第36話:立ち止まって、見渡して

 

 

 

役員は、いつか去るんだ。

怒られても、目をつけられても。

気にすんな。

 

世代交代は政治だけの現象じゃねぇんだから。

 

『まぁ、そんな俺もいつかは居なくなるんだけどな』

 

 

そう言って笑ったのは、俺だった。

 

 

 

 

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第36話:立ち止まって、見渡して

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「……で、どうすんの。カイチョー」

 

「……どうしよう。俺達、すげぇ大ピンチだな!」

 

 

 

柳場先生が居なくなった生徒会室。

そこで、俺と野伏間君は向かい合って座っていた。

 

俺達の周りはゴミだらけ。

紙クズとか、いらないファイルとかがゴロゴロ転がっている。

 

もうちょっと、ちゃんと片付けてたらよかった。

そしたら、もうちょっとマシな事態になってたのかな。

ステージ、ほんとにどうしよう。

 

俺は頭を抱えて重い溜息を吐く野伏間君に、無理やり笑ってみせた。

もう、笑ってなきゃ苦しくて、不甲斐なくて、まともに話す事もできない。

 

でも、それも野伏間君には気に食わなかったようで。

笑う俺に、野伏間君はまたしても溜息をつくとゆっくりと体を起こした。

 

 

「ステージ、できなきゃ生徒会は終わる。秋田が何かしなくても、全校生徒からの不満を集める。……ほんとに。あっけないもんだよ」

 

「大丈夫!まだ時間あるし、どうするかいろいろ一緒に考えよう!ステージは絶対に必要なんだ!毎年、毎年。ほんとはずっと前から必要なものだったんだ」

 

 

どこか諦めたような野伏間君の声に、俺は少しだけムキになった。

まだ、何も終わっちゃいない。

 

ステージは必要なんだ。

今年じゃなくとも、ずっと、ずっと必要なものだった。

 

去年の会長からは、凄く、反対されたけど。

俺は中学のころからずっと思ってた。

 

屋外ステージさえあれば。

誰も我慢をする必要はない。

 

 

『何でアイツらは、必要だとわかってる事をしねぇんだ』

 

 

来年こそ見てろ。

絶対に、俺が……やってやる。

 

 

『来年は俺が生徒会長だ!』

 

 

そして、今年。

やっと“俺は”生徒会長になれた。

だから今年こそはと、思ったんだ。

 

 

「お前だって、悠氏先輩のステージ見てぇだろ?諦めてらんねぇよな。俺も見てぇぜ。あの気の強い先輩が王女様やるとこ」

 

「……根拠のない強気はやめてよ。そうやって、俺を無理やり連れまわして夢見せんな。なぁ、西山」

 

 

どこか泣きそうな顔で俺を見てくる野伏間君。

 

あぁ、もう。

野伏間君は昔から不安になると、いつもこんな顔をする。

つまんねぇ、ってどこか諦めた目で世界を見つめながら、いつも泣きそうな目で、一人ぼっちで周りを見渡すんだ。

 

だから、俺はお前の手を引っ張らずにはおれなかったんだ。

 

一人は、寂しいから。

 

 

「俺はどうしても生徒会を潰したくない。そのためなら、家から金の都合を付けてもらってもいいと思ってる。俺は……生徒会に無くなって欲しくないんだ!」

 

 

いつの間に立ちあがっていた野伏間君は、本当に泣きそうな目で俺を見下ろしていた。

 

生徒会。

 

そう口にする野伏間君の目は本当に真剣で、必死。

その目を見れば、野伏間君にとって生徒会がいかに彼にとって大きな存在だったかわかる。

 

生徒会は、満たされない彼の唯一の居場所なのだ。

 

しかし。

 

 

「野伏間、そんな勝手は許さねぇ。生徒会のやる全ての費用は学校から振り分けられた予算内でやらなきゃならねぇんだ」

 

「何でだよ!?そんな事言ってる場合か!?カッコつけてる場合じゃねぇんだよ!今は!?」

 

 

