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第34話:問題発生
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「型紙をサイズに合わせて補正するのが一番難しそうだな」
「ほほぉ、へぇぇ」
「そうですね。だから、その作業だけは俺達被服部が中心になってやるという事で」
「それは有難い。助かる」
制作過程の説明を一通りしてもらった俺達は、悠木先輩が黒板に書いたイラスト付きの説明文に改めて目を通しうんうんと頷いた。
うん、俺はよく理解出来ていないけど。
なのに、俺の前では悠木先輩の説明にカサカサとメモを取る秋田壮介。
すでに奴は制作の要領を得たのか、悠木先輩にゴチャゴチャと制作過程の疑問点を口にしている。
やべぇ、俺もなんか「ほほぉ」とか曖昧な返事以外にわかってますアピールしたい。
じゃないと……
「とりあえずさ!紙に服の形書いて、布に写して、切って、縫えばいいんだよな!」
「そうだな。静は理解が早いな」
「ほんとにな。静の理解力には本当に頭が下がるよ」
「頼りになるぜ」
俺の後方で、同じく全く説明を理解できなかった静と同じ存在になってしまう。
アレと同レベルは嫌だ。
しかし、今の俺の工程理解度もあのレベルだヤベェ。
つーか、何だ。
静の周りに居るクラスメイト的な奴ら。
あれは新手の罵声みたいなもんなのか。
褒めちぎりながら実はバカにしてんのか。
まさか、ツッコミ待ちなのか!?
しかし、あの、先程悠木先輩に向かってこれでもかと睨みを利かせていた赤髪の不良の優しげな表情。
もう、何あの愛しき人でもみるようなあの目。
さっきの悠木先輩に向けてた目とは全く別物じゃないか。
俺は奴らの変貌ぶりに目を瞬かせると、とりあえず静率いる1年群団から目を逸らした。
うん。
アイツらマジだ。
あの顔はマジで静を褒めちぎってる顔だ。
ヤバい。
俺も何か理解してます的な事を言わなければ。
一人だけわかってない人みたく見られるかもしれない。
俺は隣でボーッと遠くを見つめる野伏間君に目をやると、勢いよく野伏間君の腕にひっついてみた。
「野伏間君!メイド服、いけそうだね!要は書いて、写して、切って、縫えばいいんだもんな!簡単だよな!」
「……そんな簡単なわけないじゃん」
「………そ、そうだよね。そんな簡単なわけないよね、うん。うん……」
「あとさ……ちょっと、腕、離してほしい」
「うあ、ご、ごめん……」
最強に迷惑そうな表情を浮かべる野伏間君に、俺は静かに腕から離れると、またしても気分が急降下していくのを感じた。
野伏間君が、さっきからおかしい。
怒ってるのか、それともっと別の感情なのか。
よくわからないけど、野伏間君が、全然笑ってくれない。
いつもみたいに話しかけてきてくれない。
俺の方も、あまり見てくれない。
あからさまにショボンとしてしまった俺に、隣で俺達のやり取りを見ていた陣太が心配そうに此方を見てきた。
その表情が本当に心配そうな表情だったから、俺はニシシといつものように笑いかけてやった。
「陣太、説明聞いてわかったか?」
「……なんとなく」
「作れそうか?」
「……なんとなく」
「なら、良かった!陣太は頼りになるなぁ」
俺はコクコクと頷く図体のデカイ陣太に笑顔を作ると、陣太は一瞬大きく目を見開いてもう一度大きく頷いた。
「会長……、み、みんなで作るから……。大丈夫」
「……そうだよな、うん。みんなで作るんだよな!」
そうだ、そうだ。
俺だけで作るわけじゃないから、皆で力を合わせて作るんだから。
大丈夫だよな。
陣太の言葉に気持ちの落ち込みが少しだけ浮上しかけた時。
またしても疲れたような深い溜息が、俺の耳に入り込んで来た。
「はぁ……でも、カイチョーが言いだした事なんだよね、これって。だったらカイチョーがきちんと皆に説明できなきゃ意味ないんじゃないの。そんなテキトーやっちゃうんだったら、もう市販のやつ使った方がいいんじゃない。別に衣装なんて……カイチョー以外、たいしてこだわってないんだから」
「……っ」
