第29話:俺達メイド&執事

 

 

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第29話:俺達メイド&執事

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「うーっ、一気に寒くなったねー。野伏間くーん。……おはようございまーす」

 

「うぁーっ、そだねぇ。カイチョー。これ、毎日やるのー?……おはよー」

 

「うん。どうせ暇だから毎日やるよー。おはようー」

 

 

11月になった。

俺がこのよくわからない“西山秀”という体に入って、どれくらい経つだろう。

1週間くらいだろうか。

 

俺と野伏間君は吐いた息が白く色づく下駄箱で、いつものようにあいさつ運動をしていた。

俺がやっていたら、いつの間にか野伏間君も一緒にあいさつしてくれるようになったから寒いけど耐えられる。

誰かとこうして喋りながらするあいさつ運動は、一人の時よりも寒く感じないから不思議だ。

 

下駄箱にやってくる生徒達も、既に俺達の存在に慣れてくれたようで、皆寒い寒いと言いながらも俺達に挨拶をしてくれる。

皆の吐く息も真っ白だ。

 

 

「俺らの部屋、毎年生徒会の特権で11月にはいろんな暖房器具使えたけどねぇ。今年は予算から削っちゃったから……部屋が寒い。おはよーございまーす」

 

「でも、ヒーターだけは使えるじゃん?他の皆も同じ状況なんだから、我慢しないとー。おはよーございまーす」

 

 

俺の隣でマフラー、手袋、ネックウォーマー、耳あてと言う防寒具のフル装備をした野伏間君がガタガタと震えながらやって来た生徒達に挨拶をしていく。

俺的にはそこまで寒くは感じないのだが、野伏間君はめちゃくちゃ寒いらしい。

どうやら、野伏間君は寒いのが大の苦手のようなのだ。

 

 

あまりに寒そうなので「あいさつ運動は俺の趣味だから」って言ってやんわり部屋に居たらと言ったが、部屋も寒いからと言って俺と一緒にあいさつ運動をしてくれている。

 

寒さでほっぺたが真っ赤になっている野伏間君は本当に寒そうで……。

こうして俺の思いつきの仕事に付き合わせてしまっている罪悪感が、最近では常に俺の背中に張り付いている。

 

 

「ヒーターって灯油じゃん。無くなったら1階の給油室まで灯油貰いに行かなきゃいけないし……もうとっくの昔に灯油なくなったよ」

 

「無くなったら給油しないと。……んあー……じゃあさ、野伏間君。どうせ俺達隣の部屋なんだから、夜は一緒に寝ようよ。そしたら、給油の手間も二分の一になるよ」

 

「………カイチョー、本気でいってんのー?」

 

「本気もなにも、普通は二人部屋なんでしょ?俺の部屋だったら、灯油の給油は俺がやるから。野伏間君は部屋に居たらいいよ。俺が予算削っちゃったせいだし、気にしないでいいからさ」

 

 

俺の方を見ながら、真っ赤なほっぺたを携え、俺をジッと見てくる野伏間君に俺は自分の手を頬にくっつけてあげた。

俺は昔から体の温度は高い方で、平熱が常に36度8分くらいだ。

下手すると7度くらいの時だってある。

 

 

「っ!」

 

「うあー、本当に野伏間君のほっぺた冷たいなぁ」

 

 

だから、俺の手は手袋なんかしなくても常にあっついのだ。

そのせいで冬はクラスの男子の手を一人ずつ握って温めてやるという、慈善活動までしてやっていたくらいだ。

もちろんタダで。

白木原なんか冬は朝登校した瞬間に俺の手をひっつかみ我がもののようにホッカイロ代わりにしていた。

 

温度が下がってきたらポイってされてたけど。

つまり使い捨てホッカイロみたいな存在で切なかったけど。

 

 

「どう?あったかいでしょー?」

 

「………うん」

 

 

野伏間君が両頬を俺の手で挟まれながら、先程より頬が赤くなる野伏間君に、温度が足りないのかと頬に手をごしごしこすってやった。

その光景に、フラッシュのたかれたカメラのシャッター音が響くが、これはもういつのも事なので無視していい。

 

擦りすぎて野伏間君の整った顔が変な事になっているが、野伏間君は何も言わないので擦り続ける。

 

