第35話:問題進行中

 

 

 

 

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第35話:問題進行中

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「このバカ共がっ!」

 

「ったぁぁぁ!!」

「……っつぅ」

 

ガツン。

ガツン。

 

俺は自分の頭の上に落とされた重い衝撃に思わず叫び声をあげた。

隣では俺と同じように頭に落とされた拳によって、頭を抱える野伏間君の姿がある。

 

ヤバい、本気で痛い。

頭がズンズンする。

 

 

「お前ら……業者呼んどいて、自分達がボイコットって。大人をなめんな!」

 

「………ごめんなさい!!」

 

「………すみません」

 

 

これでもかという形相で俺と野伏間君を睨んでくる生徒会顧問が誇るホスト野郎……つまりは柳場先生を見上げながら痛む頭を必死に撫でた。

もう、本当に顔が怖い。

本気で怒ってる。

 

めっちゃ怖い。

 

最初の対面こそゴタゴタしていた柳場先生だったが、最近は何かあったら店員君の代わりにレジさせたり、提出期限ギリギリの書類の都合をつけてもらったりと何だかんだで世話してもらっていた。

 

 

「先生……マジでごめんなさい」

 

「はぁ……」

 

 

謝る俺に柳場先生は深いため息を吐くと、握りしめていた拳をゆっくりと開いた。

そして、眉間に深い皺を残したまま先生はグルリと生徒会室を見渡す。

 

 

「ったく。こんなに散らかしっぱなしにしてるから、自分達のとったアポも忘れちまうんだろうが」

 

「……はい」

 

「………」

 

 

俺達が二人して怒られている理由。

 

それは、一週間前に野伏間君がアポを取った屋外ステージ設置の件にあった。

 

俺達は設置業者に電話で連絡した日、俺達は打ち合わせの日時をメモった紙を……即どこかに無くしてしまったのだ。

まぁ、無くした事実を思い出したのも今さっき。

 

そのまま業者とのアポイントの件は俺達の頭の中からも消えてなくなってしまっていた。

業者とのアポの事実を思い出したのも今さっき。

 

……放送で呼びだされた直後に、俺達は全てを思い出したのだ。

柳場先生の怒鳴り声と、振るわれた拳によって。

 

 

「先生……業者の人どうなった?」

 

「……どうなったと思う」

 

 

俺達の頭の中から予定の記憶が消えても、約束した事実は消えない。

 

 

約束の日であった今日。

しかも放課後。

 

俺達がメイド服だの、執事服だのと騒いでいる間に、業者は学校に来ていたらしいのだ。

 

俺は厳しい表情のまま腕を組み、俺を見下ろしてくる先生に背筋が冷えるのを感じた。

業者の人、どうしたんだろう。

もしかしたら、怒ってしまったかもしれない。

 

ステージは、どうしても必要なのに。

 

俺が頭の中でグルグルと悪い方へ思考を巡らせていると、またしても先生から深いため息が漏れた。

 

 

「……はぁ、俺が代わりに会っといてやったよ。呼んどいて追い返す訳にもいかねぇからな」

 

「先生!ドンペリ!」

 

「ドンペリって何だ!意味わかんねぇリアクションとってんじゃねぇ!」

 

 

俺は先生からの鋭いツッコミを受けながら頭の中の不安が一気に消し飛んで行くのを感じた。

ヤベェ、ホッとしすぎて「ドンペリ」が口をついて出てしまったわ。

ホッと安らぐドンペリ効果だわ。

 

 

「先生ありがと!助かった!大好き!」

 

「お前に大好きなんて言われたくねぇんだよ気色ワリィ!」

 

「ドンペリ!」

 

「しつけぇぞ!西山!」

 

 

本気で嫌そうな顔をする柳場先生に、俺は先生の肩をポンポンと叩きながら今度コーヒー牛乳ごちそうしようと心に決めた。

 

ドンペリは無理だが、コーヒー牛乳は可能だ。

どうだ、俺の最上級の感謝の気持ちの表現だぜ。

 

俺が嬉しさの余り柳場先生にヘラヘラ笑いかけていると、隣で黙っていた野伏間君が静かに口を挟んで来た。

 

 

「……結局どうなったの、ステージ」

 

「そ、そうだった。で、先生。業者の人どうだって?」

 

 

未だにピリピリと棘のある雰囲気を醸し出す野伏間君に、俺はショボンと気持ちをしぼませ話を元に戻した。

柳場先生も、いつもとは雰囲気の違う野伏間君に、一瞬訝しげな表情を浮かべたが、特に何を言う事もなく手に持っていたクリアファイルを俺に向かって差し出してきた。

 

 

「西山、俺にはお前に感謝されるいわれはねぇ」

 

「そんな事ないよー!ほんとに助かったんだって!再来週までにはステージ作って悠氏先輩達のリハーサルに間に合わせないといけなかったから!」

 

 

ほんとに助かった。

だって、もう文化祭まで2週間強しかないのだ。

こんな所でもたついていたら、屋外ステージの部の練習が間に合わなくなってしまう。

 

俺が先生から手渡されたクリアファイルをパタパタさせながら笑っていると、先生は今まで浮かべていた表情とは、まるで違った顔で俺を見てきた。

 

 

「俺は、その答えを受け取っただけだからな。ありがとうは別にいらん」

 

「……答え?」

 

 

なんとも言えないその表情に、俺は何故か心臓がドクリと震えるのような気分になった。そんな俺に向かって先生は冷めた目で俺に手渡してきたクリアファイルを見つめていた。

 

 

「単刀直入に言う。ステージ設置は無理だそうだ」

 

「……へ?」

 

 

俺は先生の目を見つめながら、己の耳を疑った。

 

どういう事だ。

先生は今、何て言った。

 

