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第33話:不機嫌な彼ら
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魔王様が……いや。
秋田壮介が困っている。
ちょっと、いや。
かなり面白い。
「いや、ちょっと待ってくれ。俺は針仕事など出来ないぞ。材料はこちらで揃える。だから、被服部に……」
「秋田君、俺達にも自分達の文化祭の出しモノがあります。どこか一クラスでも衣装作りを請け負ってしまったら、どのクラスも俺達に衣装作りを依頼しにくるでしょう」
「その言い分はよくわかる……わかるのだが」
「わかるのなら、納得してくれますね」
「いや、しかし……」
「衣装作りは教える事はできても、俺達が作る事はできません。秀様だって自分で作るとおっしゃいました。生徒会の方ですら自分でお作りになる。風紀委員だからと言う特別扱いは通用しませんよ」
ねぇ、秀様?
そう笑いながら俺に向かって微笑む悠木先輩に、俺はうんと大きく頷いた。
悠木先輩の視線と共に、秋田壮介の視線も俺に向けられるのを感じる。
その目はいつものように訝しげな色に染められ、眉間には深い皺が刻まれていた。
と言うか、あれだけ執事の恰好するの嫌がってた癖に、今こうして自ら被服部に衣装作りの依頼に来るって何だよ。
やる気満々じゃん。
ツンデレか、秋田壮介め。
文化祭なんか本当は楽しみじゃないんだからね!
………そこを、ツンされても誰もキュンとこねぇよ。
素直に楽しめよ。デレだけで十分だし。
「………いや、確かにその通りなのだが。だが、実際問題。俺には衣装を作る程の時間はない。どうにかできないか」
「ダメです。各々の事情があるのは皆さん同じなんですから。と言うか、秋田君。別に、衣装は作らずとも、通販すればそちらの方が簡単ですし、物によっては安くつきますよ?」
「俺もそう言った。しかし、デザインが良いのがなかっただのと、結局オーダーメイドとして被服部に頼むという事になったのだ」
「それなら、秋田君達も自分たちで作るしかないですね」
そう、取り付く島もない笑顔で言い放つ悠木先輩に、秋田壮介の表情も苦しいものへ変わっていく。
手元にある数枚の書類は執事服のデザインだろうか。
俺は難しい顔のまま書類に目を落とす秋田壮介にちょいちょいと駆け寄ると、チラリと書類の中身を覗き見た。
すると、やはりそれは執事服のデザイン画で、紙の隅には几帳面な字で制作にかかる予算や、生地の希望まで書いてあった。
さすが秋田壮介。
俺らの落書きのようなデザイン画とは大違いだぜ。
「おー、確かにこれはシックでカッコイイですなー」
「っ、勝手に覗くな」
「ケチケチすんなって。あ、じゃあ。俺らの可愛らしさの中にも昔の風情漂う女中さんのようなメイド服見る?これはもうホスピタリティの固まりのような衣装だぜ。可愛すぎず、シンプル過ぎず。これぞ和洋折衷なメイド服だ!」
「お前らのメイド服になど興味はない。今後の対応を考え中だ。黙れ、西山」
俺がクラスの皆と一生懸命考えて出来上がったデザイン画を見せようとすると、秋田壮介はいつものつれない返事で俺を一蹴した。
しかも、鋭い睨みつき。
ヒデェ。
これは本番で俺達のメイド服姿を見て、ちょっと胸をときめかせないとやってられないじゃないか。
というか、自分達の欲しいモノが無いなら作るしかないのに、秋田壮介は一体何を悩んでいるのだろう。
既製品を放棄したら、後は創作しか残されてないじゃないか。
「ばーか!」
「っ!?」
俺は難しい表情のまま俺に見向きもしない秋田壮介にムッとすると、秋田の手元にある書類を勢いよく奪い取ってやった。
「何だよ!そんなに悩む事かよ!初心者の俺達だって作るんだから、秋田壮介も作ればいいじゃん!」
「っおい、いきなり何をする!俺はお前ら生徒会のように暇じゃない!文化祭前で忙しいこの時期に、こんな衣装をチマチマ作ってる暇などないんだ!」
眉間のしわを更に深くしながら、俺が奪った書類を取り返そうとする秋田壮介に、俺はひょいとそのままその手を避けると、急いで野伏間君と陣太の後ろに隠れた。
以前は居なかったが、今はちゃんと俺にもパーティメンバーがいる。
そう何度も封印されし暗黒の力で殺されるわけにはいかないぜ。
まぁ、現在使用できるコマンドは【隠れる】か【逃げる】しかねぇけどな。
及び腰の二者択一だぜ。
「このバカ!何でそうやってお前は一人でやる事を前提で考えてんだよ!お前のクラスだって40人近くいるんだから、できる人間が毎日交代で作っていけばいいだろ!お前はいちいち自分に仕事を集め過ぎなんだ!」
「うるさい!自分達の組織すらまともに統率できていない生徒会に言われたくない。お前らこそ、そんなにクラスだの生徒会だのと手を広げて、きちんと回せるのか?何かあって皺寄せが来るのなどごめんだぞ」
「出来るかできないかじゃねぇんだよ!ここはやるかやらないかが問題なんだ!とりあえず俺はやるんだ!お前はいちいちやる前にグズグズ考え過ぎなんだよ!お前も男ならスパッとやる道を選べ!」
「お前はいつも突発的過ぎるんだ!その短絡的思考をどうにかしろ!もっと計画性と言うものを持て!それでもお前は生徒会長か!?」
売り言葉に買い言葉。
