第37話:手渡されたバトン

 

 

————–

第37話:手渡されたバトン

————–

 

 

 

 

 

どうしよう、どうしよう。

 

 

 

「……どうしよう」

 

 

 

俺は燃えるように熱い野伏間君の手を握りしめながら唇をかみしめた。

 

様子がおかしいとは思っていた。

元気がなさそうだったし、顔も赤かった。

野伏間君は具合が悪かったのだ。

 

生徒会室で力なく俺に倒れ込んで来た野伏間君は、そのまま気を失ってしまった。

呼んでも返事をしてくれなくなった野伏間君に、俺は混乱した。

 

どうしたんだよ、野伏間君。

何で返事してくれないんだ。

 

不機嫌な声でも、怒っててもいいから。

お願いだから返事をしてよ。

 

辛そうに息をする野伏間君を、そのままにしておく事もできず、俺は野伏間君を生徒会室の仮眠室へと横たえた。

 

 

38度9分。

 

体温計は俺が今までなったことのないような数値を示しており、俺は益々混乱してしまった。

俺はバカだから、熱を出して学校を休んだ事なんて一度もない。

元気だけが取り柄みたいなもんだったから。

 

だから、そんな見た事もないような数字が野伏間君の体にあるなんて怖くなった。

 

38度なんて数字、自分じゃなった事はないけど、こんなに苦しそうなんだ。

きっと凄く辛いに違いない。

 

だから、俺は必死に思い出した。

昔、風邪で休んだ白木原をお見舞いに行った時の事を。

 

あの時、白木原はどんな格好をして、どんな風にしていただろう。

 

思い出せ、思い出せ、思い出せ。

 

 

俺は細い記憶をたどりながら、生徒会室や学校を動きまわった。

 

病人はあんなに熱いけど、体を冷やしちゃいけない。

あったかくしとかないといけないんだ。

 

だから俺は部屋から毛布を引っ張って来た。

 

それで、白木原はお昼はうどんを食べたって言ってた。

消化のいいものがいいんだって。

水分もたくさん摂らないといけないって。

 

だから、俺はコンビニでカップうどんとコーヒー牛乳を買った。

 

でも、体は冷やしちゃだめだけど頭は冷やさないといけない。

 

だから、俺は氷枕を作って、冷やしたタオルも作った。

 

 

 

でも、それでも野伏間君はまだ辛そう。

布団の中ではぁはぁ言ってる。

 

手を握ると熱くて熱くて、どうしようもない。

 

 

「野伏間君、野伏間君……どうしよう」

 

 

俺の口から漏れるのは頼りない言葉ばかり。

 

 

どうしよう、どうしようって。

そればかりだ。

 

何か残したいなんて大口を叩いておいて、俺には何の案も浮かばない。

ステージがなかければ、悠氏先輩も他の文化部も文化祭で発表できないじゃないか。

 

どうしたらいい。

どうすればいい。

 

こんな時、一人は辛い。

話しあう事も、分かち合う事もできないから。

 

だから、俺は一人が嫌いなんだ。

 

でも……

 

 

「野伏間君……生徒会、なくなるの嫌だって言った」

 

 

だから辛くても寂しくても、ずっと一人で仕事をしていたのだ。

辛そうな息、熱い手、そして、涙の跡のある目元。

俺は、そっとその涙の跡を拭うと、もう片方の手を握りしめた。

 

どうしようじゃない。

俺は、どうにかしないといけないんだ。

 

 

『余計な事ばっかして、周りの人間に迷惑かけんじゃねぇ!』

『お前らのやってる事は、迷惑なんだよ!』

 

 

迷惑をかけちゃいけない。

だから、俺は一人でも頑張らないといけないんだ。

 

それが、俺が始めた、俺の言葉によって生じた事への責任なのだから。

 

 

「……野伏間君、俺、がんばってみる」

 

 

だから、今は少しだけ休んで待って居て。

俺は駆けまわってみるから。

バカな俺には、がむしゃらに動く事しか、現状を打破する術が思いつかないから。

 

 

俺は行くあても、答えの場所もわからない先を走る決意を胸に立ちあがると、野伏間君から、震える己の手を離した

 

 

 

その時だった。

 

 

 

「しゅー!しゅー!」

 

「っうあ!?」

 

 

突然、生徒会室の扉が開けられる音と、そして、どこかで聞いたようなうんざりする程の大声が俺の耳をつんざいた。

大声のせいで、一瞬、野伏間君の表情が険しくなる。

小さな唸り声と共に、体をもぞもぞと動かす野伏間君に、俺は慌てて仮眠室から飛び出した。

 

 

「しーっ!うっさいぞ!静!」

 

「あーっ!しゅーだっ!」

 

 

そう言って満面の笑みを浮かべて俺の方へ走って来るのは、モジャモジャ頭を封印した静だった。

あぁ、まったく。

静と言いつつ、やっぱりコイツはうるさい。

 

俺は尚も大声を出そうとする静に、無理やりその口を手で塞ぐと、もう片方の手でシーッと人差し指を立てた。

すると、俺の余りの焦りように何かを感じたのか口をふさがれたまま、静はコクコクと首を縦に振った。

 

 

「ぜったい、声のボリューム下げろよな?」

 

「うー、うー」

 

 

こくこく。

そう再度頷いた静に、俺はやっと静の口から手を離してやる。

すると、次の瞬間、静が俺の目の前にズイと一枚の紙を突き出し来た。

 

