第28話:足りないものがある2

 

 

 

 

 

 

少女はたった一人、誰も居ない夕日に染まった生徒会室で、パソコンに向かっていた。

 

 

なんて静かなのだろう。

 

ぼんやりとする思考の中、少女はいつもより遥かに静かな教室でパソコンに向かい続ける。

カタカタとキーボードの上を動く自分の指。

それすら、今の少女にとっては、どこか他人事のようだった。

 

 

このプリントは明日までに提出しなければ。

この懸案事項は明後日までに各部に伝達しなければ。

文化祭のプログラムの見直しもしなければならない。

 

 

あぁ、なんて静かなのだろう。

 

 

少女は誰も居ない夕焼けの差し込む生徒会室で、ひたすら仕事に追われて居た。

静かで静かで仕方がない、この生徒会室。

本当ならば仕事もはかどるであろうこの静けさが、今の少女にとっては違和感以外のなにものでもなかった。

 

 

あぁ、何でここはこんなにも静かなのだろう。

 

 

少女が手元にあるプリントの山に手を伸ばす。

すると、その瞬間、少女の目がある一点に釘付けになった。

 

『せいふく、かしてください』

 

歪んだ、バランスの悪いその文字は、昨日の放課後の臨時集会の時に配られたプリントの隅に書かれたものであった。

 

 

あぁ、ここはこんなにも静かな部屋だったかしら。

 

 

少女はプリントの隅に書かれた文字を見ながら、生徒会長として自分の隣に座っていた少年の顔を思い出そうとした。

しかし、何故かその毎日見ていた筈の顔が、今は上手く思い出せない。

 

少年は会議中、話をする教師の目を盗み少女のプリントにこっそりとその文字を書いた。

少女は意味がわからず眉を潜めて少年を見る。

 

すると……

 

すると、少年はいつものように満面の笑みをその顔に浮かべ、ガサガサと少女のプリントに言葉を書き殴った。

 

 

『おもしろいことするから。楽しみにしてて』

 

 

こんなに静かな教室では落ち着かない。

こんなに寂しい教室、落ち着かない。

 

 

少女は頭の片隅でうっすらとぼやけてしまった少年の笑顔に、小さく息を吐くと、また

 

 

 

パソコンに向かって手を動かした。

 

 

 

 

 

 

 

 

———–

第28話:足りないものがある2

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「まず皆さんにお聞きしたい。俺はメイド服が似合うと思うか!」

 

 

俺は教室の前に立つと勢いよくそう言い放った。

視界の片隅では、とりあえず野伏間君が茫然としている。

 

俺は黒板の前をコツコツと右へ行ったり左へ行ったりしてクラスメイトの表情を見つめる。

実はこう言う動き、学園ドラマでよく先生がしてるから憧れてたんだよな。

こう……俺が一段有利みたいな感じがして、少しだけ気分がいいです。

 

まぁ。

皆、俺を見ては居るが誰も返事をくれようとしないけど。

それなら、それで考えがあります。

発表してくれないなら当てるまでです。

 

 

「はい!委員長!俺にメイド服は似合うか、似合わないか!さぁ、答えてもらおう!」

 

「っえぇ!?」

 

「ほら、ほら!俺をよーく見ろ?この俺にメイド服だ。想像してみ?」

 

「………っは、はい」

 

 

俺は委員長にの至近距離まで近づくと、彼の中にメイド服イン俺のイメージを求めた。

その瞬間、委員長の表情が今までにない位真剣なものになる。

そんな委員長に俺も若干緊張した気分で、委員長に向かってもう一度口を開いた。

 

 

「正直に言ってみよう。俺にメイド服、どう?似合ってた?」

 

「………な、なくはないと、思い、ます……」

 

「………いや。あの、ないだろ!ちょっ……。委員長!よく見て。お世辞とか言ってもらう場面と違うよ。俺にメイド服が似合ったらそれこそ大問題だからね!」

 

「……いや、なくは……ないと」

 

「委員長の守備範囲広いよ!」

 

 

俺はそんな回答を求めていたわけじゃない。

ないだろ。

……いや、絶対ないよ。

俺はメイド服似合わねぇよ。

 

つーか、委員長の趣味は一体どちらの方面なのか凄く気になって仕方がない。

可愛い系より、ボーイッシュ系が好みなのか……?

