言を言うようになった。

それほどにまで蓮見は気に入られているのだ。

 

故に、結婚はしていないが未だにしぶとく婚約だけは結ばされている。

 

むしろ、もう此方から頭を下げて「結婚させて下さい」状態なのだ。

 

 

 

「もう、キミも私も若くない。言いたい事、わかるだろう?」

 

「わかりません」

 

「いい加減結婚して身を固めないとって言ってるんだ」

 

「貴方のような浮ついた人間から身を固めると言う言葉が出てくるなんて、世も末ですね」

 

 

暗にどころか、ハッキリと「結婚しよう」と言っているにも関わらずこの対応。

確かに若い頃の浮つき具合を知っている蓮見からすれば、そのような言葉が出るのも無理もないのかもしれない。

 

しかし。

しかし、だ。

 

 

「私もいい加減落ち着きましたよ。将来のパートナーとして誰が一番ふさわしいか確信するくらいに」

 

 

三木久は立ちあがると、ソファに座る蓮見の前に膝をついて座った。

同じ目線で、同じ高さから蓮見の目を見つめる。

厳しい事を言われ続けても尚、何故だか蓮見の隣は落ち着くのだと、30代に入った三木久は思うようになった。

そこから、こうして何度も何度もプロポーズまがいの事を繰り返してきたのだが。

 

 

「あの、明りが遮られて暗いんですけど」

 

「………っはぁ。これだ」

 

 

三木久は深いため息をつくと、とりあえず蓮見の隣の空いたスペースに座った。

すると、蓮見は臆面もなく嫌な表情を浮かべ、ソファの端に寄る。

 

いつもこうだ。

三木久は蓮見の鉄仮面の表情か、この嫌そうな表情しか主に見た事が無い。

蓮見が純粋に笑った姿など、一度だって見た事が無いのだ。

 

つい最近。

他の男の話をした時に照れた表情を見たのだが。

あの時は今まで見た事のない蓮見の表情に興奮してしまったのだが、よく考えてみれば、あれは面白くない。

 

食事に誘っても、遊びに誘っても、ホテルに誘っても、蓮見は表情一つ変えない。

いや、ホテルに誘った時はこれまで見た事のないような顔で嫌がられたが。

 

とりあえず、それ以外の表情を三木久は見た事もないのに。

 

あの表情は面白くない。

 

三木久が生まれて初めてとも言えるヤキモチを焼いている隣で、蓮見は手帳を取り出しながら何かを書き込み始めた。

そして。

 

 

「定例会の終わった後は私用がありますので。早く帰らせて頂きます」

 

「何?何か大事な用事?」

 

「ちょっと、何、人の手帳を勝手に覗きこんでるんですか。子供ですか」

 

「キミが早く帰りたいなんて珍しいと思ってね。キミはぬかりの無い人だから、こんな大事な日に別の用事なんて入れないだろう?ズラせない特別な用事なのかな、と思って」

 

 

三木久は隠された手帳に、少しだけモヤモヤとした思いを抱えながら言った。

 

大事な用事なんだろう?

そんな事聞かずとも、そんな事は蓮見の表情を見ればすぐにわかる。

蓮見はまた、“あの”表情をしていたからだ。

 

どこか昔を懐かしむような、慈しむような。

とりあえず、こないだ蓮見の鉄仮面が見事に崩れ去った時と、同じ表情をしている。

 

だから三木久にはわかっていた。

何があるのかは知らないが、そこには三木久の知らない蓮見の表情があるに違いないのだ。

 

そう思った瞬間、三木久は口を開いていた。

 

 

「プライベートじゃなく、仕事だったら定例会の後、付き合ってくれるかな?」

 

「……なんですか?」

 

「お茶じゃなくて、キミにやって欲しい仕事があるんだよ。大事な大事な、うちの生徒への合併発表の挨拶。キミに出て貰いたいんだ」

 

 

そう、三木久が笑って言った瞬間、蓮見の眉がピクリと動いた。

そんな蓮見に構わず、三木久は言葉を続ける。

 

 

「定例会の日がね、うちの文化祭と重なってるんだよ。だから私はその日の閉会の場を借りて、合併を生徒達に伝えようと思っていたんだ。合併先の神埼学園の理事である貴方に、ここは一つお話をして頂きたい」

 

「………何故私がそちらの発表に出なければならないのですか」

 

「それは、相手方の学校の方がいらした方が、生徒達にも混乱なく、信憑性を持って伝えられるでしょう?そちらも、同じ事を私に頼まれたじゃないですか?」

 

 

そう言って余裕の表情を見せる三木久に、蓮見は眉を寄せたまま息をついた。

そう、三木久の言う通り。

蓮見も後日、学園に三木久を招き合併の挨拶を頼んだのだ。

だから、三木久の頼みにおかしな所など何もない。

 

 

「その日でなければならない理由は」

 

「こう言った大きなイベント事の後でなければね、集まらないんですよ。小等部から高等部までの生徒が一気には。閉会の場でならば集まるんです。さすがに幼等部は無理ですがね」

 

 

そう言って最後の詰みとした三木久に、蓮見はもう一度手帳に書かれた予定へと目を落とした。

そして小さくため息をつくと、手帳の予定に二重線を引いた。

 

 

「わかりました。その話。お受けいたします。仕事ですからね。仕方ありません」

 

「………本当にいいの?」

 

「自分からそうさせといて、それはないんじゃないですか?」

 

「……確かに。嫌な質問だったね」

 

「…………」

 

 

 

三木久の言葉を聞きながら、蓮見はもう一度手帳を見る。

二重線の引かれた予定。

それを見つめる、鉄仮面の奥にある、どこか悲しそうな蓮見に三木久は未だに胸にくすぶり続けるモヤモヤに突き動かされるまま、蓮見との距離を縮めた。

 

 

「ねぇ、何がある日だったのか。教えてくれないかな?」

 

 

 

金曜日でも、土曜日でもない。

祝日ですらない。

 

そんな日に、この仕事の鬼は何をしようと言うのか。

 

何故だろう。

 

その日に“何か”あるのだろうか。

 

 

三木久は今までで一番近くに蓮見を感じながら、どこか落ち着かない気分で蓮見を見ていた。

 

そんな三木久に、蓮見はいつものような鉄仮面を脱ぎ去り言ってのける。

 

 

「毎年この日は集まる事になっています。バカな人が死んだ日ですから」

 

 

そう言って小さく笑う蓮見に、三木久は見つけてしまった。

17歳の、どこか素直になれない、少女の顔を。

 

 

確かに、見つけた気がした。

 

 

 

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