 

「これ、しゅーにはまだ見せてなかったよな?だから、ちょっと見せにきた!」

 

「……これって……」

 

「俺達のクラスのメイド服だー!」

 

 

先程よりは大分マシにはなったが、やはりうるさい静の声に、俺は静の頭をグリグリ叩いてやった。

そして、もう片方の手には静から突き出されたメイド服のデザインの描かれた紙を受け取る。

 

 

「かっわいいだろー!俺達のクラスの自信作だ!」

 

「へぇ」

 

 

グリグリされるのがくすぐったいのか、静は身じろぎながらもきゃはきゃはと笑っている。

そして、俺の手にあるメイド服のデザイン画には、それはもうフリルをふんだんにあしらった可愛いメイド服のイラストが描かれていた。

これを男が着るとなると、それはもう、とんだ滑稽集団になるに違いない。

 

そう思うと、俺も自然と笑えてきて仕方なかった。

 

先程まで、あんなに不安だったのに。

一人じゃないと言う事は、それだけで不安を救い上げてくれるものなのか。

 

俺は楽しそうに笑う静を見て、小さく息を吐いた。

 

 

「しゅーが文化祭の売上勝負だーって言ったから、俺、クラスの奴らと頑張って考えたんだ!だから、俺はぜったい文化祭はしゅー達のクラスよりたくさん売り上げてやるんだ!」

 

「なんだとー!俺だって負けねぇよ!」

 

 

なんだろう。

この感覚は、どこか懐かしい。

不安を救い上げられる、この感覚。

 

静は、前もこうして俺の不安の一端を救ってくれた気がする。

この、楽しそうな笑顔が。

 

俺を……

 

 

「俺!文化祭楽しみだ!しゅーのお陰だ!」

 

「っ!」

 

「しゅーが俺に勝負しようって言ったから、俺変装止めようって思ったんだ!ほんとは、いろいろ面倒だから隠しておきなさいって言われてたけど……。俺、そのお陰でなんか今、凄く楽しいんだ!文化祭楽しみなんだ!」

 

しゅーのお陰だ!

 

そう言う静の笑顔に、言葉に、俺は息を詰まらせた。

 

 

『しゅーだけ頑張らなくていいんだ!』

『一人で無理しなくていいんだ!』

 

 

静は本当にうるさい。

名前は静で、でも実際はこんなにうるさい。

 

けど……。

 

 

『みんなで頑張ればいーじゃんか!』

 

 

けれど、静は今回も笑って、俺の欲しい言葉をくれた。

うるさいけど、それが、この男の子の魅力なのだろう。

 

 

「しゅー……?」

 

「………っふ」

 

 

俺はいつの間にか、泣いていた。

不安の中に、ただ一人で立っている、この状況が寂しくて、心細くて。

 

でも、こうして文化祭を楽しみだと、俺のお陰だと言ってくれる静を前にして、何かが弾けた気がした。

俺の行動の原点を、今、目の前に見つけた気がした。

 

 

「しゅう?何で泣いてるんだ……?何か悲しいのか?」

 

「……っふ、うぅ。どうしら、いいのか……わからない、んだ……っ」

 

 

静は突然の俺の涙に、慌てる事もなく涙を流す俺の頬を手で撫でた。

暖かい。

 

その暖かさに、俺は更にとめどなく涙があふれてきた。

 

どうしよう、どうしよう。

こんな弱音、静に言っても解決する訳ないのに。

さっき、一人でもなんとかしないとって思ったばかりだったのに。

 

なのに、俺の目からは涙が止まらないんだ。

 

 

「どうしたらいいのかわからない?」

 

「……うんっ、俺……バカだから……もう……わかんないんだっ……!」

 

 

わからない、わからない、わからない。

そう、どんなに闇雲に走ろうとしても、真っ暗な事しかわからなくて怖いんだ。

 

俺が無様にも、ボロボロと涙を流し続けると、静の手が一気に俺の顔を挟んだ。

そして、ゴシゴシと挟んだ両手の親指で、俺の涙を拭ってくる。

 

 

「よし!わかった!どうしたらいいかわからないなら聞きに行こう!」

 

「………聞く……?だっ、誰に……?」

 

 

俺は突然の静の提案に、顔を擦られながら思わず首を傾げた。

何気、擦られて顔がヒリヒリ痛くなってきたんですけど。

 

俺が静の強引な手を、少し、いや大分迷惑に思い始めていると、静はまたしても予想外の事を叫んできた。

 

 

「誰って!わからない事は先生に聞けばいいだろ!」

 

「……へっ!?」

 

「行こう!しゅー!先生のとこに!」

 

「……っちょ!待て!静!」

 

 

静は俺の静止なんて聞きもしないで走り始めた。

 

静の癖に、止まりもせず動きっぱなしで、うるさい奴。

ヒリヒリする、頬。

強引に引っ張られる体。

 

俺は笑いながら走りだした静に、引きずられるように足を動かした。

 

 

俺はそんな静に手を引かれながら、

その背中を見ながら……

 

 

自然と頭の中に言葉がこだまするのを聞いた。

 

 

 

 

来年、再来年と続くこの学園の誰に……

 

 

バトンを渡す?

 

 

 

 

繋がれた手が、何故かその答えのような気がしてならなかった。

 

 

 

 

タイトルとURLをコピーしました