いや、それにしたって俺はボーイッシュっつーかもうむしろボーイだぜ。

 

 

俺は若干ズレかかったプレゼンの方向性に、少しだけ焦りを感じると、ズレた方向を整えるため、今度は質問と回答者を変えてみる事にした。

その間も、野伏間君からのポカンとした視線は送られ続ける。

 

 

「はい!今のナシ!世間一般の嗜好とズレてるからナシ!……えーっと、じゃあとりあえず、今度はそこの、ほら。俺の意見にのっかってきた可愛いキミ」

 

 

俺は当てられた瞬間「きゃっ」と女子でもしないようなリアクションを取る可愛い彼の元まで行くと、俺の前に立ってもらった。

うん、頭一個分下にあるこの眺めはいいと思います。

付き合うならこのくらいの身長差のある子と付き合いたいもんだ。

 

 

「さっき、キミは俺なら執事が似合うって言ってたよね?」

 

「っは、はい!秀様なら絶対に似合うと思います!絶対にかっこいいと思います!」

 

「うん、うん。じゃあ、俺の執事服姿、想像できる?」

 

「できます!……きゃーっ!きゃーっ!」

 

 

本当にどんな想像をしているのかはわからないが、リアルに顔を真っ赤にして騒ぎ始めた男の娘に、俺は少しだけ頭を抱えたくなった。

何これ、悠木君が御降臨なされたみたいになってますが。

 

 

「………えっと!じゃあさ、ちょっと話をわかりやすくしてみよう。はい、野伏間君立って!」

 

「えっ?俺?なんで?」

 

「いいから立って!」

 

 

俺は意味がわからないと眉を潜める野伏間君を無理やりその場へ立たせると、野伏間君にそのまま立っていてもらうように指示した。

こうして見てみると、野伏間君って意外と体はがっしりしている方だ。

これは俺ほどではないが、絶対にメイド服は似合わないタイプだな。

まぁ、似合ったら大問題だけど。

 

 

「はい!じゃあ今度はこのクラスで一番身長が大きい人!起立!背の順で一番後ろになっちゃう人だよ!」

 

 

俺は黒板の前でキョロキョロとクラスメイトを見渡すと、廊下側の席からギギッと鈍い音を響かせて立ちあがる一人の男が目に入った。

しかし、相手は何故かこちらを見ようとはず、ずっと下を向いたまま大きな体を小さくするように立って居た。

 

だが、いくら小さくしようとしてもそのガタイが小さく見える事はなく。

そして、俺は立ちあがったその男を見た瞬間、記憶の中にある影と一致するのを感じた。

 

 

「……陣太」

 

 

そう小さく洩らしたのは俺じゃない。

小さく聞こえたその声は、先程俺が立つように言った野伏間君だった。

 

……陣太。

陣太。

 

 

「モジャ男の家臣!」

 

「……っうあ。か、会長」

 

 

俺が一気にそう叫ぶと、相手はデカい体をビクリと揺らしてチラリと俺の方を見てきた。

体はデカイのに、そんなオズオズとした態度をとられると本当に小さくヤツみたく見えてくるから不思議だ。

でも、それだと困るのだ。

ここでは、そんな弱弱しい態度じゃなく、もっと。

 

 

 

「しゃんとしろ!陣太ぁ!顔も上げろ!で、二人とも前へ出ろ!」

 

 

ビクビクする陣太に、俺はデカイ声を上げると瞬間的に陣太の顔が前を向く。

そして俺とバチリと目を合わせると、クイと顎で前へ来るように促した。

すると、デカイ体の癖に小さくなりながら前へ出てくるから面白い。

大型犬がチワワの動きを真似しているみたいでウケる。

 

そんな陣太を野伏間君は驚いたように見つめながら、同じく前へ出ててきてくれた。

何だかんだ言って野伏間君は話しに乗っかって来てくれるから好きだ。

 

 

「ねぇ、カイチョー。何やらせる気?」

 

「お前らは立ってるだけでいいんだよ」

 

「………お、俺も……?」

 

「そうだ!まずお前は堂々と立て!まずはそこからだ!」

 

 