秋田壮介の言葉に、俺は主に野伏間君の背後に隠れながら応戦していると、俺の前に立っていた野伏間君がハァと大きな舐め息をついた。
その溜息が、何故かかなりの存在感で、俺と秋田壮介も一瞬言葉を止めた。
「うるさーい。カイチョーと秋田が集まると、いつもこれだ。ほんとにもう……」
「野伏間君……」
俺は本気で疲れたような声を出してくる野伏間君に、恐る恐る野伏間君の顔を見てみると、そこには先程よりも少しばかり顔色の悪くなっている野伏間君の顔があった。
うおお、ごめんなさい。
そんなに顔色が悪くなるほどうるさくしてごめんなさい。
「カイチョー、その紙、ちゃんと秋田に返しな」
「……だって。秋田壮介が……」
「いいじゃん、秋田のクラスは関係ないんだし。俺達は俺達でいいの作ろう、カイチョー。生徒会室で一緒に作ろうね?」
そう言って俺の肩をポンポンと叩いてくる野伏間君の優しい言葉に、俺は「ううん」と首を振る。
違うんだ。
別に秋田壮介に文句が合って突っかかってるわけじゃないんだよ、野伏間君。
俺は野伏間君の背中から一歩前に踏み出すと、横目に野伏間君を見ながら呟いた。
「……だってさ。秋田壮介のクラスの出しモノがしょぼかったら……つまんないじゃん」
「……カイチョー」
どこか微妙な表情で俺を見てくる野伏間君。
そんな彼から俺は手元にある数枚の紙を見下ろして、口をすぼめた。
手には秋田壮介のクラスのデザイン画。
力を入れ過ぎたソレは少しばかり皺になってしまっている。
そうだ。
相手は秋田壮介。
魔王なのだ。
なのに、忙しいからってどんどん妥協してつまんない出しモノしてきたら、俺もつまんないじゃないか。
張り合って、張り合って、「お前が一番だなんて笑わせるな」とか言ってきて、やっと秋田壮介なのに。
「俺は、秋田壮介のクラスが、一番のライバルだと思ってんのに……」
「っ!」
「……カイチョー」
俺がボソリと呟くと、俺の前から小さく息を呑むような声と、野伏間君のどこか沈んだような声が重なった。
秋田壮介が文句を言うと、ウゼェって思ってた。
文句ばっかウゼェんだよ、黙れって。
でも、その文句があるから俺も「畜生、やってやろうじゃん」って気がしてたんだよ。
『お前が生徒会長だなんて、この学園も落ちたもんだな』
一瞬俺の頭の中に響いてきた最強に気に食わない声に、俺はもう一度デザイン画を力いっぱい握りしめた。
「秋田壮介のばーか」
「………」
俺はボソリと今感じる全ての気持ちを込めて呟くと、秋田壮介に向かってデザイン画を押しつけた。
秋田壮介のバカめ。
お前だって俺に負けたくない癖に。
グチャグチャ考えても、いつも俺に文句言ってくる癖に。
いっつも俺に、突っかかってくる癖に。
「お前の店、ショボかったら大笑いしてやる」
「……黙れ。そんな事になどなるか」
俺が野伏間君の後ろからフンと鼻で笑ってやると、秋田壮介はいつものように俺をひと睨みしてスタスタと悠木先輩の方まで歩いて行った。
そして、俺が握りしめていたせいで少しばかり皺になったデザイン画を机の上に置くと、脇に会った椅子に勢いよく腰かけた。
「制作工程だけでも聞いて行く。判断はその後だ」
「ふふ、わかりました。秋田君。作るかどうかは、その後でも十分ですからね」
悠木君は楽しそうに笑うと、チラリと俺の方を見てきた。
「秀様も、こっちに来て下さい。説明しますよ」
「はい!」
俺は先に席に座る秋田壮介に、なんだか嬉しくなると俺の隣に立つ野伏間君を見上げてた。
行こう、野伏間君!なんていつもみたいなワクワクした気分で。
しかし、そこには「良かったね。カイチョー」と小さく笑ってくれる、いつもの野伏間君は居なかった。
野伏間君は先程同様、疲労の入り混じったような、どこか苛立ったような表情を浮かべたまま、俺を見てはくれなかった。
そして聞こえる小さな溜息。
「……野伏間君?」
「………どしたの?カイチョー?秋田、もうあっち居るよ?いいの、いかなくて」
「行くよ。いくけど、野伏間君も一緒に行こうよ。一緒に聞こう。ほら、陣太も」
「…………そだね」
そう、どこか元気のない声で答える野伏間君はやっぱりどこか変で。
でも、俺は黙って先を歩く野伏間君の背中に混乱するしかなかった。
なんだか、野伏間君がおかしい。
おかしいのはわかるけど、俺はなんとなく今の野伏間君の手を取る事ができなかった。
この野伏間君の顔はどこかで見た事がある。
見た事があるけど、何故か思い出せない。
いや。違う。
思い出せないんじゃなくて、
思い出したくない、みたいな。
「おっ、俺らも聞く!俺らにも説明しろよな!」
「じゃあ、早く席につきなさい。朝田静。それに、敬語。それに、ちょっとうるさい」
俺がぼんやりと思考をどこかに飛ばしていると、瞬間的に聞こえてきた声に思考がハッキリするのを感じた。
「何で俺ばっか怒るんだよ!」
「朝田静、うるさい」
「もー!さっきも俺だけ叩いて!俺ばっかり、俺ばっかり!もー!」
聞こえてくる朝田静と悠木先輩の声。
俺はその声に頭を勢いよく振ると、悠木先輩の周りに集まる集団に向かって足を動かした。
「しゅー!早く来いよー!」
そう言って俺を呼ぶ頬の腫れた静に、俺は一瞬鼻の奥がツンとするのを感じた。
「うん!」
野伏間君。
なんで、あんなにつまんなそうな顔するんだ。
なんで、俺の事、見てくれないんだ。