野伏間君が、何故かイラついたような目で俺に向かって棘のある言葉を口にする。
その言葉は、本当に冷たくて、迷惑そうで、疲れてるみたいで。
俺はそんな野伏間君にギクリと心のどこかが引っかかるのを感じると、またしても鼻の奥がツンとするのを感じた。
思い出せない記憶。
思い出したくない記憶。
先程、野伏間君に背を向けられた時に感じた嫌な記憶が、今度はポツポツと頭の中に蘇ってくるのを感じた。
こんな表情を俺は今までにたくさん見てきた気がする。
俺はいつだって何もできない役立たずで、勉強もできなきゃ、運動も下手。
だから、いつも皆に迷惑をかける。
嫌そうな顔をされる。
迷惑だっていわれる。
でもさ。
『……お前って、ほんっとに何もできねーんだな』
『……いい加減にしてください、新谷君』
置いていかれるのは嫌だから。
一人で、見てるだけなんて、寂しいから。
もう、そんなの嫌だから。
楽しくないからさ。
「……っ、ちゃんと説明できるように、俺!がんばるよ!あれ!全部ノートにメモって、わかんないとこ悠木先輩に聞いてさ!だから!」
俺、がんばるから。
野伏間君、そんな最初に生徒会室で会った時みたいな顔しないでくれ。
俺、頑張るから。
俺ができなくて迷惑かけないように、がんばるから。
なぁ、野伏間君。
そんな顔、しないでくれよ。
「大丈夫だからさ!」
「……………」
俺の必死の言葉に、野伏間君は一瞬苦しそうな表情を浮かべると、そのまま俺の方から顔を逸らしてしまった。
その、そらされた野伏間君の目を見るのが辛くて、ツン、ツンて鼻の奥が痛くなるのが耐えられなくて。
俺は机の上に置いていたデザイン画を握りしめると、ポケットに入れていたシャーペンを取り出して……笑った。
「よーし!黒板の、全部写すぞー!俺!悠木先輩に聞きながらメモしてくるな!野伏間君にも……陣太にも、俺が教えてやるからな!」
野伏間君は、俺を見てはくれない。
陣太は心配そうな顔をしている。
きっと野伏間君の機嫌が悪いのは俺のせいだ。
陣太が不安そうなのも、俺のせいだ。
俺は生徒会長なんだ。
しっかりしないといけない。
じゃないと、みどりちゃんも、秋田壮介も、俺をリコールするから。
じゃないと、俺は一人ぼっちで置いて行かれて、寂しくて、つまんない気持ちになるから。
だから。
「俺にまかせとけ!」
俺は胸の中に巣食うモヤモヤの固まりを抱いたまま、悠木先輩と秋田壮介の元へ走った。
まかせとけ、なんて気持ち本当は少しもない。
俺は、ただ野伏間君の俺を見る目から、逃げたかっただけなのだ。
今の野伏間君の目は、俺の思い出したくないものを思い出させるから。
俺は逃げた。
生徒会長なのに。
野伏間君から、逃げたんだ。
だから、俺はわからなかった。
走り去る俺の背中を、野伏間君がどんな目で見ているのか。
ぜんぜん、わからなかった。
逃げたから、わからなかった。
「秋田壮介!自分だけわかってないで、教えろよー!」
「はぁ?何を言っているんだ貴様は。先程説明を受けたばかりだろうが」
「俺はバカだから一回じゃわかんないんだ!」
「秀様?どこがわからなかったんですか?」
「えっと、えっとぉぉ」
上手にメイド服作って、おいしいメニュー考えて、そんで生徒会の仕事もたくさん、でも早くできるようになって、文化祭を成功させて。
スッゲー楽しい文化祭にしたら、ぜったい野伏間君も、前みたく楽しそうにしてくれる筈だ。
俺が頼りになる生徒会長になれば。
頼りになる、かっこいい生徒会長になれば。
俺は秋田壮介と口喧嘩しながら、悠木先輩からメイド服の作り方を聞きながら、自分に必死に言い聞かせた。
文化祭を成功させる。
それが今の一番のミッション。
野伏間君がまた前みたいに笑ってくれる、一番のミッション。
だから、頑張る。
でも、俺はすぐ知る事になる。
このミッションが。
俺にとっての、最大級のラスボスになるのを。
この直後、
鳴り響いた放送によって。
俺は、
『生徒会役員に告ぐ!特に、会長の西山秀及びに会計の野伏間太一!』
「……っうあ、俺?」
「………この声、柳場……?」
『今すぐ!生徒会室に来い!』
思い知る事になる。