情けない顔で俺の顔を覗き込んでくるデカイ陣太の背中を、俺はバンバンと勢いよく叩くと二人よりも一歩前の位置に足を動かした。

そして俺はもう一度クラス全体に、同じ質問をしてみた。

 

 

「おい!俺達の執事服姿。すぐに想像できるヤツ!手ぇ上げろ!」

 

 

俺がそう言うと、ある一部のクラスメイトからはキャーと言う激しい絶叫と共に手が挙がった。

見渡す限り、全員が手を上げている。

しかも、委員長、副委員長も含め、だ。

 

 

「じゃあ、もう一つ聞く。これも思ったらすぐに手を上げろよ?」

 

 

俺はニヤリと笑って息を吸い込むと、隣に立つ二人の肩を両手で掴み、俺の隣に一寸の距離もなく近づけさせた。

その瞬間、俺の両脇に二人の体がピタリとくっつく。

あぁ、なんかこういうの、懐かしい感じだ。

 

この距離感。

凄く懐かしい。

 

 

「俺達のメイド服姿がすぐに想像できるヤツ!手ぇ上げろ!」

 

「ちょっ、カイチョー……」

 

「会長……」

 

「いいから、俺達3人で面白い事やろうぜ?」

 

 

 

俺は野伏間君と陣太に向かってニシシと笑いかけると、誰からも上がらないクラスを見て大いに愉快な気分になった。

 

そうだ。

そうだろ。

俺達のメイド服姿なんて。

 

 

「想像つかねぇよなぁ!?やっぱ!だから……面白いだろ?俺達がメイドやるなんて誰も思いつかねぇ。予想もしねぇ。逆に俺らの執事服姿なんて、そこらに居るガキでも想像つくんじゃねぇか?だからつまんねぇ!いいか!?」

 

 

俺は脇に立つ二人の肩から手を下ろすと、黒板の前でチョークを握りしめる副委員長からチョークを奪い取った。

そして、奪い取ったチョークを使い、黒板に書かれたメイド喫茶を大きくマルで囲んだ。

 

 

「誰も予想できねぇ事が起こるなんて面白いじゃねぇか!テンション上がる!ウケる!人も集まる!売り上げも上がる!今年の模擬店出店はクラス・部活対抗戦だ!ぜってー勝つ!面白けりゃ人は来るんだ!面白くて出されたもんが美味けりゃ、そりゃあ最強だぜ!お前らも見たくねぇか?俺達のメイド姿をよぉ?一生に一度拝めるか拝めないか貴重だぜ?……こんなもん、若気の至りじゃなきゃできねぇからな!」

 

 

俺が一気にクラスメイト達に向かってまくしたてると、クラスの雰囲気はいつの間にか奇妙な方向に走っていた。

キャーきゃーうるさい声に交り、委員長までもが興奮した目で低い叫び声を上げている。

つか、クラス全員がそんな感じだ。

 

若干、怖いが……まぁ士気は上がったし、懸案事項である妙案も無事消し去ることができた。

俺は上がりまくるクラスのテンションに拳を突き立てた。

 

 

「俺!一回女装してみたかったんだー!」

 

 

そう俺の個人的欲望の詰まった叫びに、野伏間君はどこか諦めたような表情で俺を見てくると、溜息をつきながら隣まで来てくれた。

そして、クツクツと笑いを小さくこらえながら俺の肩に手をまわし楽しそうに

 

 

 

言った。

 

 

 

「絶対領域、つくっちゃう?」

 

 

 

うん、やっぱ野伏間君。

大好きだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

————-

 

『俺達、クラスで女装喫茶するんだー!』

 

『また、そんな下らない事を………』

 

『だから、貸して!制服!』

 

『ぜったいに、いや!』

 

 

 

あなたが頼んできたくせに。

 

 

 

少女は、誰も居ない静かな生徒会室で唇を噛んでいた。

 

 

あなたが楽しませると言ったのに。

あなたが全部提案したくせに。

あなたがいつも騒がしくしてたのに。

あなたが、

あなたが、

あなたが、

 

 

 

私も、楽しみにしてたのに。

 

 

 

少女は耳の奥に響き渡る放課後のチャイムの音に、唇をかみしめた。

 

 

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