すると。

 

 

「公衆の面前で何をやっている。生徒会」

 

「あー、秋田壮介。おはよー」

 

 

 

俺は野伏間君の頬に手をくっつけたまま、秋田壮介に向かって挨拶をした。

まぁ、秋田壮介の表情は相変わらず眉間に皺が寄っている。

この男は、この表情以外できないのだろうか。

 

顔の筋肉が笑顔を作れなくなっているんじゃないかというくらい、俺はこの1週間、秋田の厳しい顔しか見た事ない。

 

 

 

「朝から風紀を乱すな」

 

「風紀なんて乱してないじゃん。俺ら率先して生徒の皆さんに挨拶を投げかけてる好青年だよ。マジで世の中の大人たちもビックリの好青年」

 

「どこがだ。ただでさえ文化祭前で浮ついてるこんな時に、更に浮ついて学校を乱すなと言っているんだ。風紀の仕事が増える」

 

「文化祭楽しみだなー」

 

 

俺は野伏間君同様、寒さで真っ赤になった頬をしている秋田壮介に俺の手の温度を分けてあげることにした。

少しくらい温まれば顔の筋肉もほぐれて、笑ったりするんじゃなかろうか。

 

とか、ちょっとだけ期待しながら。

 

俺の両手で秋田壮介のほっぺをびたんと挟んでやったのだが……。

 

 

 

「やめろっ!どう言うつもりだ殺すぞ!」

 

「………ごめんなさい!」

 

 

挟んだ瞬間カメラのシャッター音と、秋田壮介の般若のような顔が俺を襲った。

「殺すぞ」って言われた。

マジ顔で怒られた。

 

怖い……!

 

加えて俺の手を乱暴に引きはがしてきて怖い。

そんなに怒る事ないのに。

別に冷たい手を首筋に「ほーら!」とか言ってくっつけてるわけじゃないのに。

 

むしろ温めてあげてるのに。

 

俺が恐怖とショックで固まっていると、隣で俺達をジッと見て震えていた野伏間君が、俺の手を取ってもう一度自分のほっぺたにくっつけてきた。

おお、懐かしい。

これは白木原がよくしていた。

 

そして何度も言うが温度が下がったらポイされた。

 

 

 

「秋田壮介なんかより、俺をあっためてーよー。カイチョー」

 

「っ!野伏間君っ!」

 

 

俺は叩かれてヒリヒリ痛かった手を勢いよく野伏間君の頬に向かって擦ってあげた。

夏はウエッティなこの手も、冬は誰かを救えるのだ。

 

そう……。

夏は「触んな、ベタベタしてきもちわりーんだよ、お前の手は」とか言ってくる白木原も、冬は俺の手に救われていたんだからな。

 

 

「ほーら!どんどんお使い。俺の手は冷たくなってもすぐに温まるからね。何度も繰り返し使えてエコだよー」

 

「……ずっとこうしててー」

 

「お安いご用さ!」

 

 

俺はズズズっと鼻水をすすりながら俺の手で暖をとる野伏間君の顔を温めてあげながら、隣で溜息をつく秋田壮介にチラリと目をやった。

どうして秋田壮介はいつも不機嫌そうなのだろう。

きっと笑ったら相当モテそうな雰囲気醸し出しているのに。

 

……女子はギャップに弱いからな。

クールでいつも不機嫌そうなキャラがごくまれに笑顔を浮かべると、その時点で恋心に火がつくらしい。

うちの母ちゃんがドラマで福山が出てる時に、そんな事を言ってた。

 

……もしや、秋田壮介はそれを狙っているのではなかろうか。

ギャップ攻めを……狙っている。

 

文化祭はなんでも姉妹校である女子校からもお客さんが来るらしい……

その時、ギャップ技を駆使してくるんじゃなかろうか。

 

 

「……小賢しいやつめ!」

 

「何だと……?」

 

「おい!秋田壮介!そう言えばお前のクラスは何を出店するつもりだ!お前は何をする気なんだっ!」

 

 

俺は野伏間君のほっぺたをグリグリしながら秋田壮介に向かって詰め寄った。

パパラッチ達がいつもに増してシャッターを切る数が多いのは気のせいだろうか。

 