俺が茫然と何の反応も取れずにいると、隣に立っていた野伏間君の手が、スッと俺の手の中にあったクリアファイルに伸ばされた。

 

 

「……カイチョー、ファイル借りるよ」

 

「………野伏間君……」

 

 

俺は手から離れて行く透明のクリアファイルの中に見える、1枚の紙を見つめた。

野伏間君がファイルの中から紙を取り出す。

 

そして。

 

 

「何これ」

 

「見てわかんねぇか?」

 

「……………」

 

 

冷めた目で俺達を見下ろしてくる先生に、俺は一体何が起こったのかわからなかった。

隣では紙を見たまま黙りこくる野伏間君の厳しい、辛そうな顔。

 

 

「ねぇ、野伏間君……どうしたの?」

 

「足りない」

 

「……なにが?」

 

「予算。全然……足りないよ、これじゃ」

 

 

野伏間君は言いながら、その厳しい目を柳場先生へと向ける。

 

その間も、俺の頭はグルグル回る。

え、足りないって何が。

予算って。

 

俺達、ステージ設置の平均金額とか、どのくらいの予算が必要かとか、ちゃんと調べたよ。

野伏間君が電話で確認を入れる時も、ちゃんと確認したよ。

 

足りない分は生徒会の予算からまかなえるように、生徒会の予算を削減したりしたよ。

 

だから、野伏間君は部屋が寒くなったって。

朝、寒そうで。

顔真っ赤で。

手も顔も、ちょっとだけ触れた額もあっつくて。

 

ねぇ、何で。

 

グルグルする。

俺は隣に立つ、明らかに顔色の悪い野伏間君を見ながらどんどん気分が重苦しくなるのを止められなかった。

 

心臓もうるさい。

 

 

「お前ら、ここは普通の学校じゃねぇ。山ん中だ。しかも設置場所も単純にグランドってわけでもねぇ。屋内庭園だ。……言いたい事、わかるか」

 

「………」

 

「通常の設置予算なら、お前らの組んでた分で問題ねぇそうだ。けど、この学校の立地と、設置場所。全てに手間と人手がかかりすぎる。その額は、リアルなお前らの文化祭にかかる数字だよ」

 

 

そう、冷静に、そして冷たく言い放たれた言葉に、俺は野伏間君の手から強く握りしめられて皺になった書類を抜き取った。

その書類に書かれた数字。

最終的な出費になる合計金額と、その内訳。

 

それは、先生の言った通り。

俺達の予想を超えた、リアルなお金の壁だった。

 

 

「つーわけで、ステージ設置はできません。諦めてくださいっつー事よ」

 

「そんなの困る!ダメ!絶対!絶対ステージは必要なんだ!無理じゃ絶対ダメなんだ!」

 

 

だって、ステージを待ってる人が居る。

高校最後の集大成を見せなければならない人が居る。

皆が笑って楽しめる。

我慢しなくてもいい、文化祭が必要なんだ。

 

 

俺は視界の隅にチラチラと映し出される無表情な野伏間君に、力いっぱい拳を握りしめると思いの限り叫んだ。

そんな俺を、先生はまた溜息をつきながら目を細めて見つめてくる。

 

 

「オイ、西山。青春ぶってイロイロやんのもいい。けどな、大人を舐めんなよ。子供の駄駄に付き合ってやれるほど、俺達も暇じゃねぇ。誰もかれもが慈善事業をしてるわけじゃねぇんだ。全てはこの事態を想定もせず、代替案すら用意していなかった、お前らのずさんな生徒会運営が全ての原因だ。それに……俺は言ったよな?お前に」

 

「……先生」

 

 

先生の言葉一つ一つが胸に刺さる。

どうして、俺はこんなにバカなんだろう。

どうして、いつも上手くやれないんだろう。

 

ジクジク痛みを増して思い出されるのは、これは“俺の”記憶のせいだ。

 

 

「余計な事ばっかして、周りの人間に迷惑かけんじゃねぇ!だから今年の生徒会はバカだっつったんだ!西山!お前は去年先輩の何を見てきた!?あ゛ぁ?困った時は誰かが助けてくれるとでも思ってたか?んな甘えた考えで生徒会やってんじゃねぇぞ!お前らのやってる事はな……」

 

 

 

『まただよ。アイツ、全然ダメじゃん』

『アイツと同じチームだと絶対負けるし』

『できねぇくせに、邪魔ばっかしてくるんだ』

『アイツがいると……』

 

 

「………迷惑なんだよ」

 

 

 

 

 

その言葉を聞いた瞬間。

俺はグルグルする頭と、ドクドクうるさい心臓を抱えて、足元を見た。

そこには、不甲斐ない自分の体が見える。

 

あぁ、また失敗した。

得意な事も、自慢できる事も。

ましてや皆が普通にできる事も。

 

俺は全然できない。

 

仲間に入れて欲しくて、バカみたいな事ばっかりして。

 

 

『あぁ……これか。これは柔道の全国大会のやつ。別に大した事じゃねぇよ』

スゲェな、白木原は!

誰にも負けない事があって。

スゲェな!いいな!

 

うらやましいな……

 

 

『たかがこのくらいの仕事で、手間をとっている場合ではないですから。当たり前です』

スゲェな、みどりちゃんは!

何でもすぐにできて。

スゲェな!いいな!

 

くやしいな………

 

 

そう思ったから。俺は、思ってたんだ。

 

羨ましいとか、悔しいとか。

何もできないとか。

他人に迷惑をかけないで済むような。

皆から仲間はずれにされないような。

 

 

何でも出来る、カッコ良くて、凄くて、楽しい。

 

そんな人間に、今度はなりたいなぁって。

 

 

 

 

 

 

ずっと、思ってたんだ

 

 

 

 

 

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