俺の言葉に、ムキになったように叫ぶ野伏間君は、勢いよく机を叩くとカツカツと足音を響かせ俺の方まで歩いて来た。

目の前に野伏間君が立って居る。

 

近くで見ると、益々わかる。

野伏間君のほのかに色づいた皮膚が。

息をきらす、その口が。

 

目に涙をためる、彼の必死さが。

 

 

「野伏間君、生徒会も文化祭も今年で終わるのか」

 

「そうだよ!だから、今年だけでもちゃんとやらなきゃ!俺達の生徒会がなくなる!文化祭だってダメになる!」

 

「そうじゃないだろ、野伏間君」

 

「……っ」

 

 

俺は目の前の野伏間君の手を両手で掴むと、そのまま目線を合わせるように椅子から立ち上がった。

 

あぁ、熱いな。

野伏間君の手は。

俺の手なんかより、ずっと熱い。

 

 

「終わらない。来年も、再来年も、毎年文化祭は開催される。生徒会だって、これからもずっとある」

 

 

俺は言いながら辛そうな表情を浮かべる野伏間君を抱き寄せた。

野伏間君の顔が俺の肩に触れる。

 

あぁ、やっぱ体中熱い。

心臓もこちらに響いてくるくらいうるさい。

 

ずっとこれで無理してたんだよな。

野伏間君は。

 

ずっと、一緒に来てくれてたもんな。

 

 

「俺達が居なくなった後、誰が屋外ステージを作る?誰が生徒会メンバーになる?来年、再来年と続くこの学園の誰に、俺達はバトンを渡す?」

 

「……来年の事なんか……っ」

 

「俺は、来年にはもうこの生徒会室には居ない」

 

「……っ」

 

「野伏間君。誰も、永遠に同じ場所には居られないんだよ。もちろん、野伏間君もだ」

 

「………」

 

「今年の文化祭は今年で終わる。俺達の生徒会も1年後には終わってしまう」

 

「………会長」

 

「俺達が残せるのは……制度だけなんだよ」

 

 

来年も、再来年も、皆が等しくチャンスを得られるように。

高校時代の集大成を披露できるように。

やりたい事を我慢しなくてもいいように。

 

 

「制度にするためには、その時だけの特殊な要素で事を成してはいけないんだ。誰が生徒会長になっても、この学園にどんな変化が訪れても。そこにあり続ける確定的なモノと要素で成しえないと」

 

「っふ、くっ……ぅ」

 

「そうすれば、来年も、再来年も、もっと俺達が大人になった後も。文化祭は続く。その日、いつもは輝けない人間が輝ける機会を持てるんだ」

 

 

残していけるのは、自分の存在じゃない。

 

毎年、小等部のキャンプで花火の打ち上げが行われて居るように。

毎年、夏になれば学園の畑にひまわりの花が咲くように。

 

制度は、求められる限り続いて行く。

それを楽しみ、欲する人が居る限り。

 

 

「だからさ、野伏間君。俺、何もできないけど、何かを残したいんだ」

 

「っ、……ぅっふ、俺、も」

 

 

俺は自分の肩に感じる、熱く、そして湿った暖かい涙を一心に受け止めた。

野伏間君の背中に、ゆっくりと腕を回す。

 

いつも、迷惑かけてきてごめん。

イライラさせてごめん。

偉そうなこと言って、失敗する事もたくさんあった。

 

ごめん、野伏間君。

 

 

「いっしょに……っ、のこし、たい……」

 

 

ずっと、付き合ってくれてありがとう。

手を取ってくれて、ありがとう。

 

 

 

「野伏間」

 

「……………」

 

 

 

俺は、そのまま俺の体に力なくもたれかかって来た野伏間君の体を支えながら。

 

 

「野伏間君」

 

 

一人だけ取り残された生徒会室で、孤独に震えた。

 

 

 

「野伏間君……、一人じゃ俺……何も、できないよ」

 

 

肩にかかる荒い息と、俺の頼りない言葉。

それだけが、今の生徒会室にある全てだった。

 

 

 

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