俺がジッと秋田壮介を見ていると、みるみるうちに秋田壮介の表情がヒクヒクと嫌そうな顔になっていく。

そして、その目は俺をこれでもかと言う程睨みつけてくるからやっぱちょっと怖い。

 

 

「……それもこれも貴様のせいだ。貴様がHRになど出ろと言うから……俺は……俺は……」

 

「何だ!ハッキリ言えよ!っちょ!……ねぇねぇ!何やんの!?」

 

 

頭を抱え目を覆い嘆き始めた秋田壮介に俺はなんだかワクワクしてしまった。

え、何この嫌がり方。

秋田壮介のクラス、何すんだろ。

 

ヤバい、すげー気になる。

 

 

「……執事カフェでしょー。秋田んとこさー」

 

「っく、貴様のせいで……」

 

 

俺がワクワクしている隣で、俺の手で暖をとっていた野伏間君が血色の良くなった顔で口を開いた。

野伏間君の言葉に、秋田壮介の嘆きが更に強まる。

 

は。

執事喫茶だと。

 

被ってねぇけど、カフェって部分でメニュー被りそうで怖い。

被らないように俺らメニュー凝らないとな。

 

俺は野伏間君のカフェ発言にメニューの見直し案を出さねばと眉を寄せた。

俺達は面白さと味の両方で勝負しているのだからな。

 

 

「なんだ。執事カフェか。フツーじゃん。何でそんなに嫌がってんだよ」

 

「何が普通だ!あんなコスプレみたいな衣装を着て、接客をしろというのか!?西山!お前、正気か!?」

 

「……何そのくらいで恥ずかしがってんだよ。接客も良い経験だろ。でも、俺らの接客技のが絶対にお前らの上を行くと思うけどな!せいぜいいらっしゃいませお嬢様ってカッコ良く決めてな!」

 

 

俺らにはコンビニ店長、店員君がついてるんだ。

そしてクラスのパティシエサークルの連中の総力を結集してメニューも安価でおいしいものを作ってもらっている。

B組になど負けるものか!

 

 

「……貴様のところはメイド喫茶とか言ったか。自分の身に火の子が振りかからない選択肢をよくも選んだものだ。貴様に俺の気持ちなどわかるまい」

 

「……めっちゃ火の子かぶってんだけどねぇ」

 

「野伏間君しーっ!」

 

 

 

俺はペロリと極秘任務を口にする野伏間君の口を手で塞いでやった。

俺達がメイド服を着る事は、当日まで極秘なのだ。

俺達の華々しいメイドデビューは華やかに行われないと。

 

 

「ともかく、だ。文化祭の日、俺のクラスに近寄るな。そして問題を起こすな。お前らに言いたいのはそれだけだ」

 

「それって来てって言ってるみたーい」

 

「さっきからうるさいぞ野伏間!」

 

「自分から来るなって、基本来てくれって気持ちの裏返しでしょー。秋田はカイチョーに店に来てほしいんでしょ」

 

「そうなの。じゃ行くよ」

メイド服で。

 

 

そういや、メイド服と執事服で放送ジャックする事になったらそれはそれで面白そうだな。

つーか最強タッグじゃないか、それは。

 

 

「来るな!絶対に来るな!来たら殺す!」

 

「……ぜったいに行ってやるぜ!」

メイド服でな。

 

「西山、貴様殺す!」

 

 

 

俺はムキに叫ぶ秋田を見て笑ってやると、突然鳴り響いて来た予鈴に野伏間君の頬から手を離した。

今日も1日始まった。

 

悠木先輩のとこにメイド服制作のお願いに行ったり、クラスで皆とメニューの打ち合わせしたり、生徒会の仕事をしたり、やる事がたくさんある。

 

 

今日も1日、俺はたくさん仕事ができるのだ。

 

俺は少しだけ冷めた手のひらを握り締めると、隣に居る野伏間君に笑いかけた。

野伏間君はまだちょっと顔が赤かったけど、同じように笑って俺を見てくれているから嬉しくなる。

 

 

 

「野伏間君、生徒会室いこー!」

 

「そうだね、カイチョー」

 

 

 

今日も1日、俺は生徒会長だ。