第38話:第二次メガネ被害

 

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第38話:第二次メガネ被害

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夕暮れ時をも過ぎ去った職員棟はさながら幽霊屋敷のようだ。

とても、恐ろしい。寒気がするようだ。

 

……いや、別にガンガンに電気とかついてるから、別に怖くもなんともないのだけど。

俺は目の前にある、見た事のある名前のプレートのかかった扉の前でガクガクと震えながら立っていた。

そんな俺の隣では、口をすぼめてつまらなそうに俺の腕を引っ張る静の姿。

俺は引っ張られる腕を「ええい」と振りほどくと、一度大きく深呼吸した。

 

 

「なー、しゅー。そろそろ入ろうぜー」

 

「ちょっと待て!心の準備の途中だ!俺の心は今疲弊しきってるんだからマジでちょっと待って!」

 

「佐藤先生なら、スゲェ優しいから心配いらないってー!」

 

「いやっ!優しい先生が怒った時の方がダメージが大きいの!心が砕けるの!」

 

「うー、なら柳場っちのとこ行く?」

 

「いや!さっき怒られたばっかの先生のとこ行くのに、どれほど勇気がいるかお前にはわからないだろ!?」

 

「じゃあ俺もう帰ろうかなぁ……メイド服作るのサボって来てるし。皆待ってるし」

 

「いやぁぁ!一緒に居て!一人にするな、泣くぞ!?」

 

 

 

俺はメイド服のデザイン画を見てブーブーとぶうたれる静に縋りつきながら、もう一度チラリと扉に掛けられた名前プレートを見つめた。

 

佐藤 忍

 

それは、以前俺がブラインドタッチを伝授してもらいに行った先生の名前だった。しかし、最初に俺達が向かった先は佐藤先生の部屋ではなかった。

 

 

『先生に聞きに行こう!』

 

 

 

そう言って俺を引っ張り強引に駆けて行った静が最初に向かったのは、まさかの柳場先生の部屋の前だったのだ。

なんでも、柳場先生は静のクラスの担任らしい。

 

どうりで、以前柳場先生は俺に向かって「静みたいに可愛げの欠片もねぇ奴らだな」とか失礼極まりない事を叫んでいた筈だ。

なんだよ、自分の担当のヤツを引き合いに出していたなんて、とんでもねぇやつだな。

 

ヒデェ、ひいきだ!

 

……とか何とか思い出して腹を立てている場合ではない。

最初は「柳場っちなら優しいから何とかしてくれるぜ!」と柳場先生の部屋へ突撃しようとした静を止めるのに、かなり手間取ってしまった。

 

いや、マジでやめてと、あの時は必死こいて叫んだものよ。

近年稀にみる心からの声であったぜ。

英語にしてみると、ハートボイスってやつだ。

……横文字にするとなんかカッコ良くなってしまうが、ただのビビりの叫びである。

 

柳場先生と言えば、さっき生徒会室でステージにちいて怒られたばかりだ。

めちゃくちゃ怖かったし、心を抉られまくったのだ。

なのに、また同じ問題を引っ提げて柳場先生の所に助けを求めに行くって……。

 

俺はとんだドMじゃねぇか。

いや、ドMじゃねぇし。

至って普通の性癖の少年だし。

 

 

だから、俺は笑顔で俺の心をシカトする静を必死で引っ張り静止させ、落ち着かせた。

そして、柳場先生がそんなに嫌ならと、次に静が提案してきたのが、佐藤先生だ。

 

佐藤先生が優しいのは、十分実証済みだ。

メガネをぶち割った時も笑顔で俺を許してくれたんだからな。

 

だから、俺も佐藤先生ならいいかなと思い部屋の前に来たものの……。

 

やっぱし怖い。

ステージについても予算についても、あれだけ柳場先生にダメ出しと罵声をくらったのだ。

だとしたら、同じ教師と言う立場を取る佐藤先生も同じように言うに決まっている。

いつもニコニコ笑っている佐藤先生にまで否定されたら、もう立ち直れないかもしれない。

 

 

『迷惑なんだよ』

 

 

なんて、そう日に何度も言われたい言葉ではないし。

言われて喜んでいるようなら、それこそ真のドMではないか。

 

俺はウジウジと踏ん切りのつかない臆病な気持ちに、オズオズと静に向かって口を開いた。

 

 

「やっぱり、先生に言っても仕方ないよ。お金の話だしさ……俺、怒られんの、もうちょっと無理……」

 

「もーっ!佐藤先生は怒らねぇって!それに相談してみないとわかんねぇだろ!?だいたい先生なんだから、俺らより何でも知ってるんだ!」

 

「だぁけどさぁぁ……」

 

「だけどじゃねぇもう行くぞ!」

 

 

とうとう静はゴチャゴチャと二の足を踏む俺に痺れを切らせたのか、無理やり俺の手を掴むと、目の前のドアをガチャリと勢いよく開けた

 

瞬間だった。

 

 

ガツン

ガシャン

 

 

静の開けた扉は、内側に居た何かの存在に勢いよくぶち当った。

しかも、二番目に聞こえた音は、俺にとって何とも懐かしい音過ぎて泣けてきた。

 

 

 

「った、たたた」

 

「うぎゃーっ!佐藤先生!」

 

「メガネが!メガネが!」

 

 

扉の奥で顔面を抑え、蹲る佐藤先生。

抑える手の隙間から見えたのは、あぁこれも懐かしい光景。

 

 

「マジごめんなさい!マジすみません!」

 

「メガネが!メガネが!」

 

 

俺の反応すらも懐かしい。

だがしかし、とりあえず静。

 

お前はメガネ、メガネうるせぇ!

 

 

 

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